yellowtriangleカインのねぐら:Texts #0102/03/04/05:Pages <<Previous  Next>>

yellowdice [shortland VIII-Cain's nest] yellowdice 01:「知られざる過去」 yellowdice

……山賊にさらわれた《あなた》は、裏町に売られる予定であったが、ガラナークで山賊討伐隊に助けられた。
 が、何処の子だか判らず、孤児院に引き取られるところを、貴族の老婆のたっての願いで---おそらく直感的に高貴な生まれだと理解したのだろう---子供も居ないその老貴族に引き取られた。
 老貴族には愛情を持って育てられ、やがて《あなた》が一歳のころ、子供の環境に良いサーランドに移り住もうと言うことになった。
 老貴族と共にサーランドに移動途中に、今度は、フィルシムの海賊に出会い老貴族と護衛は斬殺。
 《あなた》は怪物の餌としてフィルシムに連れてこられた。フィルシムでは、ヘルハウンドマスターの女盗賊に買われたが、《あなた》が餌として出される直前、女盗賊とヘルハウンドがケンカし、女盗賊は喰い殺され、お腹一杯になったヘルハウンドは《あなた》に見向きもせずに立ち去った。
 そこを火事場泥棒に入ったストリートキッズに拾われ現在に至ることは、だれも知らない。

yellowdice [shortland VIII-Cain's nest] yellowdice 02:「守りたいもの〜 Cain's side 〜」 yellowdice

 俺は連れと二人、フィルシムの大通りを歩いていた。
 往時の勢いを失ったとはいえ、かつてはフィルシム王国の首都であったこの街は、昼間であっても喧騒と人の流れが絶えることは無い。煩く感じるほどの、少し前なら何の感慨も抱かなかったであろうこのざわめきが、今の俺には懐かしく、快く感じられていた。
 それは俺の傍らにいるのが親友であったリューヴィルではなく、無愛想な大男----セリフィアに変わっていることも、少なからず影響していただろう。
 そう。
 いつものようにフィルシムを発った「あの日」、俺は「今まで」の自分を失った。
 そして、あれからまだ二月程度しか経っていないというのに、俺の手からは多くのものが零れ落ちてしまっている。
 俺はただ、翻弄されるだけだった。
 何も出来やしなかった。
 俺はただ、泣き喚き、憤り、殺した。
 そして、何も取り戻せなかった。
 残ったのはただ、深い悔恨と、憤怒と、
 そして新しい仲間。
 癖のある奴しかいない彼らから、俺はあまり好意的に思われていないようだが----俺そっくりのレスタトとかいう奴が余程の奴だったらしい----それでも構わなかった。受け入れてもらったのは俺で、彼らのその度量には感謝しなければならないのだから。
 ただ、看過できないことはある。
 だからセリフィアと二人、短期の仕事を紹介してもらうべく冒険者ギルドに向かっているこの道中は……正直、いい機会だった。
 スルフト村でのあの一件について、
 俺が決して見過ごすことの出来なかった、身動きの取れないブルードリングに殺意を向けたその真意を聞き出すには、ちょうどいい機会だったのだ。


「最前から気になってはいたが……。助けられる術を持ちながら、被害者の家族の前でも尚、ああいう行動をとれるのなら構わん。だが、それは仮にもハイブに家族を奪われた者に相応しい態度とは到底思えないが」

 俺の切り口上を聞いて、セリフィアは少々面食らったようだった。まあ道端でこんな事を言われて戸惑うのも無理はないだろう。だが、俺が外野の邪魔が入らずにセリフィアという人物を知ることが出来るのは、今このときをおいて他はないと判断していた。
----かつての仲間ガサラックの目の前で、何故この男はブルードリングに殺意を向けたのか。
----出来るなら救えと言われてきた相手だった。
----救う為の術も用意してもらっていた。
----それなのに何故、縛られて抵抗できないブルードリングを殺そうとしたのか。
 それがどうしても知りたかった。
 少し考えこんでいたセリフィアも、考えがまとまったのかこう返してきた。

「助けられる可能性、か。俺はまだそこまで自分の腕を誇ることは出来ないな。できたてのコアでさえ、われわれの損害は予想以上だったんだ。助けることを最優先に考えれば必ず他にしわ寄せが来る。俺は救助よりも二次被害を出さないこと、いってしまえば敵を全滅させることを優先させる。その中で助けられたら、助けてもいいぐらいの気持ちでしかない」

 唖然とした。
 他に表現の仕様がなかった。
 セリフィアの言っていることは間違っていない、理性的な判断だとは俺も思う。
 だが、単に憎しみに目がくらんでいると、見境がつかなくなってしまっていた、と言われた方が余程よかった。
 けれども、決着のついたあの状況下にあって尚、ブルードリングに殺意を向けた男。
 それは他の誰でもない。
 お前じゃないか、セリフィア。

「これは誰を目の前にしても変わらん。……あの姿を見ると、人に戻る可能性よりもハイブへの憎悪が先にたつというのが本音だがな」

 何故、こうまでこいつは言い切れるのだろう。
 この男は本当にそれを実行するのだと、出来るのだとしたら……。
 背筋に寒気がした。

「ついでに言ってしまえば、俺は仮に戻ったとして普通に暮らしていけるかという点にも疑問をもっている。その傷跡は神の力をもってしても完全に消し去ることは出来ないのだ。周りは勿論、本人の正気がいつまで維持できるか...という点でな。それだったら、いっそのこと人としての姿の記憶の中で死を迎えさせるというのも悪くないと思っている。これは俺個人の考え方なので誰かに強いるつもりはないが」

