orangetriangle第21話〜第25話 プロローグ&エピローグ <<Previous ■ Next>>

orangedice [shortland VIII-第21・22話] orangedice プロローグ orangedice

「もうそろそろだね、あのころの彼らになるのは。」
「はい、そのようですね。」
「どうするんだろうね。」
「正直判りません。『神の御心のままに』としか言いようがありませんね。」
「暫く静観していただけあって、愛着もあるしなぁ。あの時とは、こっちのメンバーも違うし…」
「そうですね。大変な事態になるでしょうね。」
「う〜ん、困ったなぁ、いやだなぁ、めんどくさいなぁ…」
「そういっている貴方から、今の状況を楽しんでいるそぶりが伝わってきていますよ。」

orangedice [shortland VIII-第21・22話] orangedice エピローグ orangedice

「さて、どうしたものかの。」
深い、深い森の中。白き毛皮をまといし虎が一人、煌々と輝く満月の中でこう呟いた。
「また、相当深いところまで落ちてきてしまった様だなぁ。ショーテス、いやサーランド時代辺りといったところか…」
白き虎は、ゆっくりと立ち上がり、注意深く周囲を観察しながら、あてもなさげにゆっくりと歩き出した。
「これは貴重な体験じゃからのぅ、色々と楽しませてもらおうか…っと、そう言っていられる状況でもないのであったな。さて、元の時代に戻るには…」
歩き出したものの、すぐにその歩みを止め、ほぼ真上に来ている蒼き柔らかな光を投げかけている月を見上げながら、しばし思案を巡らせている。
「世界の理に反したモノ同士がぶつかれば、その時のエネルギーによって戻れるであろうが…場合によっては又違う時代に飛ばされるかもしれぬのぅ。しかし又、この時代にはやけに多くのモノ達と一緒に来たようじゃからなぁ。こいつらを連れて戻ってしまうのは、奴らにも迷惑じゃろうて。儂も一人で、コアに突入するのは、さすがに骨が折れるからのう。」
どこを見ているのか、月の方を向いているものの、彼の視線は中空を漂っていた。その姿勢のままで、深く考え込んでしまった。
「どちらにしろ、この方法は危険が多すぎるようじゃな。もっと確実な方法を探すとしようかの。そして、あの嬢ちゃんが困ったときに、救いの手を差しのばせるようにしとかねばいかん様じゃからの。」
やっと目的地が決まったのか、しっかりとした視線で前方を見据え、駆けだした。
「まずは人里、そうさのセロ村でも探してみるかの。最もあればの話であるがな…」
月はいつの時代でも、全てのモノの動向をそっと眺めるかのように、同じ明るさで輝いていた。

orangedice [shortland VIII-第23話] orangedice プロローグ orangedice

「やあ、みんな元気!?」
「……元気といえば元気といえなくもないんですが…ところで、あなたは、誰なん
ですか? 警備の人に『久しぶりですね。』と言われるところを見ると、知り合いのようですが。」
「気にしない、気にしない。今日はね、旧友の頼みで届け物に来たんだ。ヴァイオラ姉ちゃんに、『これ』を渡しておいてくれない?」
 そうして、彼はバッグから長細い箱のようなものを取り出した。
「…残念ですが、彼女たちはいなくなりました。あるアイテムの影響でそこら辺一帯の地場が乱れていたらしく私達を除いて、敵も味方も消えてしまいました。」
「『夢見石』の迷宮でしょ。大丈夫、もう戻ってきたから。みんな元気だったよ、体力的にはね。」
「そうですか。あなたは、『総て知っている』、というわけですか。」
「ん、じゃね。バイバイ〜。」
 最後の問いかけにはあえて答えず、小さき魔術師は、来たときと同じように、またフラリと去っていった。

