[shortland VIII-13] ■SL8・第13話「集いし四組〜後編〜」■ 〜目次〜 1■交際宣言 2■贈り物 3■休日の娯(たの)しみ 4■虫、蠢く 5■王宮からの招待 1■交際宣言  5月24日、夕刻。  道場からの帰り道で、カインはロッツに仕込み武器の仕入れを依頼した。小刀をベルトとブーツに仕込んでおいて、いざというときの備えにしたいと説明した。ロッツは快く引き受けてくれた。ちょうどいいからと、彼はそのまま盗賊ギルドへ行ってしまった。  Gとセリフィアは図書館へ行ってしまったので、この時間、宿に入ったのはヴァイオラとカイン、それにラクリマの3人だけだった。  と、宿の中でガタッとだれやら立ち上がる音がして、彼らの前に青年が一人立ちはだかった。エリオットだった。  エリオットは3人をじーっと見たあとで一言、 「どこに行った?」 と、言った。  不躾な物言いにうんざりしながら、ヴァイオラは一応言葉を返した。 「だれが?」 「Gに決まってるだろう」 「そんなの言わなきゃわかんないだろう」  エリオットはフンと軽く鼻を鳴らした。出し抜けに懐から白金貨を一枚取り出し、3人の前に放って寄越した。 「Gはどこへ行った? いや、戻ってくるのか?」  ヴァイオラもカインも(なんだこいつは)と怒りそうになった、そのとき、 「落ちましたよ?」  ラクリマが投げられた白金貨を拾ってエリオットに差し出した。  ヴァイオラは少し肩の力を抜くことができた。エリオットの後ろで、彼同様戦士であるアルバンが苦笑するのが見えた。それを見ながら、カインも笑いをかみ殺した。  エリオットはといえば、「はーっ………」と深いため息をついただけで、ラクリマの差し出す白金貨には見向きもせず、ギルティのほうを向いて言った。 「ギルティ、Gがどこにいるか探ってこい」 「へい、仰せの通りに」  盗賊のギルティはすぐさま返事をして、あっという間に宿から出ていった。 「……あの…?」  エリオットは、拾った貨幣を受け取ってもらえずに困っているラクリマを無視して座り込んだ。その彼に向かって、同じく彼らの一員であるダルヴァッシュが発言した。 「エリオット様、このような連中に正当な方法をもってしても無駄というものです」  後ろでアルバンがさらに苦笑した。カインはこれを聞いてムッとしたが、ヴァイオラはムッとするどころではなかった。以前、セロ村で会ったときのダルヴァッシュは、もっとまともに見えた。バカ殿(エリオット)のお目付として常識的に振る舞い、バカ殿(エリオット)を制御しようと苦労しているように見えたので、同じ神職として一目置いていたのだが、今の台詞を聞く限りただの阿呆だ。ヴァイオラの彼に対する評価は一気に下がった。  ヴァイオラは深い深いため息をついた。 「相変わらずガラナークの人間は礼儀を知らない」  彼女はそれだけ言って、さっさと二階の部屋へあがっていってしまった。ダルヴァッシュがムッとした表情をしようが、知ったことではなかった。 「なんで彼はGに執着してるんだ?」  カインはこの場で一番まともそうなアルバンにそっと尋ねた。 「本人に聞いたらどうだ?」 と、アルバンに返されたので、カインは今度はエリオット本人に尋ねた。 「お前、何でそんなにGに執着してるんだ?」  エリオットが口を開くより前に、彼の仲間でもう一人の僧侶であるアナスターシャが「私、神殿に行ってきます」と言うなり出ていった。カインはこの連中と接するのは今がほとんど初めてだった。だが、持ち前の勘と経験から、もしかすると出ていった女性はエリオットと関係があるのかもしれないと思った。実際、アナスターシャはエリオットの愛人で、彼女はわざと「席を外した」のだった。  エリオットはアナスターシャが出て行ってからカインに向き直り、「お前に関係ない」と傲岸に言い放った。  そこへ、扉が開いてGとセリフィアが二人並んで帰ってきた。エリオットはサッと立ち上がり、Gの前に美しい小箱を差し出したかと思うや、ふたを開けて中を見せた。指輪だった。 「G! 私と交際してくれ!」  出し抜けの交際宣言に驚いている一同の前で、エリオットは蕩々と述べ立てた。彼の長広舌を要約すると以下のような内容になる。 「ガラナークに帰って調査したところ、君はまさに貴族のヨメにふさわしい、素晴らしいひとだとわかった! ぜひ私と結婚を前提としてつきあってほしい!」  カインはセリフィアを気にしてちらりと盗み見たが、セリフィアの表情は特に変わりないようだった。