orangetriangle第11話〜第20話 プロローグ&エピローグ <<Previous ■ Next>>

orangedice [shortland VIII-第11話] orangedice プロローグ orangedice

「この先の洞窟の中にダーネルという貴族の研究所が有りやす。そいつは、元々がサーランドの貴族なもんで、結構ため込んでやすぜ。変わり者という噂が立ってた人物なもんでやんすから、訪れる人も殆どいやせん。狙い目でやんすよ。」
「そうか、わかった。ところで、なんでお前がそんなことを知ってるんだ。この辺に研究所があるという情報があったから、信じられるが、そうでなかったら疑わしい限りだぞ。」
「へい、実のところあっしは、しばらくそこに雇われていたんでやんすがね、何せ扱いが非道いでやんすよ。それで嫌になったってわけで。ま、やめるにしても、何かいただかないと…」
「ほう、お主もなかなか悪よのう。上がりの一割で良いか。」
「それで十分でやんす。夕食に睡眠薬を混ぜておきやすから、合図をしたら、お願いしやすぜ、旦那。」

orangedice [shortland VIII-第11話] orangedice エピローグ orangedice

 ここは…どこだ…
 ん? …あめ…雨、雨が降っているのか…
 馬車…あそこに、扉が開いた馬車が横倒しになっているな。崖崩れにあったか…
 あそこから、放り出されたのか、私は?
 ………私? 私は誰なのだ!
 …思い出せない、何も。何もかも。私は、何処の! 誰なのだ!!
 着ているローブに名前はない。が、足下に落ちている外套には『ダーネル=リッシュオット』と言う名が入っていた。かなり上質の貴族が用いる外套だ。
 …ダーネル=リッシュオット…私の名か? 身なりからすると貴族のようだが…まあ良い。いずれ思い出すであろう。それよりもまず、この状況を脱する手段を考えなければ…

 これが、今から15年前の、私の、ダーネル=リッシュオットとしての始まりであった。

orangedice [shortland VIII-第12・13話] orangedice プロローグ orangedice

「見付けたぞ、我が復讐の最後のピースを。こんなところでのうのうと暮らしていたとはな。」
「誰かが、私の『おもちゃ』を壊そうと企んでるわ。…そんなの許さない。」
「大丈夫、お兄ちゃんは、ちゃんと僕が守ってあげるから…」
「まぁ、いいか・ら・だ。やっぱ、若い男は、良いわねぇ。肌に張りがあって。きゃぁ、その額を流れ落ちる汗もす・て・き。いかにも仕事上がりって感じがたまんないわぁ。もぉ、・・ちゃん、メロメロよぉ。」
「壊してやる。全てを、跡形もなく、粉々に。あの血を持つ一族は全員この手で…死なんかくれてやるものか。もっと、もっと、苦しめて、苦しめて、壊してくれるわ!」
「…折角見付けた、私の新しい『おもちゃ』。あんな半端者にあげるのはもったいないわ。渡してなんかあげない。私と敵対する愚かさを思い知らせてあげる…ふふふ…」
「…がんばれ!」

orangedice [shortland VIII-第12・13話] orangedice 間奏 orangedice

「わざわざ、すまない。こんなところに呼び出してしまって。神殿内だと危険かと思ったのでな。」
「いえいえ、別にかまいませんよ。むしろ気を使っていただいたのは、こちらですし。無理を言うのもこちらですから。」
「代わりに今度何か作ってやるから、それでチャラにして欲しいものだな。」
「私としては、これを機にそなた達に政治の表舞台に立って貰いたいものだがな。」
「残念ながら、私の手は血で汚れすぎています。昔色々と無茶をしすぎましたもので。」
「私も悪名が轟き過ぎてるのでな、今の街の『奇人さん』のままが一番だよ。何より政治は疲れる。」
「そうか、残念だ。これだけのメンバーが揃う機会はそう無いと思うが。」
「ええ、そうですね。貴兄の心中は察しますよ。でも、私は私の手の届く範囲の幸せを守るので精一杯ですので。申し訳ありませんね。」