orangedice [shortland VIII-第23話] orangedice エピローグ orangedice

 とある街の、ある場所の一室。
「どうしたんです? いきなり『ちょっと出かけてくる。』と言ってフラリと出ていったと思えば、またフラリと戻ってきて、しかも普段は着ないような真っ黒な服に着替えちゃって。そのワンピースも、いつもと違った雰囲気があって、とても似合っていますよ。」
「・・・壊れちゃったの。」
「壊れたって、一体何がですか?」
「だから、『喪服』なの。フフフ。」
 そう言って黒いワンピースを着た少女は、今入ってきたばかりの扉から再び出ていった。
「まったく、いったい何なんだあの女は。最近ちょっとやる気を見せて、あんな化け物作り出したかと思うと、後は知らんぷり。新しいオモチャを見付けては、遊び倒して、飽きたらポイって、まるで子供じゃねえか。」
「もう今更、わかっていたことだろう。」
「そりゃそうですが…クダヒのコアが潰れて以来、『あっち』のメンバーに興味が移ったのか、そっちに掛かりきりじゃねえか。いよいよ、俺らも捨てられちまうのかなってな。」
「アベラード家の放蕩息子が竜騎士を連れて出てきたおかげで、予定より早く潰れてしまったが、予定通りフォアジェ家から、たんまり金をせしめられたおかげで研究とやらも進んだみたいじゃないか。それに、フォアジェ家と婚姻関係を結ぼうとしたエスタートン家にもダメージを与えられた。今回はこれで充分じゃないのか。」
「そのエスタートン家の件なんだが、残念ながら、目論見は失敗のようだぜ。アベラード家の放蕩息子が、エスタートン家のナルーシャと婚約をしたそうだぜ。よくもまあ、傷モノと婚約するなんて、気が違ってるとしか思えねえが、おかげでエスタートン家は、『ユートピア教の縁者』から『ハイブから街を救った英雄の縁者』になっちまいやがった。」
「そうか、それは残念。全く、つくづくついている連中だな。」
「だから、前に俺が言ったとおり、直接殺っちまうのが一番だって。」
「それは最終手段だ。まずは、新しい連中が作っているフィルシムのコアの成長を見届けてからだな。しかし、どうも目障りな連中だ。我々が直接手を下す日は、そう遠くないと思うがな。」
「う〜、早くぶっ殺してぇ。」
「全く、戦士はどうしてこうすぐに殺りたがるのか、気が知れねえぜ。俺はごめんだぜ、殺るなら、裏からだな。エドウィナみたいな馬鹿なまねだけはしたくねえぜ。」