だが、拳を握りしめているのを目にして、「堪えてるみたいだな」とわかった。 「G! 受け取ってくれ!」  エリオットは、婚約指輪として、その高価な指輪をずいとGの前に差し出した。 「でも」と、ラクリマが口を開いた。「Gさんはセリフィアさんとつきあってるんですよね?」 「そうなんだ」  セリフィアが答えた。彼はエリオットに向かって、 「いつ言おうかと思ってたんだが、Gは俺とつきあってるんだ」  エリオットは大声をあげた。 「貴族の私と、平民で大きな剣を振り回すしか能のない奴と、どっちがいいというんだ? 比べるまでもないだろう?」 「セリフィアさんはいいひとだぞ。強いし。私の恋人なんだ、いいだろう?」  Gは誇らしげにエリオットに答えた。エリオットは顔面蒼白になった。手からぽろりと指輪が落ちた。ラクリマはそれを丁寧に拾って、差し出した。 「落ちましたよ?」  カインもアルバンも吹き出すのを堪えるので大変だった。  エリオットは今回もラクリマを無視して、「そんな……いや、あり得ない……この私が平民に……」などとブツブツ呟いた。 「あ、そうだ、お土産があるんだ」  Gは無邪気に自分の荷物から押し花を取り出し、エリオットに差し出した。「これ、お土産だ」  途端にエリオットの瞳に輝きが戻った。 「ありがとう、G! やはり君は私のことが好きなんだな!」  Gはエリオットの耳に口を寄せて、ひそひそと言った。 「この間、エイトナイトカーニバルについて教えてくれてありがとう。そのお礼だ」  迷宮の情報を漏らしたなどと、他のメンバーに知れたらエリオットも困るだろうと配慮しての内緒話だった。 「やはり私の気持ちをわかってくれたのか!」  エリオットはGの手を握ろうとしたが、やんわりかわされた。 「あのな、エリオット、知ってるかどうか知らないが、私は獣人なんだ。貴族の嫁にはふさわしくないと思うぞ」  Gは少し心配げにエリオットに告げた。だがエリオットは怯まなかった。 「大丈夫だ! そんなことは私の力で何とでもしてみせる! 安心してくれ、G!」 「エリオットのことは好きだけど、友だちじゃだめか?」  さすがにこの台詞には凹むんじゃないかという周囲の思惑にもかかわらず、どっこいエリオットは凹まなかった。 「わかった! 友だちになろう! なに、私だったら友だちから始めて、すぐに恋人になれるさ! Gもすぐに私の魅力に気づくだろうからな! ハッハッハ!」  エリオットと一緒にGも笑った。セリフィアも「ははは…」と、ややうつろな笑いを一緒にこぼした。その手前では、白金貨も指輪も拾ったまま受け取ってもらえないラクリマが困り果てていた。 「あの、どうしましょう、これ……」  カインはラクリマの手から指輪だけ取り上げて、エリオットが座っていた前の机に置いてやった。白金貨については、「それくらい、寄付にもらっておけ」と言った。カインに呼応してアルバンも、「ああ、そのくらい大丈夫だ。あとで『返せ』なんて言わせないから安心しろ」  ラクリマは少し躊躇ったが、白金貨一枚は修道院への寄付としてありがたく頂戴することにした。  エリオットがGに「一緒に食事を」と言うので、ともかくもまずは鎧を脱いで平服に着替えてくることを断り、4人で階上の部屋へあがった。  平服に着替えたあとで階段を下りながら、Gはヴァイオラに話しかけた。 「そういえばエリオットと友だちになったんだー。あいつ、いい奴だな」  ヴァイオラは微笑んだ。Gがいろいろと、そして少しずつ、自分自身を広げようと努力しているのがとてもよく感じられたので、 「ジーさんは一所懸命頑張ってるね」  言いながら彼女の頭をなでてやった。Gはさらに嬉しそうな顔つきになった。その隣ではセリフィアが、平気そうに装いながらもやや引きつった顔をしていた。  階下では、エリオットがさっきと同じ場所で立って待っていた。 「ごはん、おごってくれんの、エリオット?」  Gの問いに、エリオットは「もちろんだ」と頷いた。「食事代は前払いしてあるじゃない」とのヴァイオラの疑問に答えて彼は、「通常の食事にコースを追加しておいた」と言った。  合図とともにわらわらとケータリング業者が現れ、宿のテーブルを勝手に整え、料理を運び出した。この一画だけが、同じ宿屋内とは思えない豪勢な食卓となっていた。Gは「私は自分の食器を使わせてもらう」と断り、専用のプラチナの食器セットを使った。