「遅くなっちゃったぁ。叔父様方ごめんなさ〜い。…ちゃん反省。」
「主役の登場ですな。待っていたぞ。」
「その分ちゃんと働くからぁ、許して。今日…ちゃん、デートの申し込みされてぇ、ウキウキなの。…ちゃん頑張っちゃうわよ。」
「それは有り難いですね。今日お越し頂いたのは、実は…」
「どうせ彼奴らのことでしょ。判ってるわ。…も嫌い。…の狙っている人苛めるし。あんな奴らまとめてヤッちゃっても良いんだけど、あれでも国の大事な宝だからぁ、政治的に追い出して、二度と手出し出来ないようにしちゃえば良いんでしょ。」
「判っているなら話が早いな。何か必要なものはあるかな。」
「国王陛下のお墨付きは頂いた。もとはと言えば、私の権威を失墜させようと、裏で画策していたものが起こした騒乱。貴国の神官団に迷惑を掛けて誠に申し訳ない。」
「別に良いわよぉ。大体国力もないのに対外的にアピールしようなんて、無理が過ぎるのよ。遠征費用を出して貰うほどのことじゃないのに。」
「色々と尽力して下さった、ソナタに申し訳ないのでな。これでソナタの顔も立つじゃろう。」
「そんなぁ、それなら、若い男の2、3人くれればそれで良いのにぃ。」
「・・・」
「えっ〜。3人揃ってだんまりする事ないじゃない〜。うそよ、う・そ。…ちゃん、男ぐらい自分の力でゲットしてみせるわ。」
「ははは、で、めぼしい人材はおりましたかな。」
「もうバッチリ目を付けてるわ。でも、なんだかまだ問題を抱えているらしくて、…ちゃん、もう少しここに残ることにするわ。」
「それは、頼もしい限りですな、今度その武器を預けてくれないかね、非常に興味があるんだが…」

orangedice [shortland VIII-第12・13話] orangedice エピローグ orangedice

「で、実際のところ、今回の集まった冒険者達は使えると思う?」
「騎士クラスのパーティが一組に中級クラスが3組。この短期間なら上出来ではないでしょうか。」
「しかし、騎士団がクダヒとスカルシに出払っている時を狙ってくるとは、完全に内応者がいると考えて良いね。」
「やはり、神殿関係者があやしいようですね。隠れやすいという条件もありますが、神殿発としか思えない情報のリークが見られます。」
「ロウニリスか…良くはやってくれているんだけど…」
「むしろ、そのロウニリス様が怪しいという声が挙がるほどですので。」
「まさか…いや、それも可能性の一つだね。確かに、お父様が国王になってからフィルシムもだいぶ国力を落としているから。ロウニリスほどの力があればそういう気を起こしても仕方がない、か…しかし、ホントはこんな事で、無駄なあらそいをしたくないんだけどさ。」
「いえ、フィルシムの未来は貴方様にかかっております。御兄上様や御姉上様達には、残念ながら才覚がお有りではありません。」
「僕は、自分より相応しいと思う人物がいれば、すぐにでも地位は譲るよ。お父様だって同じ考えさ。お母様はちょっと未練を感じるかも知れないけど(笑)。だいたいお父様だって、今の地位にいるのはあるはずのない見えない力に皆おびえているだけさ。」
「そんなことを言ってはなりません。大体あのラーカスター様が言ってらっしゃるのですから、事実です。」
「でもここ10年以上誰もその姿見た人いないよ。」
「いつもどこかで見ています。そういう伝説の方ではないですか、あの御方は。」

orangedice [shortland VIII-第14〜17話] orangedice プロローグ orangedice

「そろそろ目障りだ。殺せ。直接手を下す良い機会がある。その時に。」
「えっ…」
「殺せと言ったのだ。絡め手でも動ぜず、間接的に攻めても邪魔が入るとなれば、直接やるしかあるまい。もう、見過ごせるレベルではなくなってきた。」
「しかし、アラファナ様は、『手を出すな。』と仰っていましたが…」
「関係ない。脅威となりうる目は事前に摘み取る。それとも何か、我々が直接手を下せとでも思っているのか。」
「いいえ、判りました…」
 男が出ていった後に、中に残った男はさらに呟いた。
「さて、念のため、もう一つ罠を仕掛けておくか…」