orangedice [shortland VIII-第24話] orangedice プロローグ orangedice

 ここは、フィルシムの貧民街。その中でも最下層地帯にある、廃棄され長いこと放置された長屋の半地下にある一室。
 昼間だというのにほとんど明かりも差し込まず、いつも薄暗い。
 昨日の雨水が、天井の隙間から漏ってくる音、壊れかけた壁の隙間から入り込む夏の生暖かく湿った空気…。
 この建物の周辺はそんな音が聞こえてきそうなほど、静かだった。
 人の生活の音、ひそひそという話し声、陰でひっそりと…何かにおびえるかのように生きる者たち。
 あたりには埃やかびのにおいが立ちこめ、空気は澱んでゆく。
 …下町の剣呑な雰囲気ともまた違った退廃的とも言えるこの場所にいたのは、ファーカーというガラの悪い戦士をリーダーとした、手荒なことも厭わないことで顔の売れた冒険者の一団、6人だった。
「よう、ロッツ。こんなところに呼び出して、一体どういうつもりだ。」
 後で現れた盗賊風のロッツと呼ばれた男と、リーダーのファーカーは知り合いらしかった。
 そしてその態度から明らかにファーカーはロッツを見下していることが見て取れた。
「昔からあんたはまわりくどいんだよ。聞きたいことってなんだい?どうせ大した用事じゃないんだろ。ホントはお礼参りでもしたくなったんじゃないかい?大方自分が強くなったとでも思い違いをして。そんなら相手になってやるよ。」
 そう言って一歩前に出て、手に持っていたダガーを見せびらかすように構えたのは、女盗賊のベリンダだった。
 慌てて彼女の隣に、彼女を守るように進み出たのは、このメンバーの新参者であるジェイだ。
 しかしロッツはベリンダのあからさまな挑発に乗ることもなく、淡々といつもの調子で話しかけた。
「兄さん、姉さん。すいやせん。実はどうしても聞きたいことがありやして。ここどこだか覚えていやすか?」
「昔の俺たちのヤサだろ。忘れやしないが、二度と来たくない場所だな。それがどうした。」
ファーカーは、つまらなそうに答えた。
「ええ、そうでやんす。そして、グリスやハゼル、ベルキィの死んだ場所でもありやす。何であの時、争いの火種だけ残して、兄さん達は居なくなったんでやんすか?」
 ロッツの真摯な問いかけに答えたのは、ファーカーやベリンダではなく、シーレイシャという黒髪の女僧侶だった。
 彼女は、ストレートロングの黒髪の先を指で弄びながら、意地の悪い笑みを浮かべ短く、「それが、楽しいから。」とだけ答えた。
 ロッツはその返答にしばし絶句し、ようやく
「なんで…」
 とだけ、つぶやいた。
「俺らはここから抜け出すための『きっかけ』が欲しかった。そして俺らのチームが潰れれば、得をする連中が居た。俺らがチームを離れてそいつらに得をさせてやる替わりに、その『きっかけ』と金を手に入れることが出来た。それだけだ。」
 でファーカーがそう言葉を継ぎ足した。
「そのきっかけをあげたのが、アタシ。あんた達のチームは、ある連中の賭け事の対象になってたのよ。当時上り調子だったファーカーがいるあんた達のチームは誰も負けるとは思っていなかった。つまり、本命だったって訳。だからアタシが交換条件を持ちかけて実力者3人を引き抜いたの。大穴を当てたあたしはずいぶん儲けさせてもらったわ。しかも3人も死者が出るなんて、見ていてとても楽しい『お芝居』だったわ。」
 シーレイシャは意地の悪い、捻り曲がった心そのものような笑みを浮かべた。
「真相がわかったからって何なのよ。少しは心が晴れた? あんたやグリスのおかげで今のあたし達が居るんだから、少しは感謝しているわよ。」
 口ではそう言っているものの、感謝の意などまったく表している様子もなく、ベリンダが言った。
「そうでやんすか。…判りました。これで心おきなく…」
 ロッツの言葉は、最後まで発せられることはなかった。
 突然ロッツの前、ファーカーとの間に6体の両手剣を持ったハイブが現れた。
 そのハイブ達は、ロッツを守るようにファーカー達の前に立ちはだかり、手に持った両手剣を構えた。
「ロッツ、てめえ、これはどういうことだ。まさか、ユートピア教徒に成り下がったか!」
 その時、背後の入り口に別の気配が現れた。
 身長2mを越す巨体に3mの大剣を構えたセリフィアだった。
 彼の登場に一番反応したのはジェイだった。
「女男! お前もユートピア教徒だったのか! 親父をあんな風にしたのがお前達だったとはな。ちょうど良い、親父の仇、ここで果たさせてもらうぞ。」
 セリフィアの登場に気をとられた一瞬で、ハイブの背後にいたロッツはどこかに姿を隠してしまった。
 どこともしれぬ場所で男の呪文詠唱の声がした。それが戦いの合図だった。
 戦いはあっという間に決着が付いた。
 盗賊のベリンダが、セリフィアの大剣の餌食になりかけていたジェイを庇い、彼は逃げ延びた。
 そして彼は、この戦いの唯一の生き証人となった。
 大剣の戦士セリフィアが、ユートピア教徒だったという証人に。