獣人は銀に触れられないため、Gのために彼女の「母さん」が持たせてくれた一式だった。  エリオットの最初の非礼はともかく、これらの食事に罪はないので、ヴァイオラやカインもありがたく頂戴し堪能した。さすがに料理は上等で、味がよかった。もっとも、テーブルマナーがわからないラクリマは、気疲れで半分食べた気がしなかった。  エリオットは何やら考えるようにしていたが、やおらGを向いて宣言した。 「今度は友だちとして贈り物させてもらうよ。さっきの指輪は先走りすぎた」  こいつ、いい奴だな、と、Gは再び思った。それでずっとにこにこしながら、エリオットとの会話と食事を楽しんだ。  コースも終了したところで、エリオットはナプキンを使うと立ち上がった。 「楽しいひとときを過ごすことができた。では私はこれで失礼させてもらうよ」 「エリオット」  Gの声に、エリオットは振り向いた。 「一つ聞きたいんだけど、エリオット、私を好きなのか?」 「当たり前だろう!!」  エリオットは叫ぶように答えた。それからGを真っ直ぐに見たままきっぱりと言った。 「好きでもない相手に交際を申し込むのは失礼だ」 (ああ、いい奴…!)  Gはすっかり彼を気に入ったようだった。その脇で、ヴァイオラは(愛人扱いするのは失礼じゃないのかね)とアナスターシャのことを内心思った。 「お気は済みましたか」  ダルヴァッシュの声が言った。 「うん! 楽しかった!」  エリオットは小さい子どもがはしゃぐように返事した。 「ではもう休みましょう」  ダルヴァッシュに促されて、エリオットは階段の手すりに手をかけた。彼らの部屋はこの宿でも最上階にあるのだ。 「エリオット、私もスマックの次くらいに好きだよー」  背後でGがそう言うのを聞いて、アルバンがまた苦笑した。  他の面々が二階にあがってしまったあとも、ヴァイオラは先ほどの食卓で余ったワインを飲みながら、一階でのんびり過ごしていた。 「うちのリーダーが毎度毎度済まないね」  アルバンが話しかけてきたので、ヴァイオラは彼にもワインを注いでやりながら、 「ガラナーク人はしょうがないね」 と、一言、こぼした。同じくガラナーク国の出であるアルバンは苦笑いを浮かべた。 「くくられると悲しいな」 「まぁ、この間も異端審問とかあったし」 「ああ、そういやそんなのもあったみたいだな。だが追い払ったそうじゃないか。どういう手を使ったか知らないが」 「知らなかった? 私たちって大司教の直下なのよ」  ヴァイオラはさりげなく言ってのけた。アルバンは食いついてきた。 「だれか、ガラナーク関係者が……?」  ああそうか、と、ヴァイオラは思い出したように言って、 「あなたたちはちょうど会ってないのね。実はうちにはライニスのアンプール家の坊っちゃんがいたの」 「ああ、グィン何とかっていう……国中のだれも信じなかった『御神託』の奴か」  ヴァイオラは頷いた。 「そう。でもそのあとにいろいろあって、直下になったのよ」  アルバンはふぅんと相づちを打ったあとで、 「その印籠を使えば、ダルヴァッシュなんかへいこらするだろうに」 「でも切り札は最後まで取っておくものよ」 「……じゃあ、エリオットは見る目があったんだ」 「ジーさんのこと? あの子はいい子だよ」  アルバンはもう一回ふぅんと返事して、「しばらくこの辺りにいるから、また迷惑をかけるかもしれない」と締めくくるように言った。ヴァイオラは笑って、「あの子は普通の感覚の持ち主じゃないから、ちょうどいいんじゃない」と返した。  二人がそうして歓談しているところに、まずギルティが戻ってきた。宿に入るなり、まずエリオットがその場にいないことを見て確認して、それからアルバンのそばに寄ってきた。 「アナスターシャ待ちですか?」 「よくわかるな」 「例のGって娘は図書館に行ったらしいですが……この様子だと全部終わったみたいですな」 「まあな」  ギルティはぶつくさこぼしながら上の部屋へあがっていった。 「……彼女も大変ねー」  ヴァイオラがわかっているように言うと、アルバンはちょっと眉をあげてみせたが、「そうだな。ま、彼女はここへ戻ってきたがっているし、解散すればここに置いていくことになるだろう」と言った。 「解散の予定があるの?」 「騎士レベルになれば、つるんでいる必要もなくなるだろう。エリオットやダルヴァッシュにはそれぞれ目的があるし、俺にも自分の目的がある。別れることになるだろう」  ヴァイオラはもう一点、尋ねた。 