orangedice [shortland VIII-第16h話] orangedice 間奏 orangedice

『One on One その時他の人達は?』

ロッツ、ベーディナ

 部屋に現れたのは、弓を構え革鎧を着込んだ一般的な装備に身を包んだ、盗賊のロッツと鞭&盾に金属鎧といういでたちの僧侶、ベーディナの二人だけであった。
「ここにいるのは、どうやら、あんたとあたしだけの様ね。えーと、名前はロッツで良いんだっけ?」
「へい、如何にも。アッシはヴァイオラの姉さんのところでお世話になっているロッツでやんす。そういえば、自己紹介がまだでやんした。」
 そこまで話すと、おもむろに仁義切りのポーズを決め、
「手前、生国を…」
「あー、面倒くさいことはパス! あんた確か昔、ファーカー&ベリンダの所に出入りしてたわよね。その同じストリートキッズグループに、シャバクって子がいたと思うんだけど、あんた知らない?」
「確かにファーカーさんはアッシの兄貴分で、シャバクは弟分でやんすが。シャバクなら、今は冒険者になっていて、依頼を受けてセロ村に向かって、着いたその日に行方不明になってるでやんす。その後の捜索にアッシも参加したんでやんすが、その時にシャドウに襲われたんで、もしかすると…」
 声のトーンを落として、皆まで言わないようにした。まるで皆まで言ってしまうと、それが現実となってしまうことが恐ろしいかのように。
「ところでシャバクが何かやったんすか?」
 ロッツは急に口調を変え、慌てて伺いをたてるかの様に聞いてみた。何か問題を起こしたのかと思ったからである。しかも、彼がストリートキッズのリーダーをしていた頃は、弟分達が問題を起こすことなど日常茶飯事であった為でもある。
「いや、そういう訳じゃないけど。うちの孤児院に、そのシャバクって子の恋人がいるんでね。この間の火事の時に受けた火傷の後遺症で、毎晩のようにうなされちゃってね。外傷はちゃんと消したんだけど、心の傷はね。好きな男でも側にいたら安心させてやれるかなってね。だから、ちょっと気になっただけ。今までなかなか話し出す機会が無くてね。」
「そうでやんしたか。もしかしたら無事戻っているかも知れないでやんすから、次にセロ村に戻ったときに聞いてみるでやんすよ。」
 壁などを調べながら、言葉だけで会話を進めるロッツ。心なしか、顔を合わせて話すことを避けているようにも見える。その後のごく一般的な当たり障りのない会話の後、
「やっぱり、ここしかないみたいでやんす。他に誰か来る気配も無いようでやんすから、先に進んでしまいやしょう。」
と、ベーディナの返事も待たずに一歩、鏡の方へ進み出すロッツ。
「何か困ったことがあったら、何でも相談するのよ。」
 ロッツの反応に何か感じたことがあったのか、ベーディナはそう言うと、慌てた風もなく、際を進むロッツに一歩遅れて鏡の中に入って行った。

アルバン、ギルティ

「ギルティ、残念だったな。どうやらここは俺とお前だけのようだ。俺の前じゃ悪いことはさせねえぞ。」
 剣&盾というオーソドックススタイルの戦士アルバンは、相手を威圧するようにまずそう言い放った。
「そんな、旦那達の前で悪いことなんてしませんぜ。イッヒッヒ。」
 もみ手でおべっかを使う盗賊のギルティ。威圧感に押された振りをしながら、アルバンの姿をじっくりと観察する。アルバンの身体は傷だらけで、もしかしたら、ひ弱な自分の一撃でも倒せてしまうかも知れないと瞬時に判断した。
「その物言いは、俺やアナスターシャの前じゃなきゃ悪さをすると、吐露しているようなもんだぞ。」
 …ここでギルティと二人きりだとやばいか? どうやったら裏切らずに言うことを聞かせられるか…そんなことに心を砕くアルバン。暫くの間、二人の沈黙の戦いが繰り広げられた。
「この先の部屋には、大きな危険がある。俺抜きでやれる自信があるか? 死にたくなければ言うことを聞け。判ったな。」
「へいへい、旦那。そんな焦らなくてもちゃんと仕事はさせてもらいまっせ。エリオットの旦那から、ちゃ〜んとお給金は、たんまりと貰っていますからね。でも、あっしは非力な盗賊ですからね、ちゃんと護って下さいよ、どんな傷だらけになっても。旦那とあっしは一心同体ですからね。旦那に死なれちゃ困るんですよ。」
 傷だらけの所を強調していたが、おおよそ本心とは思えない発言が、ギルティの口から発せられる。そんな言葉でさえ信じなければならない自分の状態にアルバンは頭痛がする思いだった。
「ほら、行くぞ。ちゃんと付いて来いよ。(いやだけど)後ろは任せたぞ。」
「へーい、合点。任せてくだせー。」
 二人は鏡の中に消えていった。

ズヴァール、ヴォーリィ

 二人は、部屋で出会った瞬間、互いの存在を認識し、後は黙々と自分の仕事をこなしていた。盗賊のヴォーリィは部屋の探索と安全確認、戦士のズヴァールは、自分の武器、長柄のバウルが充分に振るえる位置取りをして周囲の警戒。
 沈黙の時が暫く続く。一通りの探索が終わるとやっとヴォーリィが口を開いた。
「とりあえず、この部屋は安全です。メインはやはりこの鏡の先ですね。」
「ああ。まぁ任せた。好きにやってくれ。」
 ズヴァールのいつもの口癖が出た。
「ズヴァール、あんた怪我しているな。大丈夫か?」
「傷の状態を気にするなんて、ベーディナの行動が乗り移ったか? 人のことを気にする前に、自分も傷だらけな事を忘れてねえか?」
 ズヴァールの軽口をサラリと無視して、ヴォーリィは会話を続ける。
「どうせ、傷を治す手段もないし、このまま行きますか?」
「ま、良いんでないの。」
 ズヴァールのもう一つの口癖が出た。いつものようにズヴァールが先頭を歩き、ヴォーリィがズヴァールの武器の庇護下で弓を構えている。そのまま隙無く歩みを進めていく二人。熟練の連携の取れたパートナー同士が続けて鏡の中に入って行った。