orangedice [shortland VIII-第24話] orangedice エピローグ orangedice

「ご苦労だったジャロス。して、結果の方は?」
グレコは玉座に着き開口一番こう尋ねてきた。
恵みの森の中央部に位置するスカルシ村の村長宅。
現村長になって地下に移設した謁見の間に、さきほど戻ってきたばかりの見目麗しき青年戦士ジャロスが片膝を付いていた。
玉座の主、村長であるヴァンパイア魔術師グレコ・ウォーネスキーは、大剣の騎士グッナード・ロジャスを隣に従えている。
ジャロスの帰還に、昼にも関わらず起きてきたのは、少しばかりは興味があったのだろうか。
「残念ながら、最期まで理解できなかったようです。」
村長の言葉にジャロスはいつになく、かしこまった口調でそう答えた。
「お互い、できの悪い子を持つと苦労する。」
グレコは笑いながら、グッナードに同意を求めた。
グレコの孫は、一度退位したグレコに代わり村長を務めていたが、無理な戦で村を危機に陥れたあげくに自らの命を失うという愚行を犯していた。
「…全く。あやつの弱さを指摘し、修行のチャンスをも与えてやったというのに、変な宗教にはまったあげくに野垂れ死にとは…恥さらしもいいところであるな。」
グッナードは、重厚な野太い声でそう吐き捨てた。
その言葉や表情からは、息子に対する情や哀れみは感じられない。

…バーナードの気持ちもわからないでもないよな。この人が親父さんじゃ、色々と大変だ。でも、逃げたら終わりだ、それ以上の進歩が無くなる。ブリジッタとの出会いは『変わる』チャンスだったのに。バーナードも頑固というか融通が利かないところがあったからな…そんなところも『弱さ』だったんだろうな。ホントに語ることは少ないけど、相手の本質をよく見てるよ、この親父さんは…
グレコとグッナードの会話が続く中、そんなことを心の中でジャロスは考えていた。
「ジャロスよ、主もそろそろ騎士になれるのではないか?」
ジャロスは、いきなり話を振られて驚きながらも、領主の言葉にそつなく反応を返した。
「はい、確かにもうそろそろですが。」
「我がスカルシ村のために、よりいっそう働いてくれるな。」
「はい、喜んで。」
会話の中心はいつの間にか、亡き者から生きている者へと移行していた。
戦い渦巻く戦国時代のフィルシムの中で弱小のスカルシ村は、常に先の先の手を打っていかなければならない。
死んだ者にかまっている暇はないのだった。

