《あなた》は、再び奇妙な夢を見る
…いやこれは夢ではないことをすでに知っている
夢と現の狭間で、《あなた》は多くのものを見る
大分、心の中で調節できる様になっていた
しかし、
相手の強い感情、
《あなた》の強い想いは《あなた》の精神力を上回る
それは、見えてはいけないもの? 知ってはいけない真実?
《あなた》は心の重みに耐えかね再び気を失った
研究所
恵みの森だろうか、広葉樹の生い茂る豊かな森の中の研究所にある中央研究室。幾つもの羊水の入った円筒形の筒が立ち並ぶ。そのうち2本にだけ中身が入っていた。一つは4歳ぐらいの少女、もう一つは人間の有精卵である。
「クロムよ。お前、変わったな。」
「私からすれば、貴方やトーラファン、エクシヴの方が変わったようにしか思えませんが。稀代の戦車マスターとして一度に10数台のジャガーノートを操る能力を持っていた貴方、ラストンの殆ど全てのマジックアイテムを作成していたマイスター、トーラファン、古今東西、未来までも知り得る男とまで言われた博学王エクシヴ。何故皆王国の中枢から逃げるのですか。」
「贖罪かな。もう何もかもイヤになったのだよ。」
「虚無の杖に関わっていたことがですか。」
「それだけでもないがな。田舎に引き込んでゆっくりしたいものだ。」
「私はまだその気はありませんよ。私は力を手に入れました。理論上この力を組み合わせれば、神をも超えることが出来ます。」
その手に握られているのは、22枚のタロットカード。
「過ぎたる力は身を滅ぼすぞ。」
「マウエッセンのようにはなりませんよ。そういえばマウエッセンは、転生に失敗したそうですね。」
「ああ、自分の娘に全て奪われた。自分の魔力も前鬼も後鬼もな。今ラストンで保護しているが、恐ろしい少女だ。生気が全くない。マウエッセンが興味で死体に産ませただけはある。ただの娘ではないよ。歳はその子と同じぐらいだがな。」
と、円筒形の中の少女を指した。
「気になりますか? 私の108番目の子です。完璧な僧侶を目指してみました。107番では失敗しましたから。」
「今までの子供達はどうしているのだ。」
「半分は研究の途中で死亡しましたね。生き残った半数は、ショーテス山中の施設で育てていますよ。もっとも私が作ったのはこれで8体目ですけどね。この子の素体は良いですよ。ガラナークの王家に近しい者ですから。先日この研究所に押し入った一団がいましてね。捕まえたんですよ。その女から卵を摘出して、培養して作りました。やはり素体が良くないと良いモノは出来ませんね。」
「人体作成か。神を冒涜する行為として神罰が下ると言われているがな。」
「なにエクシヴみたいな事を言っているのですか。それより見て下さい。その隣。これは、マティスのところの女奴隷から提供されたモノなのですが、サーランド王家の血を引いていますよ。それに私の血を混ぜてみました。」
「それは自分用か。」
「ええ、私は一度死にます。このカードのせいで。でも私は見ますよ。私の作り出した世界を。私は神を超えるのです。すばらしいでしょう。私の作り出した傑作と私の集めた子供達が、このショートランドの未来を作るのですよ。ああ、ああ何とすばらしいことか。」
「…狂っているな……」
その最後の言葉は口にされることはなかった。
それからすぐ後、クロム=ロンダートは突然ラストンに対して反乱を企てた。
城
「双子は忌み子です。残念ながら、一人はいなかったことに……」
産婆は、沈痛な面もちで、今生まれたばかりの双子の母、ライニス領主ルルレイン=アンプールにそう告げた。ガラナーク王家では、双子は禁忌とされている。それを聞いてもルルレインは、至って冷静に、
「別にどうでも良いわ。だってどっちも男の子でしょ。家督を継げないのだから、どうでも良いわ。どうせ家のために子を産んでるんだもの。シャルレインに何かあったときのために次を作ってみたけど……ま、必要になれば、また産めばいいわ。」
と、領主の顔になって答える。
「そんなことを仰らずに。あまりにも可哀想です。」
産婆が、救済を申し込む。