ルーウィンリーク、ローファシャ

「ルーさん、良かったぁ、誰も来ないのかと思って心配してしまいました。」
 部屋に先に来ていたのは、ホワイトドラゴンで駆け出し魔術師ローファシャの方だった。
「ローファシャ、心細い思いをさせてしまったようですね。リーンティアが来るかどうかは判りませんが、まずは安心して下さい。」
 僧侶のルーウィンリークは、透き通った僧侶らしい穏やかな声で、ローファシャを落ち着かせるようにそう話しかけた。
「大丈夫です。私リーンと約束しましたから。リーンは必ず迎えに来てくれるって。何処にいても安心して良いって。だから大丈夫です。それに来てくれたのが、ルーさんで良かったです。他のパーティの人だと、まだ馴染めなくて…」
「ローファシャは、強くなりましたね。今だって、まさか貴女の方から先に話しかけてくるなんて思いもしませんでしたよ。」
 にっこりと微笑みかけるルーウィンリーク。ローファシャは白い頬を微かに赤らめ、
「それは、ルーさんだったからです。他の人だったまだ恐いし、ルーさんは優しいから、…好きです。」
と消え入りそうな声でそう呟いた。
「おやおや、リーンティアが聞いたら嫉妬されそうだ。」
 その後暫くは、会話のない静寂の時が二人を包んだ。その間、ルーウィンリークは壁や床の度を調べながら、ローファシャはその様子を見つめながら、誰か後続がくるのを待っていた。しかし、捜索の甲斐無く、めぼしいものは見付からず、後続もくることなく、時間だけが過ぎていった。
「どうやら、我々二人だけのようですね。ここの石版に書いてあることが本当なら、この先には相当な試練…多分激しい戦闘が待っているようですね。ローファシャ、傷の回復は良いですか?」
 半ばわかっていたとはいえ、改めてルーウィンリークによって今の状況を言葉にされるとローファシャは血の気が引く思いだった。ローファシャの脳裏にリーンティアの姿が、そして彼女の力強い言葉が浮かんだ。そして自分に言い聞かせるように、
「いいえ、大丈夫です。もし次の部屋でリーンがいたら…もしその時、リーンが傷だらけだったら…と思うと、リーンのために奇跡は取っておいて下さい。私はまだ大丈夫ですから。」
 その言葉を聞いたルーウィンリークは、より一層穏やかな笑顔になり、
「ローファシャ、貴方は本当に強くなりましたね。そんな貴方の姿を見たら、リーンティアもきっと喜びますよ。」
 これなら、自分がパーティを離れてももう大丈夫だろうとルーウィンリークは思った。ガウアーにも目的が出来た。トールの夢である孤児院の建設も、もう少しで実現できる。テラルは充分に修行を積んだし、これからは本来の目的である研究者の道に進むことが出来るでしょう。そして、リーンティアには、こんな立派なパートナーが。私も自分の道に進むことにしましょう。その前にここを無事に脱出しなければ。マザーを倒して、コアを破壊して。
「前線には私が立ちます。ローファシャは、援護を頼みますよ。ハイブには貴女の『スリープ』が有効です。もう一つ、申し訳ありませんが、戦士のように上手く護りきれる自信がありませんので、傷を受けてしまうこともあるかと思います。その時は、申し訳ありません。出来るだけすぐに回復できるようにしますので、側にいて下さい。」
「判りました。大丈夫です。リーンだっていつもあんなに傷だらけになって頑張っているんですもの。私だってやれます。」
 拳に力を入れ、自分を奮い立たせるローファシャ。手にはリーンティアから護身用にと受け取ったダガーがしっかりと握られている。ルーウィンリークは、スタッフを構え直して前を行く。
 …こんなことなら、もっと戦闘訓練にも本腰を入れておけば良かったようですね。
と、何でもそつなく、『これだけ出来れば』というところで手を抜いていた自分に、今更ながら後悔しているルーウィンリークであった。

