1月23日、午後。河原にて。隣ではGが寝ている。俺は起こさないように素振りを止め、そばに腰を下ろした。ここにきてもう、ひと月になる。いろいろなことがありすぎたためか、正直、まだひと月か、という気持ちのほうが強い。
空を眺めた。風がかすかに吹き、雲がゆっくりと流れている。それはいつもと変わらない。そしてこの空は、ラストンまで続いている。ラストンでも雲が同じように流れているだろうか。
幼少時代、ラストン。
この町において魔法を使えるかどうか、それは大きな意味合いを持つ。かつてそれは人であるか否かと同義であった。その制度が廃止された現在においても、人々の意識下から一掃されたと言うにはあまりにも程遠い。今でもそういう眼で見られ、裏では何を言われているかわかったものではない。それに比べれば表で言われるいやみと、冷たい視線のほうがまだましだ…。そう思おうとした。しかし、不可能だった。
「へっ、女みたいな名前してるくせに。図体だけは一人前だな。」
嘲笑のまなざしと嘲りを俺に向けた奴は、その1秒後にはそこに立っていなかった。俺の拳がそいつの顔面に深く直撃していた。この感触。鼻の骨が砕けたに違いない。さらに踏み込み、もう一方の拳を腹に叩き込む。予想もしていなかったのだろう。相手は何の防御策もとることが出来ていなかった。俺は何かを叫んでいた。ひたすら拳を叩きつけた。
俺も、それ以上のことは覚えていない。俺が拳以外無傷で、相手には全身に殴られたあとが認められた。顔はかなり腫れ上がり、誰だかわからないほどである。もちろん、悪いと思ったことは一度としてない。ただ、ひたすら頭を下げる母の姿は、いつまでも瞼から消えなかった。
母さんは、俺に対して何も言わなかった。俺が何をしても激しく叱りつけることなどなかった。悲しげに微笑むだけだった。それが、どんな嘲笑よりもつらかった。
俺はその後、剣を振るうようになった。ないものを嘆き続けても仕方ない。あるものを生かせばいい。俺にあるものは、腕力だ。ただただ毎日、剣を振り続けた。ラストンにおいて、その光景はどれだけ異質なものだったろう。言外の悪意が体を貫刺したことは数え切れない。家族は、俺をどう思っていたのだろう。何かを言われたことはない。悪意のまなざしもうけたことはない。だからといって温かく見守っていてくれたのだろうか。俺には、わからない。
今は、ラストンという国は、崩壊の危機にある。父は生きていることがわかっただけで、どこにいるのかも知れない。母や兄弟は生死さえわからない。今、俺はセロ村の片隅にいる。父を、そして父を探しに家を発った兄を探してここにきた。しかし二人ともいなかった。でもまだここにいる。その意味は未だわからない。それは、これから見つければいい。
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