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yellowdice [shortland VIII-Seriphya's cell] yellowdice 01:「嫌な思い出」 yellowdice

 1月23日、午後。河原にて。隣ではGが寝ている。俺は起こさないように素振りを止め、そばに腰を下ろした。ここにきてもう、ひと月になる。いろいろなことがありすぎたためか、正直、まだひと月か、という気持ちのほうが強い。
 空を眺めた。風がかすかに吹き、雲がゆっくりと流れている。それはいつもと変わらない。そしてこの空は、ラストンまで続いている。ラストンでも雲が同じように流れているだろうか。

 幼少時代、ラストン。
 この町において魔法を使えるかどうか、それは大きな意味合いを持つ。かつてそれは人であるか否かと同義であった。その制度が廃止された現在においても、人々の意識下から一掃されたと言うにはあまりにも程遠い。今でもそういう眼で見られ、裏では何を言われているかわかったものではない。それに比べれば表で言われるいやみと、冷たい視線のほうがまだましだ…。そう思おうとした。しかし、不可能だった。

「へっ、女みたいな名前してるくせに。図体だけは一人前だな。」

 嘲笑のまなざしと嘲りを俺に向けた奴は、その1秒後にはそこに立っていなかった。俺の拳がそいつの顔面に深く直撃していた。この感触。鼻の骨が砕けたに違いない。さらに踏み込み、もう一方の拳を腹に叩き込む。予想もしていなかったのだろう。相手は何の防御策もとることが出来ていなかった。俺は何かを叫んでいた。ひたすら拳を叩きつけた。

 俺も、それ以上のことは覚えていない。俺が拳以外無傷で、相手には全身に殴られたあとが認められた。顔はかなり腫れ上がり、誰だかわからないほどである。もちろん、悪いと思ったことは一度としてない。ただ、ひたすら頭を下げる母の姿は、いつまでも瞼から消えなかった。
 母さんは、俺に対して何も言わなかった。俺が何をしても激しく叱りつけることなどなかった。悲しげに微笑むだけだった。それが、どんな嘲笑よりもつらかった。

 俺はその後、剣を振るうようになった。ないものを嘆き続けても仕方ない。あるものを生かせばいい。俺にあるものは、腕力だ。ただただ毎日、剣を振り続けた。ラストンにおいて、その光景はどれだけ異質なものだったろう。言外の悪意が体を貫刺したことは数え切れない。家族は、俺をどう思っていたのだろう。何かを言われたことはない。悪意のまなざしもうけたことはない。だからといって温かく見守っていてくれたのだろうか。俺には、わからない。

 今は、ラストンという国は、崩壊の危機にある。父は生きていることがわかっただけで、どこにいるのかも知れない。母や兄弟は生死さえわからない。今、俺はセロ村の片隅にいる。父を、そして父を探しに家を発った兄を探してここにきた。しかし二人ともいなかった。でもまだここにいる。その意味は未だわからない。それは、これから見つければいい。

(460年1月23日・午後)

yellowdice [shortland VIII-Seriphya's cell] yellowdice 02:「ラグナーとの再会」 yellowdice

「やあ、よく来てくれた。久しぶりだね。ラストンで会って以来だから…4年ぶりかな。」
 彼は俺を目にしたとき、驚きと喜びの入り混じったような表情をした。
 俺自身、いつもより落ち着かなかった。彼に会うのは久しぶりであり、俺のことを覚えているかどうかも正直自信がなかった。ラクリマから会いたがっていると聞いたときはうれしかった。彼は…俺が、最初に意識した剣士だから。
「さあ、立ち話もなんだ。座ってくれ。」
 促されて椅子に座った。この部屋は修道院全体とは雰囲気が異なっている。質素なことには変わりないが、力強さを感じるとでも言えば良いだろうか。

「君の事をラクリマやサラから聞いたときは驚いた。なんせ、死んだと聞かされていたからね。正直落胆したよ。ラストンで最初に君と会った時のことはよく覚えていたから。さすがルギアの息子、面白いのがいたもんだというのが正直な感想だったからね。
「で、だ。なぜ俺が君が死んだと思っていたかというと、ルギアからそう聞いたからだ。フィルシム近郊に出来たハイブコアの掃討をルギアといっしょにやってね。そのときに聞いた。半年ぐらい前の話だ。そのときのルギアの様子があまりにもおかしかったんで…
「そうだな、まるで別人かのごとく性格が変わっていた。ラストン出身であることは知っていたからあまり深くは聞けなかったけどね。彼は家族全員を失ったと思っていたようだ。…少なくとも当時はね。感情を無理矢理押し殺してハイブへの復讐に全霊を注ぐというか…
「見ていてこちらの胸が痛くなるようだった。以前のルギアを知っているだけにね。」