テラル、トール

「よう、テラル。無事だったか。」
 その場に後から現れたのは、盗賊のトールだった。先に来ていた、褐色の肌を持つ魔術師テラルは、いきなり声を掛けられたことにビックリした。しかし、その声の主が、同じパーティの仲間であることに気が付き、すぐに安堵した。
「トールじゃないですか。いきなり声を掛けられて、驚いてしまいましたよ。ところで他の人は?」
 今度は、二人きりな事に不安を覚え始めるテラル。
「どうやら今回はこのメンバーみたいだな。傷は…大丈夫そうだな。なあテラル、呪文はあとどれくらい残ってる?」
 素早く状況認識をして、先に備えるトール。テラルは、こんな状況下でも、彼のいつもと変わらぬ反応に次第に不安をうち消されていった。
 暫く状況、状態認識に時間を掛ける。その間もトールは、周囲への警戒は怠らない。
「呪文は全部残っているって訳だな。もしこのまま戦闘になったら、お前の呪文がとても大事になるからな。任せた。」
「そ、そんなぁ。」
「弱気になるなって。大丈夫だ。俺達何度もお前の呪文に助けられただろ。なーに、前は護ってやるって。的確な判断で呪文の援護を頼むぜ。」
 ロングボウで行くか、ダガーを抜くか、悩んだあげくに弓を選択するトール。いよいよ杖で敵を攻撃したり、敵の攻撃を防いだりしなくてはならない日が来たのかと思い、ますます緊張して杖をギュッと握りしめるテラル。
「よーし、行くぜ。」
 いきおい良く歩き出すトール。慌てて彼について行くテラル。二人の姿は鏡の中に消えて行った。

バルジ、ゴンルマール

 その場に現れたのは、長身で並の戦士以上の優れた体格をした魔術師バルジと、彼の作り上げた4本腕の骨で出来たゴーレム、プレートメイルを着て3本の剣、1枚の盾を持ったボーンゴーレムのゴンルマールだった。
「今度の迷宮は、ゴン君と二人きりですか。まだ認識させてない人と二人きりにならなくて、ホントに良かったですね。」
 当然のことながらゴーレムのゴンルマールは返事をすることはない。感情を持ったゴーレムを作るには非常に高度の技術と知識が必要だからである。そんなことは十分承知しているのだが、丁寧に話しかけながら、ゴンルマールの状態を見ていく。
「剣が1本増えていますね。誰にもらったんですか? 攻撃の手を増やさないといけないぐらい大変な思いをしてきたということですよね…他のみんなも無事なら良いのですが。どうでした、ゴン君?」
 当然、返答はある訳がない。しかし、まるで我が子を相手にするかのように優しく問いかけ、相手をするバルジ。
「さて、今後もこんなことが続くかも知れませんからね。危険かも知れませんが、命令回路をオープンにしておきましょう。無条件の敵は、ハイブ、ゴーレムやアンデット等の非生物。人間…あとドラゴンもですね…には、敵対行動を取らないように…っと。」
 身長 90cm のゴンルマールの頭に手を触れながら、幾つもの複雑な呪文を詠唱して、ゴーレムに命令を与えていくバルジ。最後にゴンルマールの身体に手紙を括り付け、
「これで良し。さあ行きましょうか、ゴン君。きっとこの先には、大変な試練が待っていますよ。頑張って下さいね。」
 行きましょうかの声に反応して、ガシャリとプレートメイルを鳴らし第一歩を踏み出すゴンルマール。その後ろの、いつものポジションを歩くバルジ。二人は、鏡の中に入って行った。

orangedice [shortland VIII-第14〜17]orangedice エピローグ orangedice

1.

