orangetriangle第00話〜第05話 プロローグ&エピローグ ■ Next>>

orangedice [shortland VIII-第00話] orangedice プロローグ orangedice

ラクリマ

 《あなた》は、パシエンス修道院の院長から直々に呼ばれた。
 かれは、大分困っている様子で《あなた》に話し始めた。

「実は、ガラナークの神殿よりこのような依頼が来たのだ。
 本来なら我々のところに来るような話ではないのだが、どこの神殿も人手不足で、この件に神官を出したがらないのだ。それで、私のところに回ってきたというわけじゃ。そなたを送り出すのは忍びないのじゃが、サラがあのような状態(妊娠中)だし、申し訳ないのじゃが、受けてくれぬか。
 依頼主が来る『青龍亭』に行って、彼の任務遂行の手助けをしてやってくれたまえ。
くれぐれも、身体に気を付けるのじゃぞ。」

 非常に申し訳なさそうに頼まれた《あなた》は、この依頼を受け ることにした。
 なにより、院長を困らせないためにも依頼を受けるしか道はなか った。
 《あなた》は、ガラナークから届いた親書となけなしの金貨袋(3d6×10gp入っていた)を受け取って『青龍亭』に向かったのである。

注:フィルシムには『青龍亭』と『赤龍亭』という2件の冒険者向けの宿屋が、通りを挟んで向かい合って並んでいる。『青龍亭』は他国の冒険者、『赤龍亭』はフィルシムの冒険者が 好んで使用する。

orangedice [shortland VIII-第00話] orangedice エピローグ orangedice

「のう、ダーガイムよ。なかなか面白い奴らがやって来たぞ。まだまだ見捨てたモンでは無いって、人間ってヤツは。
 確かに馬鹿みたいな事もいっぱいするけれども、それでも女神エオリスが選んだのは人間じゃて。
 まあ、お前さんの立場も判る。あの時もそうせざるを得なかったのも、そして今もそうせざるを得ないことも。
 今の状態では、確かにそれが一番じゃろう。無駄な争いをせずにすむしな。
 しかし、もしこの件が済めば、もしかして光明が見えてくるのではないかな。なにより、奴らの中には、あいつがいる。
 それが何よりの証拠じゃて。ソナタは気がすすまんじゃろうが、今のままで良いわけがあるまい。
 ちょっと考えてみておいてくれんかね。ソナタの力は必要じゃて。」

 狭い部屋の中、ランプが一つだけ点いていた。
 暖炉の火は既に消え、急激に冷え込んでいく部屋の中、男は一人で話していた。
 しかし、彼の声を聞く者の姿はどこにもなかった。外は、雪がしんしんと降り続けている…

orangedice [shortland VIII-第01話] orangedice プロローグ orangedice

「・・・・様、どうかさまよえる私を、御導き下さい。
私はどうしたらよいのでしょう。
貴方様の後を追うことも違わず、
自ら死を選ぶことも許されず、
私は一人でこの小さき世界を生きていかなければならないのですか。
今、貴方様の崇高なる御心を誤った理解をしている者が多すぎます。
それでも貴方様は、その者をお許しになるでしょう、
『それが、その者の求める道なのです。』と仰って。
しかし、私には耐えることが出来ません。
貴方様の御名を汚すような行為を。
私は一体どうしたらよいのでしょう…」

orangedice [shortland VIII-第01話] orangedice エピローグ orangedice

 真っ暗闇の中で二人の会話の声のみがこだまする。

「いや、すまなかった、迷惑かけたな。」
「別に、かまわないよ、だって…でしょ。」
「そうゆうのは、僕ぁ好きじゃないんだけどな。でも、どちらにしても助かった。ところで村の方は、どうなった?」
「うん、上手く話しておいたよ。今のところ混乱はないみたいだけど、犠牲者が出たら、その限りではないだろうね。」
「そうか…しかし、現状で犠牲者をゼロに押さえるのは、不可能かも知れないな。本当は、僕が行って皆に話が出来れば良いんだけどな。族長に逆らって村に残っちまったからなぁ。今更、顔だせねぇや。」
「そうだね(笑)。どちらにしても、最悪の事態だけは避けたいよね。」

