《あなた》は、奇妙な夢を見る
…いやこれは夢ではないのかも知れない
夢と現の狭間で、《あなた》は多くのものを見る
それは他人に見られたくないもの、他人には見られてはならないもの
多くの、本当に多くのものが《あなた》には見えた
そのあまりにも多くの情報量に
《あなた》は気を失った
薄暗い部屋…そこはなにかの実験室のようだった。幾つものガラス状の筒…巨大な試験管が立ち並ぶ。その間をローブ姿の魔術師達が忙しそうに歩き回る。試験管の中には赤子が入っている。その赤子が瞳を開く。《あなた》は一瞬、眼があった。
「お前にこの剣を継がせる気はない。」
森の中の村。中年の騎士とその息子は相対していた。
「ならば、その剣にふさわしい男になって帰ってくるまでだ。」
そう捨て台詞を残して、まだあどけなさの残る青年は旅立った。その後ろ姿を見送る父親の姿はどこか寂しそうだった。
「…まったく、あれほどお裁縫をさぼってはいけないと、きつく言っておいたはずだけれど。まったくこの子は…」 この子と呼ばれた10歳ぐらいの少女は、母親らしい女性に抱えられ物置小屋に閉じこめられた。
「お裁縫の先生は、あきれて帰ってしまわれました。まったく変な噂が流れたらどうしてくれるのかしら。そこでしばらく反省して、明日の舞踏のお稽古はちゃんとしていただきますからね。」
…何より大切なのは体裁か…そう感じる10歳の少女であった。
「そろそろ、女遊びにもあきたなぁ。何か楽しいことねぇかなぁ。」
宿屋のベットの上で美形の戦士はそう呟いた。見事に鍛え抜かれた裸の上半身は、汗が浮かんでいる。その隣には、毛布以外何も身につけていない女が微かな疲労感の中幸せそうに、すやすやと寝息を立てていた。
「ハイブは敵、ハイブは殺す。」
目の前のハイブ、今度は完全体なハイブブルードに向かっていく彼。その心の中は憎しみでいっぱいだった。憎しみが情動となって彼を突き動かす。
「おまえ、むかつくんだよ!」
そんな単純な理由で彼はいじめられていた。年端もいかない少年達にとって、他人と違うことが有れば、それだけでイジメの対象になる。なのに彼には、母親がいない、父親が定職者じゃない、整った女顔など、イジメの対象になる理由をいくつも持っていた。
「…君ですね。残念ながらお父様がお亡くなりになりました。でも心配することはありません。今から私達が貴方の親であり兄弟になるのですから。」
自宅であるぼろアパートに、いつものように傷を付けて帰ってきた彼を待ち受けていたのは、見たことのない若い女性だった。彼女に訳も分からずに修道院に連れられてこられ、彼はそう説明を受けた。優しく、慈愛に満ちた表情で彼にそう説明する女性のことを何故か彼は『偽善者』だなと強く思った。
「見ての通り、そなたに下された御神託は、エオリス正教の名の下に『正当なるもの』と認められた。よってそなたは、その御神託の真意を確かめなければならぬ。同様の親書をフィルシム神殿とクダヒ神殿には送ってある。支度金を持って早速旅立つが良い。」
希望に満ちた青年は、住み慣れた山奥の地を旅立った。
シュッ。
あり得ない方向からの弓の攻撃にたじろぐ冒険者風の男達。矢の飛んできた方向…何もないはずの上空を見上げると…そこには弓を構えた革鎧の男が、空中に浮かんでいた。
「逃げ道はないぜ。上からは何でもお見通しだ。」
たじろいだ一瞬が彼らの命取りになった。後方からやって来た戦士に追いつかれなぎ倒されていく男達。いち早く逃げようとした魔術師は上空背後から矢の掃射を受けて倒された。
「だから、逃げ道はないって言ったのに。」
つまらなそうに、そして残念そうに彼は、物言わなくなった魔術師に言った。
「ぜってぇ許さねぇ…殺してやる!!」
怒りに満ちた青年は、目の前の男、完全武装の戦士に素手で殴りかかった。それがどんな無意味なことか、冷静な彼ならば判ることであったが、今はそんなことを考える余裕が彼にはなかった。
「やめて、そんなことをしたって…」
彼の背後から、恋人の女性が必死に彼を止めようとする。なおも殴りかかろうとする彼。彼の心は、憎しみと哀しみに支配されていた。
「お前のせいだー。お前のせいで…」
「お願い、私も連れていって。籠の中の小鳥として育てられて、親の決めた結婚相手と結婚するのなんて絶対、嫌。」
男の鍛えられた分厚い胸に飛び込む少女。
「判った。ついてこい。そのかわり泣き言は無しだ。」
「はい。」
この時から、少女は、本当の意味での女になった。
「ごめんな、父ちゃん、母ちゃん。せっかく命がけで俺を助けてくれたのに、俺父ちゃん達の敵討ちなんて、考えられないや。」
宿屋の二階から夜空を見上げ、彼はそう呟いた。
「あんな話を聞いたから思いだしちまったのかな。」
「愛しているわ。どうしようもない人だけれど、でも愛しているの。」
それが彼女の決断だった。彼が自分に求婚してくれば、自分は素直にそれを受け止めようと、そしてその時はそう遠くないことを、彼女は知っていた。
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