 並の騎士以上の剣技を持つハイブリーダーの繰り出した剣の一撃で、巨漢の男戦士は脆くも床に崩れ落ちた。彼の身体中には、十分に致命傷となりうる鋭い剣傷があちこちにあり、放っておけばいずれ死に至ることは誰の目にも明白であった。
 が、その前にハイブリーダーによる危機は、彼の後ろに庇われていた女僧侶にふりかかろうとしていた。ハイブリーダーは、足下に転がる瀕死の男を無視して、目の前に現れた新たなる目標に向けて、血糊のベットリと付いた剣を構えたまま一歩足を踏み出して来た。
「待て。良くやった。そこまででよい。下がって新たなる任務があるまで待機せよ。」
 おもむろに女僧侶は、気でもふれたのか言葉を理解するはずもないハイブに向けて、しかしながら、きわめて冷静にそう命令を下した。
 その命令を聞いた途端、ハイブリーダーは歩みを止めた。そして、慣れた手つきで、構えていた剣の血糊をふき取り、腰に下げた鞘にしまった。そのまま後ろに下がり、元居た場所である鏡の前まで戻って、直立不動の姿勢になったまま動かなくなった。
 ハイブが、人間の命令を聞いたのだ!
「さてと、まったく手の掛かる子ね。」
 あきれた風な口を聞いて、といっても誰もその言葉を聞くものはいないはずであるが…女は倒れている巨体の戦士の側にしゃがみ込んだ。
「ここでこれを使う羽目になるとは思わなかったわ。」
 女僧侶は、懐から一本のスクロールを取り出した。そのスクロールを広げ、戦士の傷の中でも一番酷いと思われる傷口に手を当ててスクロールを詠み始めた。
 戦士の、致命傷とも思われるその傷口は瞬く間に塞がり、ほんのわずかな傷跡を残すのみとなった。今にも絶えそうであった男のかすれかすれの呼吸音も、正常な安定した呼吸音に変わった。
「この代償は、高く付くわよ。」
 まだ目を覚まさない男の唇に口づけをして、彼女は立ち上がり、上空を見上げ、
「次の部屋への道を開けて。」
と、天井しかないはずの空間に向けてそう言った。
「なぜ、その様な貴重な巻物を使って、何もしない。傷口にBボタンを仕込めば、思いのままになったであろう。執着するのであれば…」
 虚空から聞こえてくる不気味な中年魔術師の声はしかしながら最後までしゃべらせてもらえなかった。
「そうしたくなかったから。大体あんた達は只の出資者でしょう。危険を冒してまで実験につき合ってあげているのだから、それ以上口を挟まないで。」
「ほう、一端の僧侶風情が聞いた口を。それ以上モノを話せぬようにしてやろうか。」
「私達『ユートピア教』あっての貴方達の計画じゃないのかしら? 今の貴方達にハイブをばらまく力が残っているとは思えないのだけれど…手を引いてもいいのよ。」
「ほう、お主にそれほどの力があるとは思えぬが。」
「彼には、まだ利用価値があるのでしょう。『名無しの剣』を手に入れるためにも、ここで死なれたら困るのは貴方の方じゃなくて。彼の事は、自分で『壊したい』んでしょう。」
「ほう、事情は知っているという訳か。」
「早く道を開けて頂戴。目を覚まされてはやっかいだわ。」
 彼女の言葉が終わると、鏡の上に付いているクリスタルに、緑色で『Enter』の文字が浮かび上がった。
「この男を丁寧に鏡に向かって投げ込んで。」
 華奢な彼女では、はなから巨体の男戦士を運ぶことが不可能なのはわかっていたのであろう、女僧侶はハイブリーダーに再び命令を与えた。命令を受けたハイブリーダーは、床に転がっている男の足を掴んで引きずり鏡に向けて投げ込んだ。男の姿が鏡の中に消えた。
「『丁寧に』って言葉は理解できなかったようね。…じゃあ、私はそちらに行くから。」
 そう言うと、女僧侶も続けて鏡の中に入っていった。

2.

 長身痩躯の棹状武器使いがその部屋に入ってきた時には、既に全身ボロボロであった。武器を構え、隙無く辺りを窺う。
 部屋の広さは6m四方か…天井は十分に広いから武器は振れるな。気配は無し、と。正面の壁には一組の手枷、右の壁には武器が一式か。左の壁にはいつもの鏡と明かりの消えたクリスタル。壁には何か字が書いてあるが、ま、どうせろくな事は書かれて無いだろう…そこまで、考えた時に背後からショートソード彼の胸を貫いた。完全な不意打ちであり、且つその一撃は十分な致命傷となった。
 最期の力を振り絞って、自分を殺した相手を見ようと、後ろを振り返った…そこには人間の盗賊が一人、未だ自分の胸をさし貫いたままのショートソードを持って立っていた。
「確か、お前は…ロッ…」
 足の力が抜け、長身の戦士はその場に崩れ落ち、事切れた。
「その調子で次もやるのだ。」
 何もない虚空に、突然中年の男の声が部屋にこだました。同時に鏡の上のクリスタルに緑色で『Enter』と言う文字が浮かび上がった。盗賊の男は、崩れ落ちた死体からショートソードを抜き取り、ベットリとこびりついた血糊を軽くふき取った。続けて、懐から液体の入った小瓶を取り出して、それを剣に塗り始めた。一通りの作業を終えると剣を構えて、足音を殺して鏡の中に入っていった。
 終始盗賊の男は無言であった。

3.

「何さっきから、振り返ってばっかりいるの?」
 戦闘を歩く、女僧侶は、後ろを付いて歩く、盗賊の男にそう話しかけた。
「へ、へい。何でもありやせん。」
 いきなり話しかけられて、ビクついた盗賊は、慌てて否定の言葉を口にした。
「殺しそこねたことを残念に思っているの? それとも未練が残っているのかしら。ずいぶんと可愛がって貰っていたようですし。」
「そ、そんなことはないでやんす。ただ…」
「ただ?」
「いえ、なんでもないでやんす。」
「まあ、言いたくなければ言わなくてもいいけれど。あまり不審な行動していると、ボタンが爆発するわよ。」
「へ、へい。一度は助けていただいた命でやんすから、『ユートピア教』の為にしっかりと働かせていただくでやんす。」
「ふーん、『良い心がけ』ね。『感心』するわ。」
 女僧侶の今の言動には恐ろしく棘があった。しかし盗賊の方は、その棘すら気が付いていないようであった。元々そんな興味があった訳ではないのであろう、女僧侶の方もそれ以上話しかけることなく、二人は無言のまま、夕暮れの森の中を足早に進んでいった。
 …あねさん、怒っていたでやんす。ホントに、ホントにすいやせん。そして、今まで有り難うございやした。でもこれが、あっしの生きる道なもんで。死ぬわけには行かないでやんす。弟分を護ってやんなきゃならないでやんすし、あんなんでも、恩義もあるでやんす。…あねさん達と過ごした日々は楽しかったでやんすよ…
 無言の行軍中、男盗賊は、揺れ動く心を必至に押さえ込もうと一人努力をしていた。