 親父の様子を語るラグナーさんの表情は先ほどまでの柔らかなものではなくなっていた。
 俺たちが死んだと親父は思っている。それを知ったとき、どんな気持ちだったのだろう。
「だが君は生きている。ということはすべてに悲観的に考えなくても良いということだ。あきらめるな、何に対しても。」
 何を言いたいのかよくわかった。彼なりに、必死で俺を慰めようとしている。
 親父を見ていた分、俺も同じ気持ちでいるだろうと。その気持ちはうれしかった。
 ゆっくりとその言葉に頷いた。

「よし。じゃあ本題に移ろうか。君に来てもらったのは実は渡したいものがあったからなんだ。これを使ってもらおうと思ってね。」
 そういって彼が差し出したのは一本の剣。
「君たちの状態はラクリマから聞いた。なんでも大変だったらしいね。何とか力になってやりたいが俺はここからしばらく離れるわけにはいかないんだ。サラのお腹に俺たちの子供がいるからね。
「その代わりといってはなんだがこれを持っていってほしい。ノーマルソードの+1だ。サーランド時代からハイブと縁のある剣でね。名をセフィロムバスターコンプリートという。ルギアや、サラと出会った冒険で手に入れたものだ。そのときの話はラストンでも話したかな。
「まあ、ハイブと戦うには少しでもいい武器があったほうが良いだろう。あげるといいたいところだが、修道院もなかなか厳しくてね。必要なくなったら持ってきてくれ。」

 驚きを隠せなかった。魔法の剣は非常に高価なものである。それを預けてくれるとは。
 俺がいつ倒れるかもしれないし、もしかしたら折れてしまうかもしれない。それなのに。
「こんな高価なものをお借りするわけにはいきません。それに…」
 俺は傍らに置いた剣に目をやった。そこには巨大な剣と長剣が2本並べておいてあった。
「そうだったな、君はグレートソードと…その巨大な剣が専門か。…まあ、でもパーティーに1人くらいノーマルソード使いがいるだろ? 君が信頼できる人物なら、俺は構わんよ。」
 Gの顔が浮かぶ。
「しかし、必ずお返しできるとも限りません。戦いの中で折ってしまう可能性もあります。」
「まあ、その時はその時。君は友人の息子だ。剣1本くらい惜しくはないさ。ラクリマも一緒だしね。最悪、君たちが金に困ったときは換金しても構わない。…大丈夫。そのときはルギアに払ってもらえばいいだろ? 君の力になれるなら、ルギアもその位なんとも思わないよ。」
 ラグナーさんは笑って見せる。俺に気を使わせないようにしたつもりだろう。
「…本当によろしいのでしょうか?」
「ああ、もちろんだ。ラクリマのこともよろしく頼む。生きて帰って来るんだぞ。ルギアに会って、小遣い目一杯ふんだくってやれ。」
「その時は一発殴ってやるつもりでいます。」
「ははは。ほどほどにしてやってくれよ。…フィルシムに戻ったらいつでも会いに来てくれ。」
「はい。ありがとうございます。必ず、お返しに戻ります。」

(460年2月5日・夕刻)

yellowdice [shortland VIII-Seriphya's cell] yellowdice 03:「いま暫しの別れに」 yellowdice

「明日フィルシムを発ちます。」
「そうか。気をつけてな。」
「はい、ありがとうございます。…剣は彼女に使ってもらうことにしました。紹介します。Gです。」
「うん、よろしく。その剣は縁起のいいものだ。君たちを守ってくれると思うよ。」
 ラグナーさんはGを見て、そして俺を見た。
「…君は彼女を信頼しているんだね。」
「…? はい。Gは信頼できる仲間です。」
 その答えに満足したのか、彼は笑顔で頷いた。
「そうか、そうか。よし。充分な答えはもらった。仲間を大事にするんだぞ? 知っていると思うが俺がサラと出会ったのもパーティーを組んだのが最初の…」
「あ、あの…?」
「うん? ああ。気にしないでくれ。君が何かを見つけてくることを願っているよ。」
「…はい、ありがとうございます。」
 よくわからないが、ラグナーさんは何かを望んでいるようだ。できれば、それに応えたいと思う。