orangedice [shortland VIII-第02話] orangedice プロローグ orangedice

 昼間だろうが、部屋の窓を閉め切った暗い部屋。
 どこかの宿屋の2階だろうか、簡素なベットが部屋の大部分を占めている。
 部屋の扉がノックされ、一人の男がやや沈んだ様子で入ってくる。
「報告します。布教活動中のディライト兄弟が、死亡しました。兄は斬殺、弟の方は、B死でした。布教道具は、配布後のようです。」
 部屋の中にいた人物は、取り立て感情の起伏もなく、
「そう。」
と、短く答えた。
 その返答を聞いているのか聞いていないのか判らずに、入ってきた男の方はなおも報告を続けた。
「早速、目標地点に偵察を入れます。フィルシム市内のコアが破壊された以上、あの地点のコアが順調に育ってもらわないと計画に支障をきたします。」
「まかせた。」
と、またもや短く答える。その言葉からは、全くやる気が感じられない。
「では失礼いたします。」
 報告者は、判っていたものの、気のない返事にややがっかりしながら部屋を出ていった。

…まったく、なんであんな人を担がなきゃならないんだ…

orangedice [shortland VIII-第02話] orangedice エピローグ orangedice

「あのヴァイオラという女性、本気で口説いていたようですが、もう女性で迷惑をかけないのではなかったのですか。」
「え…、ああ、迷惑をかけるつもりはないぜ、全くな。お前の方こそ、相手の人生狂わせるなよ。あっちのメンバー、世慣れてないのが多そうだぜ。」
「私は、いつでも冷静ですよ。向こうが勝手に熱くなるだけですから。」
「はぁ、つれねぇ態度だな。そのつれねぇ態度が、たまんないって言うヤツがいるんだからな。全く、俺にはそいつらの気が知れねぇぜ。」
「私は、全くそのつもりはないのですがね。」
「はぁ…。ま、俺もたまには燃えるような恋がしたくなる時がある、ってもんだ。それにああゆうガードが堅い女ほど、崩れると案外早いもんだしな。」
「それでいつも泥沼に填るのは、貴方の方じゃないですか。」
「俺はいつでも本気だぜ。じゃないと相手に失礼だろ。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 彼はバックパックから日記を取り出し、今日あったことを付け始めた。
 そう言えば、何時から日記を付けるようになったのだろう。…そうか、あの時か…あの時、街で見かけた、儚げな少女に心を奪われたときから、その切ない気持ちを取り留めるために、日記を付け始めたんだっけ…

 親愛なる ヴァイオラへ

 貴方がもしこの日記を見ることがあったのなら、おそらく既に私はエオリスの御許に旅立った後のことでしょう。
 クダヒの神学校ではほとんど話したことのない貴方でしたが、それでもこうして見知らぬ旅先で、偶然にも出会うことが出来たのは、神の御心のなせる技でしょう。たから今日は貴方に向けてこの日記を書きます。
 貴方の見立て通り、このパーティの仲間はあまりガラの良い仲間とは言えません。
 粗暴で思慮に欠けるサムスン。
 やきもち焼きで乱暴者のリャーシャ、仲間の懐からでさえも盗みを働くスリーウィル。
 それは、貧民街育ちという彼らの出自に起因するところが大きいのです。
 彼らの育ちは、女神エオリスに見放されているのでは、と思えるほどひどいものだったのですから。
 だから、どうか彼らのことを許してあげて下さい。
 もう一人、アーリーのことも話しておかなければなりません。
 彼女は、ラストンの比較的裕福な家庭に生まれ育ちました。本来相容れないほどかけ離れた生活を営んできた彼女がどうして仲間になったかというと、それは彼女がサムスンに恋をしているから他なりません。
 私の聞くと頃によるその出会いは、あまり良い出会いとは言えません。
 なぜならサムスンは彼女を無理矢理ものにしてしまったのですから。
 しかし、彼女は彼を恨むどころか、許してしまいました。
 そして、彼のどこに惹かれたのでしょうか、やがて彼に恋心を抱くようになったのです。
 しかしそれは、新たなる火種を抱えることになってしまいました。リャーシャもサムスンのことが好きなようです。
 それは、彼女のわかりやすい行動を見ていれば一目瞭然です。
 彼女は、アーリーに特に辛く当たります。そのためアーリーはサムスンに対する気持ちを隠してしまいました。
 それでもリャーシャは、アーリーに辛く当たります。
 きっとアーリーの気持ちが、無くなっていないことを女の勘で分かっているためだと思います。
 でも私は、出来ることなら彼女の気持ちを成就させてあげたいと願っています。それが私のささやかな望みなのです。
 女神エオリスよ、どうかアーリーとサムスン、リャーシャ、スリーウィル達に幸あらんことを。
 そしてヴァイオラ。貴方と貴方のお仲間にも神の後慈悲と幸があらんことを。