orangedice [shortland VIII-第18話] orangedice プロローグ orangedice

「エフルレス様、考えを御改め下さい。明らかに実力が劣る一介の冒険者に、武器を振るうのは良いことではありません。しかも経歴を見たところ特に法を犯した形跡もありません。さらに一騎打ちを断ったことからも考えられるように、もし相手をするとなると集団との戦闘が予想されます。そうなれば我々にも重大な被害が予想されます。」
「何を言っている、ケヴィッツ。相手をするのは俺だけだ。俺が一人でやる。」
「そうは仰られても困ります。いかに街の外とはいえ、エフルレス様の行動は法に反する怖れがあります。それに我々には、本国への帰還命令も出ております。一旦戻って今までの経緯や結果を直接領主様に御報告致しましょう。」
「それは、お前がやれ。俺はヤツをやる。これは上官命令だ。お前は戻れ。俺はやる。やるったら、殺る。もう決めた。」
「無理ばっかり言わないで下さい。エフルレス様が残ると仰る以上、私が帰れる訳無いじゃないですか。大体上官と仰るのであれば、報告はエフルレス様が行って下さい。」
「話すのは苦手だ。お前がやれ。」
「まったく、それじゃ解決になっていませんよ。しかし、エフルレス様がそこまで言うのなら、もう一度だけ交渉の席を設けてみましょうか。しかし、帰還命令が出ている以上余り長居は出来ませんよ。」

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 3人の旅人がフィルシムの正門をくぐって街の中に入ってきた。中央に護られるように歩いているのは、細身の狐眼、狐顔のプラチナブロンドのまだ少女の域を出ていない女性だった。その左側には、小太りだが筋肉質のがっしりした体格で、豚鼻、茶の短髪のボーっとした青年。右には、3人の中で一番小柄で、細身の神経質そうな黒髪、蝙蝠顔の青年が歩いている。
「いよいよここに、目的の『あの御方』がいらっしゃるのね。」
と中央の少女が、誰にとなく話しかけた。
「はい、そう言ったのは、『女神の耳』の血を引く貴女じゃないですか。」
 右を歩いていた3人の中で一番旅慣れ、かつ世慣れていそうな小男は、キィキィと男にしては甲高い声でそう反応を返した。
「でも…おでだちが、見付けたとして何の話すんだ?」
 左を歩いていた小太りの男は、その容貌通りのボーっとした口調で反論を返した。
「直接お会いして、今の状況を説明して納得して頂くしかないわ。私達は他の4大種族のように単独で動けるほど力を残しているわけではないから。あとは、誠意。嘘無く本当の事を話せば、きっとわかって下さるはずよ。」
「でも、記憶を無くして人間と一緒に冒険をしているんだろ。人間に感化されちゃって無いか。」
「その分、人間の嫌なところも見てきているでしょう。間違えないで。私達は人間と争いたい訳じゃないわ。同じ土俵に立って、共存していきたいだけなのよ。でないと私達には、『滅び』が待っているだけだわ。その為に『審判』は私達に下ってくれないと困るの。」
「そんな大変な任務、おでだちに出来るんか。」
「出来る出来無いじゃなく、やるしかないのよ。」
「お、見えてきた。あそこがフィルシムだ。行きますよ。」

orangedice [shortland VIII-第18話] orangedice エピローグ orangedice

 満天の星が煌めく夜空の中央に、真円の蒼い月が存在感をひときわ際だたせるように浮かんでいた。その月から発せられる暖かく煌びやかな月明かりが、今まさに成長途中にある草木の生い茂る初夏の深い森に降り注いでいた。
 そんな深い森の中にある小さな村の外れに位置する家の中で、この家の家主である一人の男は、固く閉ざした木窓の奥で僅かに差し込んでくる月明かりを眺めながら呟いた。
「やっと眠った様だな。今宵の満月の力は特に別格か、それとも何やら村の地下で蠢く過去の遺物のなせる技か。ともかく、『神の眼』よ。『審判の時』は訪れたようだな。どういう答えを見せてくれるか、楽しみにしているぞ。」
 その男の傍らのベッドには、胸にアミュレットを付けた一人の少年魔導師がスヤスヤと安らかな寝息を立てて眠っていた。

orangedice [shortland VIII-第19話] orangedice プロローグ・エピローグ orangedice

Not Available.

