ラクリマ・マテリア:#01 <<Previous ■ Next>>
[shortland VIII-L01 half] ラクリマから院長へ第一の手紙 |
親愛なる院長様、 何からお話しすればよいでしょうか。 主エオリスのご加護を賜り、私たちは無事にセロ村に到着して、現在は村で過ごしています。 今日はもう大晦日ですね。実はさっきまで「強制労働」というものをやっていました。セロ村に来た直後、セリフィアさんが村の人と喧嘩して、その罰に「強制労働」を課されたのです。セリフィアさんというのは、先日パシエンスに泊まった、大きな刀を持った背の高い男の人です。「強制労働」は、一人でやると2週間かかるとのことなので、私たちみんなで手分けして済ませました。といっても、私が実際にやったのは洗濯と掃除でした。なんだかパシエンスにいたときとあまり変わりがなくて、懐かしい気もしました。今日はこれから神殿へ行って、ミサのときに歌を歌うお手伝いができないかと考えています。パシエンスの外で年越しの夜を過ごすなんて初めてで、ちょっとどきどきします。 それはともかく、いろいろあって、「ハイブのコアを退治する」という約束をしてしまい、年内はおろか暫くフィルシムには帰れそうにありません。 ああ、これではまた「慌てずにきちんと順序立てて話しなさい」とお叱りを受けてしまいますね。少し長くなるかもわかりませんが、順を追ってお話しすることにします。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ セロ村に着いた当夜、私たちはディライトと名乗る方々からカート探索を依頼されました。彼らと一緒にいた5人組の冒険者が、布教用品の積まれたカートを盗んだというのです。私たちは彼らの言を信じ、依頼を引き受けました。そしてヘルモークさんと一緒に森に探しに出かけました。 ヘルモークさんというのは、セロ村に住んでいらっしゃる獣人の方です。ウェアタイガーだという話でした。ドアにてぐすをつけて、部屋の中で座ったまま開けられるようにしたり、ちょっとものぐさな方かもしれません。 森の中で私たちはカートを発見しましたが‥‥中味はなんとハイブでした。実際に見たわけではありませんが、ハイブの一団だろうと、セリフィアさんやヴァイオラさんは話していましたし、そのすぐあとで「証拠」にも遭遇することになりました。あ、ヴァイオラさんというのは、やはり先日パシエンスに泊まった背の高いきれいな女の人で、クダヒの神官です。 神よ、憐れみたまえ。カートとともに行方不明だった5人の冒険者たちが、半ばハイブと化した姿で襲ってきたのです。あとで聞いてわかったのですが、ディライトという方々は、私たちをもハイブの餌にしようとしたのだそうです。ともあれ、私たちは彼らと戦いました。しかし、まだ未熟者ゆえ戦いは辛く、その最中、Gさんという仲間が死亡してしまいました。Gさんは、セロ村の少し手前で行き倒れていた女の人で、私と同い年の戦士です。 辛くも勝利したものの、彼女の亡骸を前に私たちは茫然とするばかりでした。そんなときに、ヘルモークさんが「生き返らせてやろうか」と申し出ていらしたのです。 そして私たちは、Gさんを復活させてもらうのと引き替えに、「この近辺にできただろうハイブのコアを始末する」と約束したのです。 妙な方へ話が行くとは思いましたが、他にどうしようがあったでしょうか。あのままGさんを死なせるなんて、私には耐えられませんでした。 結局、ヘルモークさんの口利きで私たちは村に雇われ、ハイブ退治の仕事をすることになりました。レスターさんも「ハイブを倒せ」という第二のご神託を受けたあとでしたし、これもきっと神の御心に沿うものと思い、私もそれに参加することになりました。レスターさんは、ご神託を受けたガラナークの神官です。パシエンスに泊まったとき、院長様にも挨拶されてましたよね? ですから、ハイブのコア退治が終わるまで、とても帰れそうにありません。 院長様、私は間違っていたでしょうか? これはいけないことでしたでしょうか? 「復活」は、私たちが尊しとなす「自然」を冒涜するものでしたでしょうか。私にはわかりません。ただ神のお慈悲におすがりするばかりです。 そう、ディライト兄弟という方々はユートピア教徒だったそうです。今はもうどこにもいません。私たちと戦い、殺されてしまったからです。兄のエイデン=ディライトが死んだとき、不思議と私は泣きませんでした。涙の一滴も出ませんでした。実はハイブになった(まだなりきってはいませんでしたが)冒険者と戦ったときもそうでした。よいことなのか、悪いことなのか、それはわかりません。 ユートピア教はハイブを広めようとしているようです。院長様もパシエンスの皆さまも、どうか外出の折は気をつけてください。 ハイブの普及が神の御心、神の理想であると、エイデン=ディライトは言っていました。彼は神官でした。本当にそれが神の理想なのでしょうか。それならなぜこんなに大気に強い哀しみが満ちているのでしょうか。それとも大気に満ちる哀しみはすべて人のもので、神の御心はハイブの上にあるのでしょうか。ハイブの上にないのなら、なぜこの歪んだ哀しい世界をそのままになさるのでしょうか‥‥。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ともあれ、こちらには長くとどまることになりそうです。なかなか帰らないからといって、どうかご心配なさらないでください。宿は、以前、サラに教えてもらった「森の女神」亭にいます。いろんな人がご飯を食べたりお酒を呑んだり、それから泊まったりしています。 この地にても涙を止めるのは容易ではなさそうです。ただ、仲間たちが、私が泣いてもあまり気にせずにいてくれるのが有難く感じられます。仲間はみないいひとたちのようです。 だんだんとりとめがなくなってきたので、このあたりで筆を置くことにします。 みそなわす神の愛と祝福とが皆さまの上に降り注ぎますように。 459年12月30日 セロ村にて ラクリマ |