orangedice [shortland VIII-第03話] orangedice プロローグ orangedice

 夜になった。満月からほんの少し欠けたものの、まだほぼ真円に近い月が今日も夜空に浮かび上がっている。

 貴方は、いや貴方の頭の中には、たえず誰かの意味を成さない言葉が聞こえる。
貴方の身体は、まるで貴方のものではないような感覚が貴方を襲う。
自分をしっかり持っていないと自分の身体を誰か他人に乗っ取られそうな、そんな感覚である。
 疲労感で身体が押しつぶされそうなのに、どこか冴え渡り自分の限界点が無くなったかのような矛盾した感覚が精神と肉体を駆けめぐる。貴方は思わず気が触れそうになる。
しかし、ここで負けてはいけないと強く思い、諸々の感覚を押しとどめている。
長い夜になりそうだ…

 どこかで狼の遠吠えが聞こえた…

セリフィア、ラクリマ

 夜になった。満月からほんの少し欠けたものの、まだほぼ真円に近い月が今日も夜空に浮かび上がっている。

 昼間の疲労感も夜の訪れと共に見事に消え去った。肉体、精神共に冴え渡り爽快感さえ感じる。真冬だというのに夜風はどこか暖かく、まるで母のぬくもりに包み込まれているかのように、優しく見守られているかのように心地よい。いや、実際のところ風は暖かい訳ではなく、冬特有の冷たく澄んだ風が時より吹くだけである。しかし貴方にはそう感じるのだ。

 どこかで狼の遠吠えが聞こえた…

orangedice [shortland VIII-第03話] orangedice エピローグ orangedice

「ワレ、はいぶこあヲハッケンセリ。シキュウ、オウエンヲハケンサレタシ。」

「今回の件、由々しき事態だぞ。もう放ってはおけん。今後このようなことが続くので有れば、強硬手段に出なければならんことになる。」
「何を言っておる。何のために儂を残した。もう少し気長に構えてくれんかのぅ。」
「仲間に被害が出た。『どこまで我慢すればいい。』という意見も出ている。正直押さえるのも難しい。」
「だが、そうすれば、さらに被害が出るじゃろ。現状でそれは、我々の種としての存続に関わる問題じゃぞ。…それにお主…少し、個人的感情が、入ってはおらんか?」
「…まあ、よかろう。そっちの件は、薬草で抑えるとして、あっちの件は、どうするつもりだ。全くやっかいなものを持ち込みおって。」
「儂も色々と裏で動いておる。まぁ、儂以外のものも色々なところが動いているようじゃがの。どうにかなるじゃろ。」
「呑気なものだ。エオリスの言うがまま、人間に世界を任せていたら、近いうちに世界は滅ぶぞ。その巻き添えを食うのはごめんだ。」
「かといって、そそのかされ動けば、『四聖宝』の戦いや『タロットカード』の戦いの時のように痛い目を見るだけじゃ。それは判っておろう。」
「しかし、何時までも保つものでもあるまい、その件もあの件も、そしてこの件も。」
「まぁ、判っておる。今、『見る目』が、いる。驚きじゃろう、奴らが関わってきているのじゃよ。そやつが『審判』を下すじゃろ。その時まで待つがよい。そうすれば、我々と人間の問題だけでなくなる。待ってみても良いではないかな。」
「…そうか。『見る目』が、来ているのか…。判った。しばし待とう。」
「ところで、話は変わるが、最近『狼』達をよく見かけるのじゃが、好きにさせているのかのぅ。」
「そんなつもりはないが、奴らは『四聖宝』の戦いに首を突っ込んで勢力をだいぶ失ったのではなかったか?」
「南の方からここまで出張ってきているようなんじゃがのぅ。よう見かけるんじゃ。」
「見回りを強化せねばなるまい。奴らは集団でやって来て、すぐに我らの猟場を荒らすからな。注意しなければ。」
「その際には、あれに注意してな。」