「情けを掛けてどうするの。ガラナーク本家がこんな状態なのはなんでか判っているでしょ。双子は神の地ガラナークでは要らないのよ。じい、どっちが要らない?」
「弟君の方に、『災いをもたらす』相が出ています。あと『禁断を犯す』との相も。『女難』、『独善』、『凶運』、これだけの凶相も珍しいものです。」
そういったのは、ライニス大司祭のヘルダーヴ=アノタウスだった。
「そう。じゃ、そっちを捨てておいて。」
深夜。産婆の手によって、城外に連れ出される赤子。
「可哀想な子。実の親からすら愛されずに、捨てられ殺されそうになって…せめて名前だけでも付けてあげましょう……」
しかし、彼に名を付けられることはなかった。夜盗の手によって産婆は殺され、赤子は売り物として、連れて行かれた。
その後、数奇な運命を辿って、生きたままフィルシムに付いたのは、まさに『凶運』の持ち主としか言いようがない。そしてその子に『カイン』と名付けられたのも、また何かの運命であろう。
研究所跡
「…既に焼け跡か。トーラファンが見たら悲しむな。」
恵みの森だろうか、広葉樹の生い茂る豊かな森の中の研究所にあった中央研究室跡。まだあちこちで炎が燻っている。
「『星は砕けて22個に散った。』か。クロムよ、これがお主の望んだ結末か。踊らされていただけのように思えて仕方がないのだが。」
足下には壊れた円筒形の筒の中から出てきた赤子の死体が転がっている。研究所跡を隈無く調べて廻るエクシヴ。やがてこの破壊が内部から行われたことが判る。
「『昔、愛し合った男女には、身分の差があった。女は男の子を成したが、子供と男を捨てて、故郷に帰った』『そしてこの地で相まみえる』か。一流のカードマスターのカードというのは恐ろしいぐらい当たるものだな。この状況を見れば全てが手に取るように判るな。どうやら、ハーヴェイも既に訪れた後のようだな。彼もショーテスの施設に向かっていたはずだが、こっちまで足を延ばすとは『田舎でゆっくりしたい』のではなかったかな。だが、そうならばもう何も残っては居らぬか。」
野外に残る巨大車輪の後を見付けたエクシヴがそう独り言を呟いた。すると、弱々しい微かな赤子の泣き声が聞こえてきた。
「ふむ。確かに確認したはずだが…」
声の主は、先ほど転がっていた、死んだはずの赤子であった。
「『旧友との出会い』か。運命には従おう。連れて帰るか。さて、名は何にしようか。」
兄弟
エルフォスは病弱だった。一生の大半をベッドの上で過ごした。彼はいつもベッドから、外で遊ぶ兄たちを眺めていた。長兄アーベルと三兄ラルキアは父ルギアに似て木陰で本を読んだりするのが好きだったなぁ。体力自慢で無口の次兄セリフィア。名前のことやよくどっちにも似て無いことなど、何かにつけて憤りをいろんなモノにぶつけてったっけ。僕からすれば、頑丈で健康なだけで充分だと思うんだけど。
でも、そんな兄たちをうらやましいと思ったことはあっても、不思議と恨んだことはなかったなぁ。何故だろう。これが僕の運命だって、そう受け入れちゃったからかなぁ……
「俺、父ちゃん探してくる。エルフォスが死んだことや、母ちゃんが寂しがっていることを伝えて、『スリープ』で眠らせてでも、『ウェブ』でくるんででも連れて帰る。」
「よろしく頼みましたよ、アーベル。でも無茶はおやめ。無事が何よりだから。」
新品のローブに身を包んだ、アーベルはそう言って旅立っていった。
3歳年上の兄、アーベルはいわゆる、優等生タイプだった。長男という自覚、あるいはプレッシャーがそうさせたのか、非常に物静かで常に自分のポジションを気にしているように見えた。几帳面で、悪く言えば神経質といえるかもしれない。兄さんからして見れば俺はたいそう出来の悪い弟だっただろう。魔法も使えず、外で揉め事ばかり起こしてくる。俺を責めたことは一度としてない。ただ一言、「セリフィアは凄いな」とつぶやくようにいったことがあった。その時は何を言っているのかわからなかった。今になって思うと「俺だったら耐えられない」という意味がこめられていたのだ。魔術師として、将来有望といわれていたが不思議と嫉妬やねたみといった負の感情が生まれたことはない。却って、時々見ていてつらそうだなと思うことがあった。