(460年2月18日・夕刻)

yellowdice [shortland VIII-Seriphya's cell] yellowdice 04:「守りたいもの〜 Seriphya's side 〜」 yellowdice

 スルフト村でのコアの掃討を終え、俺たちは本来の目的である猟師をセロ村に送り届けるため再びフィルシムに戻ってきていた。戻ってきてから不快な気分にさせる出来事が続いたが、今朝の知らせは予想外だった。いや、予想外ではない。充分に考慮されるべきことではあった。それが実行されるとは思いたくなかっただけだ。…パシエンス修道院が焼き討ちにあった。何一つ残さない、完璧な仕事。誰一人怪我人が出なかったことのほうが不思議なくらいだった。
 ラグナーさんがいない時を狙っての行動。やったのはユートピア教で間違いないだろう。奴らの刃はすぐそこまで迫っている。エドウィナも修道院襲撃を計画していたようだし、これ以上俺たちが修道院に近づきすぎるのは危険が多すぎるかもしれない。考え直す必要がある。恩返しのつもりが却って災いを振り撒いていたのでは本末転倒どころではない。とにかく、今後どうするべきか考えなくては…。

 午前中は後片付けを手伝い、午後はカインと一緒に短期の仕事を探すことにした。一人ではいつユートピア教が攻撃してくるかわからない。かといって何もしないでいるほどゆとりがあるわけでもない。結局奴らの手の中で遊ばれているのかもしれない、そんなことを考えながら歩っていた時だった。カインが唐突に話しかけてきた。ブルードリングのことだ。

「最前から気になってはいたが…。助けられる術を持ちながら、被害者の家族の前でも尚、そう言いきり行動できるなら構わん。だが、仮にもハイブに家族を奪われた者に相応しい言葉とも思えないがな」

 予想外の言葉だった。助ける手段をもっている? 俺たちが? …そうか、カインはあの時いなかったから。単純に、助けられると思うのかもしれない。理屈で言えば、完全にハイブになる前に神の力を行使すればハイブと化すのは食い止めることが出来る。だがどうやってそれを行う? 戦いながら保護しようというのか。勝てるかどうかさえわからない激戦の最中で。

「助けられる可能性、か。俺はまだそこまで自分の腕を誇ることは出来ないな。できたてのコアでさえ、われわれの損害は予想以上だったんだ。助けることを最優先に考えれば必ず他にしわ寄せが来る。俺は救助よりも二次被害を出さないこと、いってしまえば敵を全滅させることを優先させる。その中で助けられたら、助けてもいいぐらいの気持ちでしかない。これは誰を目の前にしても変わらん。…あの姿を見ると、人に戻る可能性よりもハイブへの憎悪が先にたつというのが本音だがな。」

 抑えている何かが顔を出し始める。それは、良くも悪くも俺を饒舌にしてしまう。
「ついでに言ってしまえば、俺は仮に戻ったとして普通に暮らしていけるかという点にも疑問をもっている。その傷跡は神の力をもってしても完全に消し去ることは出来ないのだ。周りは勿論、本人の正気がいつまで維持できるか…という点でな。それだったら、いっそのこと人としての姿の記憶の中で死を迎えさせるというのも悪くないと思っている。これは俺個人の考え方なので誰かに強いるつもりはないが。」

 もし自分がそうなったとしたらどうする? 俺はそんな姿で生きていたくない。他の者もそう思わないとは限らない。生きているほうが苦しむ、という可能性がないとどうしていえるのか。もし当人が望むのであれば、俺はその願いをかなえる。それが自分の家族であったとしても。家族だったらなおさら。

「…酔狂だな。見ず知らずの他人の命にまで責任を持つつもりか? 心がくじけたならそこでそいつは終わりだ。放っておけばいずれ死ぬ。それをアンタが殺してやるのはアンタなりの優しさなりかもしれないけどな、そいつの家族もそう思ってくれるのか? …恨まれ、罵られるのがせいぜいだろうよ」