orangedice [shortland VIII-第04話] orangedice プロローグ orangedice

その1

「よし、野郎共、凱旋だ!この村の危機を救って見せるぜ。ひ弱な弟なんかに任せてられるか。」

「そうそう、その意気ですよ。がんばりましょう。もしかしたら建村以来の一大危機かも知れませんし、こういうときこそ戦士としての修行を積んだ貴方の力が必要ですよ。」

「それより、神殿の件、お頼み申します。」

「おう! 任せておけ。今は昔からいるじじいが死んで、若いのが一人いるだけだ。なんとでもなるって。お前の方が、実力があるはずだからな。ちょちょいってなもんよ。」

「期待して、お待ちしております。」

「そうそう、お前にも仕事回してやるからな。」

「えー、いいよ別にぃ。流れの冒険者の方が気楽だしぃ。」

「何言ってんだ。俺ら仲間だろ。みんなで村を盛り立てて行かなきゃ。丁度良い役があるんだ。昔、俺に『実力もないのに大きな口を叩くな』ってほざいたやつがいてな。そいつを首にしてやるんだ。その後任がお前だ。自警団隊長はもてるぞ。」

「そーかぁ、もてるかぁ。いいなぁ。」

「待ってろ、お前ら。ギルドも塔も、なんだって作ってやるからな。」

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その2

「お願い、カイン。貴方だけでも逃げて…」

 それが《あなた》の聞いた最後の言葉だった。


 今回の仕事も、《あなた》達、リューヴィル一行には簡単な仕事だった。いや簡単な仕事なはずだった。《あなた》達は、冒険者として仲間を組み、成功の階段を駆け上がり始めていた。商人の息子であるリューヴィルを中心に若いながらもパーティの連携を強めていた。今回の依頼は、フィルシムの盗賊ギルド絡みの話だった。内容は「ある迷宮で行方不明となった駆け出し冒険者の遺品回収」というものだった。迷宮は、良く知られたもので、既に何もないといわれているが、よく駆け出しの冒険者の肝試し的な意味合いを込めて最初の冒険に利用するところであった。

 報酬もそこそこだったので、早速その迷宮に向かったのだが…まさかそこがハイブの巣になっているとは思いもしなかった。ハイブの作り出す匂いから発せられた魔法で、ファラとディードリッヒが眠らされ、同時にリューヴィルが麻痺毒に犯された。一気に劣勢に立たされた《あなた》達は、残りの仲間、アルトーマスとジェラルディンと共に逃げた。しかし、《あなた》達より足の速いハイブは、徐々にその距離を詰めていく。覚悟を決めたアルトーマスは、ハイブの前に立ちはだかり、

「カイン、妹を頼んだ。」

と、《あなた》に言って、その長剣でハイブをなぎはらい始めた。しかし、数の上での劣勢は跳ね返すことは出来ず、やがてハイブの波に飲み込まれていった。彼の姿を見たのはそれが最期であった。

 《あなた》は涙をのんで、ディードリッヒを護りながら、逃げた。必死に逃げた。しかし、その逃げ道ですらハイブの罠だった。《あなた》達は、崖の上に出た。遙か下は河。…もうダメか…そう思った瞬間、誰かが《あなた》の身体を押した。

 《あなた》は崖の下に落ちていった。そして気を失った…

orangedice [shortland VIII-第04話] orangedice エピローグ orangedice

 夜なのだろう。外の喧噪が全く聞こえない。
 そんなこととは全く関係ない、部屋の窓を閉め切った暗い部屋。
 どこかの宿屋の2階だろうか、簡素なベッドが部屋の大部分を占めている。
 その部屋に、幾人もの冒険者風の男女が立っている。
 その中で、一人だけその部屋の主だろうか、少女と呼んだ方が良いぐらいの年齢の美女が、ベッドにちょこんと座っている。
 彼女だけ仕立ての良い普通の服を着ているので、異様さを醸し出している。
 部屋の扉がノックされ、一人の男が入ってくる。
「報告します。新設したフィルシム近郊のハイブコアは、フィルシム騎士団によって先ほど殲滅させられました。」
 その報告に、部屋の中にいた冒険者風の一団の一番末席にいた者がハッと息をのんだ。
 その様子に入室してきた者は、一瞬言葉を止めたが、すぐさま報告を続けた。
「同時に『冒険者ハイブ化計画』の支部が潰されました。以後この作戦続行は困難を極めるかと思われます。なお今回の件に関して、激しく敵対行動をとっている冒険者の一行が確認されています。」
 部屋の主の少女は、取り立て感情の起伏もなく、
「そう。」
と、短く答えた。
 …まったく、いくら能力があるからって、なんであんな人を担がなきゃならないんだ…
 いつもと変わらぬ対応に感情を表に出さずに、入室してきた男の方はなおも報告を続けた。
「尚、S1地点に向かった冒険者一行は…」
と言いかけて、その報告が無駄であることをさとり、話を飛ばした。
「命令通り、トラップとして解放しておきました。S2地点のハイブコアは、不慮の事故に発見されたものの、ハイブの危険察知能力により、ハイブ達が自主的に移動した模様です。我々は、引き続きS1、S2地点のコアの監視を続けます。」
と報告を終わらせた。それに対する部屋の主の返答は、
「まかせた。」
と、またもや短いものだった。その言葉からは、全くやる気が感じられない。
「では失礼いたします。」
 報告者は、いつもと変わらぬ気のない返事に、もう慣れっこだとばかりに部屋を出ていった。
 報告者が出ていった後、中に残った冒険者のリーダー格の男は、
「『計画』の方は、これだけやれば充分だろう。後は噂が冒険者を呼んでくれる。あのギルドは、『切る』には丁度良い頃合いだ。かえって手間が省けたな。」
と、部屋の主の少女のかわりに話をまとめる。
「あとは、敵対勢力か…これ以上ほっておく訳にもいかんな。行けるか?」
「はい。」
と視線を向けられた盗賊は、短く返事をすると、暗闇に姿を隠して出ていった。
「あっちは今のままで大丈夫だろう。俺らはこっちに行くか。」
 残りの冒険者達も部屋を出ていった。
 部屋には少女だけが残された。
 彼女はゴロンとベッドに横になり、
「あぁあ、つまんないなぁ。」
と、指遊びをしながら呟き、やがて眠りに落ちた。