すぐ下の弟、ラルキアは年も近いせいかよく周囲の人に比較対象とされていた。なんで弟はちゃんと出来るのに……というのが基本的な周囲の反応である。いつも母さんのそばにいたような印象がある。それは単純に甘えていただけかもしれないし、幼くして亡くなった末弟の分、自分が母さんを元気づけようとしていたのかもしれない。陽気で、誰からも愛されるタイプといえるだろう。兄弟仲は決して悪くなかった。が、弟に対して気づかないうちに抱いてしまう負の感情が、自分自身何よりも許せなかった。
末っ子のエルフォスはあまり体が丈夫ではなかった。病気がちで、外に出ることを控えることも度々あった。俺が剣を振っているのを家の中から見るのが好きで魔術の才覚も見せていたが、俺にはよく「戦士になりたい」といっていた。自分の持っていないものへの憧れと、自分も思う存分体を動かしたいという願望がそう言わせたんだろう。その時は一緒に旅をしよう、と二人でかわした秘密の約束はついに果たされることがなくなってしまった。いまでも、「守るべきもの」といえばエルフォスが頭に浮かぶ。親父はエルフォスを一番可愛がっていたように思える。
20の時に妻エリオルと結婚し、それから続けて子宝に恵まれた。長男アーベルは物静かで周りの評価を気にする繊細な子だった。次男のセリフィアは、生まれる前に高名な占い師に名前を相談したところ、女の子が生まれるといわれ用意した名だった。実際には元気な男の子が生まれたわけだが……。三男のラルキアは完全にお母さんっ子の甘えん坊だった。四男エルフォスは小さい頃から体が弱くて目の離せない子であった。
「た、助けて母ちゃん。助けて父ちゃん。アー兄ちゃん、セイ兄ちゃん……痺れるよ、身体が言うこと聞かないんだ…しびれ……」
ハイブの牙が、ラルキアの肩に食い込む。隣では既に母エリオルがハイブの毒牙にかかっていた。薄れ行く意識の中で、必死になって皆に助けを呼ぶラルキア。その声は、助けを求めた人たちには、遂に届くことはなかった。
修道院
「なぜ、お勉強をさぼるのですか。貴女は、貴女のお父上が、貴族の息女にふさわしい人物になって欲しい、と、この修道院にお預けになったのです。」
クダヒにある、貴族の令嬢が住み込みで教育を受ける女子修道院の一室。一人のシスターから、ヴァイオラは延々と毎度おなじみの説教を受けていた。より良い縁組みを迎えるためだけの、形式張った中身のない礼法・裁縫・舞踏などの教育。親が貴族というだけで自分まで偉くなったと勘違いしているその娘達。見栄と体裁ばかりにとらわれた意味のない会話。どれもうんざりだった。唯一の救いは、神学の成績が良かったために入ることの出来た上級神学コース、つまり僧侶としての道を歩める可能性があるということだけだった。週に二日、上級神学コース出席を名目に外に出ては、門限破りや外泊を繰り返していた。
「どうして貴女は、お約束を守ることが出来ないのですか。しかも貴族の息女が下町に外泊だなんて。そんなはしたない真似をして、お父上が悲しまれることが判らない年齢ではないでしょう。」
「こうしている間にも、その下町では飢えや貧困、不当な扱いを受けて困っている人たちが居ることを、この人は判らないんだろうな」などとシスターの話など上の空で、彼女は自分の大切な仲間のことを考えていた。「トールは怪我をしていたけど大丈夫だろうか。」「メイがそれを見たら、びっくりするだろうな。」「子供達のご飯がないって言ってたっけ。キーロゥが早まったことをしなければいいが。」「ミリーを狙っているっていう一団が出てるって噂があったけど、注意するように言ったことはちゃんと伝わってるのかな。」等々。
「ヴァイオラさん、判りましたか。」
そんなことを考えていたら、いつもの説教は終わっていた。
「はい。」
ちゃんと返事をしないと、また長々と続くので、一応返事だけはちゃんとしておいた。
下町
「アッシの人生はこんなモンです。」