orangedice [shortland VIII-第20話] orangedice プロローグ orangedice

 館の書庫に今日もその男の姿があった。ここ数ヶ月毎日通い詰め、そこにある一般的な書籍や研究記録等の巻物、雑記やメモに使った羊皮紙から日記に至るまでほぼ全ての書物を読みあさった。中には意図的にと思われる廃棄、削除された何かがあったが、膨大な資料を解読していく内にどうやら失われた欠片は解読することが出来たようだった。
「何やら重要な文献が2、3点失われているようですが、それが無くても稼動に問題はないでしょう。さあ、これで準備は整いました。これの力が何処まで通用するのか…宴を始めるとしましょう。」
 その日から、館の中でその男の姿を見かけなくなった。

「あ〜ぁ、つまんないな。警備兵ったって、全然もてないじゃん。何か若い子は、みんな『アイツ』が、お手つきしちゃうしなぁ。やっぱ『たいちょー』じゃ無いとダメなのかぁ。でも、正面からやっても負けるかも知れないしなぁ。いっそ、後ろからやって、川に流しちゃおうかな。誰も見てない時を狙えばやれるかなぁ。」

「さて、どうしたものでしょうか。どうやら彼は、大きな『何か』を見付けてしまったようですしね。ここに留まっているのも、そろそろ潮時なのでしょうか。確かにここでの生活も悪くはないのですが、誠に残念ながら一箇所に留まっているのは、私の性分に合わないようです。あぁ、…コワシタイ…」

「俺って幸せだな、いい仲間に恵まれて。俺の村計画も順調そのものじゃないか。弟のヤツは言いなりだし、姉貴もあの煩い義兄が居なくなった途端に大人しくなっちまった様だし。後はこのままちょっと修行を積んで騎士にでもなって帰ってきたら誰も文句は言わないだろ。…その前に邪魔なあのアドバイザーを事故にでも見たててやっておくか。」

orangedice [shortland VIII-第20話] orangedice エピローグ orangedice

「ヘルモークよ、本当かこの村に人間を入れるというのは。」
「ああ、本当だ、ダーガイム。もうそろそろ、頑なになるのも止めたらどうだ。気持ちも事情も判るが、今はそうも言ってられないだろ。これ以上一族に犠牲者を出すわけにもいかない、かといって我々ではハイブを殲滅させられない。ならば取る道は一つだろ。それに奴らには『審判の者』もいる。村を『見ていただく』のも必要じゃないか?」
「…しかし、人間に村の位置を教えるのは危険だ…」
「人間だ、獣人だなんて族長のソナタが了見の狭いことを言ってどうする。そんなのは見方の一つだろ。見方をちょっと変えてみればいいことじゃないか。そんな事じゃ、いろんな意味で未来はないぞ。」
「…しかし、噂では『審判の者』は人間を選ぶだろうと言われているようだが。」
「そんなのも見方一つだろって。確かに俺としては嬢ちゃんに何事にも捕らわれず自分の気持ちだけで素直に生きてほしいと思ってる。大好きな男の胸に躊躇無く飛び込めないなんて不幸なことこの上ないからな。でもその結果、獣人が滅びる? 一体誰がそうするんだ。もし、女神エオリスがそうするのであれば、とっくに俺達はこのショートランドから居なくなっているぞ。神に逆らうのは儂ら慣れたもんだろ。世界が救われる? 世界の未来を決めるのは、ショートランドに住まう者達全てが、その責任において決定することだろ。過ぎた過去やこれから来る未来に捕らわれるのはやめにしようぜ。」
「…し、しかし…」
「月の魔力は戻っている。きっと来年の春には新しい子も産まれるであろう。所詮ここはかりそめの地だ。子供が産まれたら村に帰ろう。」
「お主の口からその言葉が出るとは、よほど何かあるのじゃな。」
「ああ。全ては上手く行く、そんな予感があるのさ。」
「まあ、良かろう。お主がそこまで言うのであれば、村に立ち入る件は許可しよう。実際頑なになっている状況でもないのも確かじゃからの。それ以外の件は、まだ儂は完全に納得しておらん。」
「ま、それで良しとしておきますか。で、最近何か変わったことは?」
「奴らの行動がより一層活発化している。以前にも増して手当たり次第に餌を求めているようじゃ。少々危険度の高いモンスターにまで手を出している。」
「給餌行動が増えている…と言うことは、いよいよ分裂が近いな。そうなると益々やっかいになるな。なんとか、分裂前に潰したいところだが…」


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