orangedice [shortland VIII-第05話] orangedice プロローグ orangedice

「どうでしょう、この混乱に乗じて村を乗っ取るというのは?」
 この人はいつも愚にも付かないゴマをするんだから。
「ふざけたことを言うでない。国に帰れば栄光の騎士団入りが約束されている私がなんでこんな片田舎の寂れた村を手に入れなければならないのだ。」
 あら、勘違いをして怒りだしたわ。
「へへっ、これは失礼しました。」
 全く。からかって楽しんでいるのかしら。
「しかし、この村程度手中に収められないと、この先栄光の騎士団を背負って立つのは難しいと思いますが?」
 珍しいところから、皮肉とも取れる発言が飛び出しわね。
「むむ。それは元領主の嫡子としての言葉か?」
 皮肉は通じなかったらしいわね。でも彼のツボにはまったみたいね。
「いいえ、心構えを問うてるだけです。何も本気で村を乗っ取れ、なんか思っていませんよ。」
 このまま話を続けると本気にしかねない、と思ってるのね。一歩引いて真意を伝えようとしているけど…
「…そうか。う〜む、お主はどう思う?」
 やはり真意は伝わらなかったみたいね。困ったときには、いつもこう聞くんだから。何か進言しても従わないくせに。
「私は、貴方の道に従うのみです。貴方が神の道に反せぬ限り、栄光を手に入れられるその時まで、ずっと付いてまいります。」
 判で押した様にいつも同じ返答ね。きっと心の中は後悔の念で一杯なんでしょうね。
「兄のようにはならぬ、というわけだな。ははは、面白いやって見ようではないか。だがその前に…」

 その場に終始無言の女性(ひと)が一人。



「困っちまったな。」
「・・・」
「こんなに早く亡くなられるとはな。」
「・・・」
「今後この村はどうなるのでしょう。外はハイブでこんな状態だし、中も村人が減って大変なときなのに…本当に村の方々が心配ですね。あっ、すいません。不用意な発言をして。貴女の方がもっと大変でしたね。」
「・・・」
「案外、計画通りかもしれません。」
「いや、時季尚早だろ。」
「!? 『計画』??? なんのことですか。私何にも知りませんよ。」
「そりゃそうだろ。話してないからな。」
「どんな計画なんですか。どういうことですか。」
「そりゃ、決まってるだろ。次期村長の…」
「おふざけは、やめたらどうですか。本気にしてるではありませんか。」
「貴方が先に話し始めたんじゃないですかぁ。」
「私が一人で夢想していただけです。」
「なんだぁ、そう言うことだったんですかぁ。」
「・・・」
「だが、やっぱちょっと早すぎたな。もう少し下準備の時間が欲しかった。」
「人の不幸で話をしないで下さいよぅ。彼女に失礼じゃありませんか。」
一同の視線がその女性に集まる。ずっと考え込んでいたその女性は、ゆっくりと選ぶようにして言葉を紡ぎだした。
「やっぱり、葬儀には出て下さい。お願いします。」
「うむ。」