 責任? ブルードリングになった者を必死で助け出そうという行為と何が違うのだろう。それに、その家族がどう思うかなど俺には関係ない。

「セリフィア。アンタは自分が持っている力の強さを自覚すべきだ。アンタの剣が並外れた凶器だってことを、今のアンタの立場ってものを自覚すべきなんだ」

 剣? 人を殺すのに剣の大小などそれほど問題ではない。充分な殺意さえあれば、ナイフ一本で事足りる。

「アンタは紛れもなくこのパーティーのメインファイターで、決定力だ。戦術の基本がアンタとその剣にあることは判るよな? そのアンタが、だ。子供じみた言動でパ−ティーの立場や心証を悪くしてどうする? パーティー内ならどんなことを言っても別に構わない。でもな、周囲の耳目があるところであんなことを言ってみろ、それを聞いた連中はどう思う? ヴァイオラみたいに懐の広い奴は稀有なんだぜ? 本当に守りたいものがあるなら、本当に守る気があるなら、不必要なトラブルは起こすな。つまらん恨みは買うな。どこの誰が敵で味方かわからないこの時に、無意味に敵を増やすんじゃない」

 マモリタイモノ? カゾクハスデニウシナワレタ。

「いいか、セリフィア。アンタがその気になりさえすれば、そしてやり方さえ間違わなければ殆どの奴は殺せるんだよ。それだけの力がアンタにはある。だから自覚しろ! その剣の存在が、それを振るアンタがどれほど恐ろしいものか。他人にどう見られているのか。」

 たニんの眼なド気にしテイたら俺はトうにコワれてイる。

「いまさら誰に何を思われようと構うものか。俺はラストンに住んでいたんだぞ。」
 意識から遠く離れた誰かが答えている。

−そウダ、オ前ハ恐ろシい魔物ダ。−

 これは何だ? もう一人の自分? 隠れていた本性? 残り半分の、人間以外の血?
 対立する二つがそこに存在していた。

「そして決して忘れるな! 俺たちは壊せても、治せやしない。…アンタだけでも守ってやれよ。大切なものを…」

−そウダ。壊シてしマえ。すべてナカったコとにすレバいイ。−

 黒い、醜い何かが俺を支配しようとしている。
−何で戦っているの?− …ハイブを殺すために。
−それで何をしたいの?− …ハイブを駆逐したい。
−何故そうしたいの?− …家族を奪われたから。
−本当にそれだけ? ただ、殺したいだけじゃないの? 怒りをぶつけたいだけじゃない
の?− …違う。
−自分をあざ笑った連中に鉄塊をねじ込みたいんじゃないの?− …違う。
−血を見たいだけじゃないの? 紅く染まったきれいな鎧がほしいんだろ?− …違う!

 俺はあの日、いなかった。
 だから今ここにいる。
 何故生きてるの? どうしてここに立っているの?

 本当は、誰かにここにいてもいいよって言ってほしいだけ。
 あなたは他の誰とも交換することが出来ないんだよって言ってほしいだけ。
 たった一人でいい。そう言ってほしいだけ。

「守るものなんか…」


 その日は前日までの陰鬱さを掃うかのような暖かさだった。陽の光が背中を押した。とにかく、立ち止まることは許されない。前に進まなきゃ。強くならなきゃ。その思いだけが一心不乱に剣を振るわせた。誰に邪魔される事なく、ただ剣を振る。聞こえてくるのは鉄塊が空を切る音だけ。
 …歌声が聞こえてきていた。穏やかな歌声。いつしか俺はその歌声に耳を傾けていた。圧迫していた何かを取り除いてくれたような気がした。剣を振ることを楽しめるだけの余裕が出てきた。
 …気がつくと歌声は聞こえなくなっていた。眠っていた。歌い疲れたのだろう。起こしたくなかった。剣を止めて傍に座った。かすかに吹く風が、目の前を覆う暗い霧を運び去っていた。

 半分人間ではない。そう言われた。出生に秘密があるという。特別驚きもしなかった。ああ、そうなんだとしか思わなかった。それは「人間」であることに特別の価値を覚えなくなったからだろう。1年前だったら違った反応をしたんだろうな、と思いながら聞いていた。とりあえず、このことを伝えなきゃ。そう思った。その事を告げると喜んでくれた。半分おそろいだといって。
 自分と同じ事をこんなに喜んでくれた人は今までいなかった。そのことが、何よりも嬉しかった。


「…そうだな。守りたいものを守れなくなるのは困る。これからは気をつけよう。」

 誰かに言ってもらえるのをただ待っていたって仕方ない。そう言ってもらえるような自分になろう。その人にいつか、言ってもらいたいから。