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「へ〜い、報告しますよ。アナスターシャお嬢さんとディートリッヒ君は、フィルシムに建設中のハイブコアとともに死亡したようでっせ。報告君と新米の大剣戦士は、やつらに奪い返されちまったようで。」
どこかにある質素な宿屋の2階の一室。
ベッドの上にはいつもの少女が、いつもと同じ白いワンピースを着て面倒くさそうな面もちでちょこんと座っている。
その前には、報告者となっている盗賊風の男が立っており、その後ろにはリーダー格の戦士の他、いつもの4人と物言わぬ影が一つ。それに新参者の戦士が一人加入していた。
「そう。」
少女は、盗賊風の男の報告に、いつもと同じようなやる気のない返事を返しただけだった。
「これで我々は、フィルシム国内での足がかりを全て失ってしまいましたよ〜、以上、報告終わり。」
盗賊風の男は、ひどく投げやりにそう言い終えて、壁際に下がった。
「アラファナ様、一つ質問してもよろしいですか。」
リーダー格の戦士…ファザードが、少女…アラファナの座るベッドに近づくように、一歩前に出て話しかけた。
アラファナから真っ当な返事が返ってこないことを事前に織り込み済みなのか、彼女の返答を待たずにそのまま言葉を続けた。
「アラファナ様が開発された、ハイブマインドの能力を持つディートリッヒは、非常に優秀な戦力…今後の我々の活動を大いに活性化させる可能性を秘めたモノでした。この前のジェラルディンにしてもそうです。それに今回の大剣の戦士、セリフィアにもまだまだ使い道はあったはずです。何故、優秀な手駒をまるで使い捨て…いや、まるで飽きたオモチャを捨てるかのように、手放していくのですか。明確な理由をお答え下さい。」
ファザードの口調はかなり強いものだった。
「…そっちの方がおもしろそうだから。ううん、もうおもしろくないから。」
アラファナは抑揚のない声で、返答とも言えない返答をした。
返答したことは驚きであったが、その答えはファザード達を怒らせるに充分だった。
戦士達は武器を抜き、呪文使いは、いつでも呪文を唱えられるように身構えた。
「つまり、我々は、貴女の遊びに良いように振り回されていた、だけ、だったという訳だ。」
ファザードは、一言一言を吐き捨てるようにそう言った。
「あれぇ、私、殺せませんよ?」
今まさに殺されんとしているこの場面で、アラファナの抑揚無く気の抜けた声は、そんな雰囲気をまるで感じさせないものだった。
しかし彼女の声は、最後まで発せられることはなかった。
ファザードをはじめとする戦士陣の武器が彼女の身体を深々と貫いたからである。
口内に溢れた血で言葉はかき消された。
魔術師である彼女に、戦士の全力を込めた剣戟をそうそう耐えられる筈もなく、わずか10秒足らずで、この戦闘の片はついた。
彼女は、悲鳴一つあげることなく、激しい感情を露わにすることなく…白いワンピースを真っ赤に染めて、ただベッドの上に倒れ込んだ。
完全に息絶えたことを確認するために、僧侶がアラファナの死体に近づき彼女の死を確認した。
死してなお美しい彼女の顔はだが生気を失っており、呼吸は完全に止まっていた。
僧侶が死亡を確認したとばかりに頷くと、ファザードはベッドの上に数枚の金貨を投げ、仲間と共に部屋を出た。

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…偽善ですね。
私を助けて、満足するのはあなただけ。
改心するとでも思ったのですか?それとも自己満足の為ですか?

あてなく恵みの森の中を彷徨っていたら、いつの間にか夜になっていた。
一日中歩き回った疲れからか、彼…スコルは糸が切れたようにその場に座り込んだ。その姿からは既に生きる気力とでもいうものが見うけられない。
「あなたの理想郷は何ですか?」
突然話しかけられ、スコルは吃驚して顔を上げた。
すぐ目の前にいつの間にか…物静かで落ち着いた雰囲気の男が一人立っていた。
スコルには相当の手練れであるという自負があったが、彼が現れた気配にはまったく気付かなかったのだ。
男はその眼鏡の掛かった白い顔がよく見えるようにか、直毛の長い黒髪を背中で一つに結っていた。ゆったりとした古式の青い神官衣に身を包んでいるところをみるとどうやら神官、らしい。
「私にそんなことを聞くとは、愚問ですね。ユートピアとは、偽善のない世界。皆が自分の欲望に忠実な世界。死の恐怖と隣り合わせになったときにこそ人間の本質が見えてくるものです。その時知るでしょう、いかに自分が偽善者だったかを。いかに人間が信じられない生き物かを。」
スコルは相手の実力に探りを入れながら、その美しい声で『彼ら』のお題目通りの答えを返した。
「それは『今の』ユートピア教の解釈の一つでしょう? 私は『あなたの』ユートピアについて聞いているのですよ。…あなたの理想郷は何ですか?」
慈愛に満ちた暖かい笑みを浮かべ、男は再度スコルに問うた。
「では言いましょう。そんなものはありません。あるのだとしたら、それはただのまやかしにすぎません。」
スコルは、強い口調で言い切った。
「そうですか、そんな風に思っているのですか…それは残念なことです。」
スコルの言葉に対して、男は哀しげにそう呟いた。
しかし、その眼鏡の向こうから真紅の瞳で真っ直ぐにスコルを見据え、こう続けた。
「誰にでもユートピアはあります。ただそれに気が付かないだけ…いえ、気付こうとしないだけなのです。でも、あなたは違います。あなたならきっと、あなたのユートピアを見付けることが出来ます…あなたのユートピアを探しに行きましょう。立ち止まってはいけません、ここでは何も見つかりませんから。…さぁ、立ち上がって。」
何気なく差し出された男の手を無意識に取って、スコルは立ち上がった。
冷たい手だった。
「……あなたは……」
「…ああ、今日は随分おしゃべりしてしまいましたねぇ。」
スコルの問いに答えずに、男は独り言のように楽しげに呟いただけだった。
立ち上がったままのスコルが呆然と言葉を失っていると…男は現れたときと同じように一人、音もなく森の奥へと消えていった…。