そう呟いたロッツの前には、服をはぎ取られ、陵辱され殺された彼の恋人の姿があった。彼の両親は数年前に当時の流行病で死んでいた。ちょっと高価な薬を買えば助かったものの、薬を買う金もなく、盗みをやったら運悪く捕まり、帰ってきたら既に両親とも冷たくなっていた。兄は10歳になる前に、たまたま通りがかったヘルハウンドの餌になり、妹は、よく解らない怪しい魔術師に買われていったきり、2度と姿を見せなかった。
ようやく彼に運が向いてきたのは、ファーカーのストリートキッズグループに入ってからだった。このグループは殺しもいとわない極悪集団で、恐れられてもいたが敵も多かった。今回の恋人殺しは、対立するバカンのグループによるものだった。
抗争は日増しに激化し、遂に互いのグループ内に数人の死者を出すに至った。この抗争は、ファーカーのグループから、ファーカー、バベッジの両巨頭が冒険者になるために抜け、ロッツが後を引き継いで路線を変更し、シマを引き渡してようやく沈静化した。敵の多かったファーカーのグループはバカン&エドウィナ兄妹のグループの巧みな包囲作戦により、疲弊しきっており、そのままでは全滅の憂き目もあったのだが、仲間の多くはロッツの外交を弱腰だとしか認めず、非難した。
彼の心は傷付き……
強く入ってきた感情に混じって
いくつかの微弱な感情
いつもなら閉ざせたであろう
それらの感情も
今の《あなた》には容易に入り込んでしまう
「ガサラックや、ガサラックや、どこにおるのじゃ。」
老婆の息子を呼ぶ声が、狭い家の中にこだまする。老婆は夢にうなされて目を覚ましたようだ。
「かあさん、ここにいますよ。」
すぐ近くで、息子の声がする。息子はまだ若い青年だ。老婆は、大分苦労してきたのか、歳よりもずっと老けて見える。目だけでなく、身体の具合も悪いのだろう、あまり先は長くないようだ。
「おお、ガサラックや、よぉくお聞き、冒険者だけは気を付けるんだよ。奴らは平気で人を踏みにじる。人の心も、生活も。奴らは自分らが特別なモノだと思い上がっている。どんなヤツでも所詮冒険者は冒険者だよ。ホントに気を付けるんだよ。」
「かあさん判ってるよ。俺はここにいるよ。大丈夫だって。」
「そうかい、そうかい。かあさん、お前だけが頼りだよ。ほんといつもすまないねぇ。お前には迷惑ばかりかけて。贅沢もさせてやれず、不自由な思いばかりさせて。」
「そんなこと無いよ。母さんはたった一人の家族じゃないか。」
カアサン、アリガトウ。カアサンニハカンシャシテル。カアサンニハカナシイオモイハサセナイヨ。デモネ、カアサン。オレニハマダミヌオヤジノチモナガレテルンダ。カアサンヲステテイッタコトハユルセナイケド、ボウケンシャノキモチッテユウノモリカイデキナイワケジャナインダ。
ゴメンヨ、カアサン…
「弟だからといって遠慮することはない。お前に能力が有ればこの村はお前に譲る。キッシンジュにもそういってある。お前はお前の道を進むがよい。自分の長所を伸ばすもよし、短所を補うもよし、未知の分野に挑戦するのもよかろう。で、どうしたい?」
ある晩のこと。次期村長の座を巡る話になった時のことである。
「はい。私もお父様と同じく、魔術師の道に進みたいと考えております。魔術を通して世界に触れ、自分に何が出来るか、何をすべきかを考えていきたいと思います。」
冷静に、青年は答えた。
「そうか、よかろう。ならば早速魔術を習いにフィルシムに行くがよかろう。金銭面のバックアップと私の名を使うことは許そう。後は全て自分で道を切り開くがよい。お前が思う人物を師と仰ぐもよし、冒険者向けの学園に入学するもよし。これからの人生は常に選択が付きまとう。特に冒険者や人を束ねる立場になれば、生死をかけるような重要な選択を迫られるであろう。全てに正しい選択を行うことは不可能だ。ならば如何にリスクを減らすか、失敗した選択からいかにリカバリーするか、よく考え、時期を誤らずに決断するのだぞ。」
「はい。有り難うございます。早速、明日にでも出発いたします。」
ケツダンカ…ソレガイチバンムズカシイ…ワタシハナニガヤリタイノカ…チチノキタイニコタエタイノカ…ジブンノミチ…ジブンノミチッテナンダロウ……
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