 『計画』ねぇ。慌てて取り繕ったが、案外彼奴と彼奴は本気かもな。ん、もしかすると口にしたのもわざとか? 何考えてるんだか、わかんないヤツだな。

 その場に終始ニコニコことの成り行きを見ている男性(ひと)が一人。



「よっしゃ! やっとくたばったか。これからは、俺の時代だ。みんな付いてこい。」
「良い心意気ですね。その調子ですよ。」
「神殿の若造は勝手に自滅したし、うるせいやつは追い出せたし。弟は丸め込んだ。後はうるさいのは、あのババァ位か。」
「神殿は私めのものにして下さってよろしいのですよね。」
「おう、今日からでも使ってくれ。何ならじじいの葬式もお前がやるか?」
「大変恐縮なお心遣い痛み入ります。」
「おいお前、警備隊長やれ。村の女共好きにして良いぞ。俺は家にいたあの女が気に入った。従順な振りをしちゃいるが、あれはきっと気、強ええぞ。」
「無理矢理犯って、危険な目に遭わないで下さいよ。相当な手練れですよ、彼女は。それより、ギルドの方はどうだったんですか。この村を牛耳るのには、貴方の力が必要なんですから。」
「うん、巧く入り込んでいるっすよ。でも、なかなか隙は見せてくれないっす。この村にどんな旨味があって居るんすかね、そこが掴めないと攻めようがないっすよ。」

 いいんすか、そんなこと目の前で言っちゃって。いくらお馬鹿でも、気付かれるっすよ。ま、僕はどうでもいいんすけどね。

 その場に心の声を持つ者、一人。二つの心を持つ者、一人。

orangedice [shortland VIII-第05話] orangedice エピローグ orangedice

「俺は、何も知らない。こんなことをやっても無駄だ。知らなければしゃべりようがない。」
 フィルシムの警備小屋の地下奥深くある特別取調室、通称『拷問部屋』。ある一人のまだ少年のあどけなさを残した青年が一人、『特別な』取り調べを受けていた。
 辺りには、カビと埃、血と汗の香りの他に、この部屋自体が持つどうしても取れない匂い、死臭が漂っていた。
「お前が持ち寄った情報によって多くの冒険者がハイブの餌になった。それは紛れもない事実だ。その情報を何処で手に入れた、誰に教わった。」
 その青年の背に鞭が打ち付けられる。膝の上には何枚もの石版を抱えさせられている。手足の爪は既に全てはがされていた。
 そうまでしても青年は一切話さなかった。いや話せなかったのだ。実際その青年は、何も知らされていなかったのだから…
 こんなところでくたばってたまるか。俺は生きてやる。生きてシャロリナのところに戻るんだ。
 それから数日後、青年の元にアナシソス家がユートピア教に関わっていたことが伝わる。
「お前は、アナシソス家の娘シャロリナにたぶらかされて、シーフギルドに情報を流していたんだな。」
 ちがう、違うんだ…彼女はそんなことは一切知らない。俺がシーフだということも知らないのに…
「貴族の娘にたぶらかされていたお前も哀れだが、お前のやって来た罪は重い。厳罰が下ることを覚悟して置くんだな。大体、お前のような人間が、理由もなく貴族の娘に近づける訳が無かろう。だまされて捨てられたんだよ。」
 獄吏に鼻で笑われた。それに対して気丈に反論する力は既に青年には残っていなかった。
「シャロリナは、彼女はどうなった?」
 弱々しい声で青年は獄吏に尋ねた。
「ん〜、今のところ行方不明だが、どうせどっかでのたれ死んでるんだろ。」
 獄吏は、そう言って、今回の仕事を終わったとばかりに満足げに特別取調室を出ていった。後には、身も凍るような地下室に青年が一人置き去りになった。
 シャロリナが死んだ…シャロリナが…
 青年の心に今までの思い出が走馬燈のようによみがえる。
  そう言えば、出会いはエドウィナがセッティングしてくれたんだっけ…彼女との仲をやけに取り持つ割に一度も顔を合わせようとしなかったっけ…そう言えばあの時も…あの時も…
 この時青年の頭の中で全ての事柄がつながった。
 エドウィナ。俺の唯一の兄妹。俺よりも要領も機転も目端も利く、良くできた俺の妹。エドウィナ! お前は一体何者なんだ…

 翌日、特別取調室には冷たくなって動かなくなった青年が横たわっていた。


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