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「おかしい!! なんでユートピア教に荷担したヤツが無罪で、逆にこの俺が追われなきゃならなねぇんだ!ヤツら俺を…はめやがったな!!」
森の中を通じる、馬車一台が通れるかどうかの細い道を彼は、狂ったように走っていた。彼の夢は破れ、希望は潰えた。
新しい恋人は憎むべき『ヤツ』に殺された、その上あんなに嫌だったあの場所に帰ることになろうとは。
しかし、彼は知らない。
その場所にすら、もう彼の心の支えはないということを…。

orangedice [shortland VIII-第25話] orangedice プロローグ orangedice

「あ〜すっきりした。なあ、ファザード。次は誰を殺るんだ? 絶好調だからいつでも良いぜ。今までだってこんなまどろっこしいやり方じゃなくて、さっさと殺っちまえば良かったんだ。」
「そう言うな。あんな女でも、ラストン貴族の娘だったんだから、仕方ないだろう。しかし、あの女は、ユートピア教や新生ラストンの為に働いていた訳じゃないことはよくわかった。証拠は残っているよな、ベグレッド。」
「…え、え…それはもう。死ぬ前の言葉から、剣に突き刺され、血を吹き出して倒れ、痙攣しながら冷たくなっていく様から、ベッドに広がっていく真っ赤な鮮血の海の様子まで、この『エルの瞳』に克明に記録されていますよ。美しい顔が血の気を失って…」
「ああ、キモイからそれ以上しゃべるな。おめえは、言われたことだけ、はい、いいえで答えてりゃ良いんだよ!」
「ジャンルック。いい加減にしないか。」
「わかったよ、まったく…」
「ところでファザード。貴方は、これからどうされるんですか。私は、『表の顔』に働かせていれば、いくらでも情報は抜けるし、生活には困りませんが、フィルシムでの足がかりを失った貴方達は、困るでしょう。」
「新生ラストンに戻ろう。『エルの瞳』で証拠を持って帰れば、我々の行動に対して非は唱えられないであろう。それに復活したと言ってもあんな状態じゃ、あっちも人材難の筈だ。しかし、このまま向かうわけにはいかない。きっちり落とし前だけは付けていかないとな。」
「おっ!? ついに殺るのか? あいつらを。」
「ああ、そうだ。しかし、正面切ってはやらない。ヤツらも今ではネームレベルの実力者だ。狙うなら不意打ち、出来れば夜襲が一番だが…ローアン、その辺はどうなっている?」
「へ〜い。そうなると思ってちゃんと準備はしてありますよ。ヤツらは青竜亭を定宿としてまっせ。すでにちゃんと両脇の部屋は押さえてありまっせ。あと、カインってヤツとラクリマってヤツは、よく変人トーラファンのところに泊まることもあるようですがね、こっちは無視しましょうや。」
「OKだ。夜襲用に装備を整えよう。」
「ファザード。私も参加しますよ。」
「エリスト、一体どうした?」
「いや、フィルシムでの足がかりを失った今、私の役目も無くなったのではないかと思いますし、正直『表の顔』の好きにさせるのも嫌になりまして。あの善人面が耐えられなくて。それに大司祭代理と個人的な繋がりのあるヴァイオラという女にも少々『思うところ』がありますし。」
「そうか、それは有り難い。一緒に落とし前を付けたら、ラストンへ行こう。」

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