 ご立派だよ、セリフィア。……反吐が出そうなほどに。
 誰かに強いることがなかろうと、お前が自分の行動を改めるわけじゃないだろう?
 お前は自分の考えに頑として則り、そして殺すわけだ。決してそいつの為なんかじゃなくて、自分の為に。
 周囲の者の想いを省みることなく。
----見苦しい様を見たくないから。
----ハイブを生かしておきたくないから。
 ただ自分の為に。
 それにお前は勘違いをしているよ。
 殺すことほど簡単なことは無い。
 本当に辛いのは、生きていたいのに、生きねばならないのに死んでいくことだ。

「……酔狂だな。見ず知らずの他人の命にまで責任を持つつもりか? 心がくじけたならそこでそいつは終わりだ。放っておけばいずれ死ぬ。それをアンタが殺してやるのはアンタなりの優しさなりかもしれないけどな、そいつの家族もそう思ってくれるのか?
 ……恨まれ、罵られるのがせいぜいだろうよ」

 死は全ての終わり。全てを無に帰す絶対。
 それは可能性の根絶。起こり得た一切の否定。
 ……なぁ、セリフィア。お前の価値観は、お前だけのものだ。全員が全員死を望むわけじゃない。たとえ、どのような姿になったとしても、生きていたいと思うのは生物としては当たり前なんだと俺は思う。そして、そうまでしてでも生きていてほしいと思うのが、人の情なんだとも。
 それを殺すと言い切るのは、恐ろしく尊大で傲慢じゃないのか?

「セリフィア。アンタは自分が持っている力の強さを自覚すべきだ。アンタの剣が並外れた凶器だってことを、今のアンタの立場ってものを自覚すべきなんだ」

 人は、いや、生き物なんて簡単に死ぬ。
 そしてお前のその剣と、お前が容易く抱く殺意は、本当にあっさりと生命を奪える。
 それを自覚して、お前は相手に殺意を抱いているのか?

「アンタは紛れもなくこのパーティーのメインファイターで、決定力だ。戦術の基本がアンタとその剣にあることは判るよな? そのアンタが、だ。子供じみた言動でパ−ティーの立場や心証を悪くしてどうする? パーティー内ならどんなことを言っても別に構わない。でもな、周囲の耳目があるところであんなことを言ってみろ、それを聞いた連中はどう思う? ヴァイオラみたいに懐の広い奴は稀有なんだぜ? 本当に守りたいものがあるなら、本当に守る気があるなら、不必要なトラブルは起こすな。つまらん恨みは買うな。どこの誰が敵で味方かわからないこの時に、無意味に敵を増やすんじゃない」

 よく聞くんだ、気に入らないことを腕ずくで解決しようとする坊や。エリオットの件にしてもそう。口より先に手が出るにも程度があるだろう? 剣を抜けば相手も抜くし、そうすれば流血沙汰だ。自己満足しか残らないその結果に何の意味がある? ……ましてやユートピア教に狙われているこの状況下で、自ら敵を増やして一体何の真似だ? 守るという事は、ただ単に目前の危険から身を守るという事だけじゃあない。「危険な状況」に陥らないようにするのもまた、「守る」ということ。
 そんな簡単な事が何故分からない!

「いいか、セリフィア。アンタがその気になりさえすれば、そしてやり方さえ間違わなければ殆どの奴は殺せるんだよ。それだけの力がアンタにはある。だから自覚しろ! その剣の存在が、それを振るアンタがどれほど恐ろしいものか。他人にどう見られているのか」

 ……あの時、セリフィアが殺意を向けた時、俺にはブルードリングがトーマスに思えた。俺とジェラを救う為に、自ら盾となったトーマス。そして痛ましそうに仲間を見るガサラックの目の前で、セリフィアは殺意を向ける。「俺」の目の前で仲間を殺そうとしている。
 ……だから俺は許せなかった。見過ごせなかった。
 「オレ」ノ目ノ前デ、「仲間」ヲ殺ソウトシタコイツヲ。

「そして決して忘れるな! 俺たちは壊せても、治せやしない」

 壊すのは、壊れるのは本当に一瞬。
 弾け、咲き乱れる深紅。
 死のイメージはただ、紅。

「……アンタだけでも守ってやれよ。大切なものを...」

 俺はもう喪ってしまった。
 文字通り家族同然の連中。
 幼馴染の好敵手。
 居心地の良い仲間。
 抱いていた夢。
 大切な、愛する者。
 取り戻せやしない、もう喪われてしまったもの。
 だが、お前にはまだ、あるだろう?
 俺は今度こそ仲間を守りたいんだ……。

「いまさら誰に何を思われようと構うものか。俺はラストンに住んでいたんだぞ? 守るものなんか……」

 そこで一旦口篭もり、だがしっかりとセリフィアは言った。

「……そうだな。守りたいものを守れなくなるのは困る。これからは気をつけよう」

 剣の柄に触れれば、揺れる髪二房。
 お前達に誓うよ。
 今度こそ俺は守る。
 喪われてしまったものと、今、側に在るものの為に。


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