「アナスターシャはガラナーク出身じゃないの?」  アルバンは答えて言った。 「ガラナークじゃ肩身が狭いんだ。彼女が生きていくなら、フィルシムがいいだろう」 「大変だね」  そこに噂のアナスターシャが帰ってきた。彼女はまず、ヴァイオラとアルバンが仲良く杯を交わしているのを怪訝な目で見た。アルバンと一緒にヴァイオラが「お帰り」と声をかけるとびっくりした表情をした。それからアルバンと少し言葉を交わし、階段へ向かった。 「大変だね」  ヴァイオラが労いの言葉をかけると、彼女は再びびっくりして目を見開いた。が、無言のまま、部屋へ戻っていってしまった。 2■贈り物  5月25日。  朝方、セリフィアはラクリマに話を持ちかけた。 「頼みがあるんだ。親父のことを調べたいんだけど……」 「セリフィアさんのお父さんですか?」 「親父っていうか、あの、ダーネ---」  そこまで言ったところで、カインに腕を引っ張られ、部屋の隅に連れて行かれた。カインはセリフィアに厳しい語調で言った。 「ヴァーさんの前でそういう言い方をするな。ヴァーさんはリズィだったんだぞ? ダーネルを好きだったんだ。彼女に辛いことを思い出させるな」 「じゃあ何て言えばいいんだ?」 「『持たざる者』って言えばいいだろう。とにかく、あいつのことを『ダーネル』とか『親父』とか呼ぶのはやめろ」  セリフィアは「わかった」と言ったあとで、 「じゃあカインだけに言う。お前をはけ口にする」  何だって年上の奴にこんなことを諭さなければならなくて、しかも「はけ口にする」なんて言われなければならないのか、理不尽な思いを消せないカインだったが、仕方なくその場ではその条件を呑んだ。  セリフィアはラクリマのところに戻って、 「『持たざる者』について図書館で調べているんだけど、どうやら記録が消されているふしがあるんだ。それで、できたらユダから館長に紹介してもらえないだろうか?」 「図書館長に、ですか!? ユダはまだ見習いですよ?」  ラクリマは思わず聞き返した。セリフィアは頷きながら、 「できたら、で、いいんだ。無理だったらいいから」 「………わかりました。ユダに聞いてみます。でもあまり期待しないでくださいね」  その日の夕刻、今日の訓練が終わってヴァイオラが道場の外に出ていくと、子どもたちがわらわらと寄ってきた。 「ヴァイオラさんって、いる?」 「私だけど」  子どもたちは書状を差し出した。それはパシエンス修道院院長クレマンからの手紙だった。先日のお礼がしたいので、時間が空いたときにぜひパシエンスに寄って欲しいと書かれていた。  ヴァイオラが手紙に目を通している間、子どもたちはその辺を覗いたりしていたが、もう一度彼女の周りに戻ってきて尋ねた。 「ラクリマは?」  ヴァイオラは子どもたちに目を移した。 「君たち、どこの子?」「パシエンス」「お遣いに来たの?」「うん」「偉いねー」  ヴァイオラは常備しているあめ玉を一個ずつ子どもたちの掌に載せてやった。子どもたちは喜んでそれを頬ばった。一番背の大きい子が、あめを舐め舐め、目玉をきょろきょろさせて再び「ラクリマは?」と聞いてきた。 「もうすぐ来るよ。ラクリマに何のご用なの?」 「ちょっとね。にーちゃんのことで」  すると、別の子どもが「いんちょーさまは心配するから言わなくていいって言ったじゃない」と、たしなめるように口にした。 「でも言っちゃだめとは言わないじゃんか」  子どもらがそんなことを言い合っているところに、ラクリマとG、カインがやってきた。ラクリマはすぐに子どもらに気づいて、 「あら、どうしたんですか」 「ラクリマー、いんちょーさまは心配するから言うなって言ったけど、にーちゃんが大変なんだよー」 「えっ」  ラクリマの顔色が変わった。「にーちゃん」というのは孤児仲間のナフタリに違いない。どうしても様子を見に帰りたいと思った。彼女は周りの4人に、顔色を伺うように尋ねた。 「わ、私、一度向こうに帰ってもいいですか?」 「ああ、いいよ、私もちょうど用があるし、ついていくよ」  ヴァイオラがそう申し出た。もし万が一、ラクリマが向こうに泊まり込むことになると、ヴァイオラの帰路が一人きりになってしまうからというので、カインもついてくることになった。Gとロッツはこの場に残ってセリフィアを待ってもらった。セリフィアは最近、訓練に熱が入っているのか、終わる時刻が徐々に遅くなっている。少なくともあと10分は現れないだろう。  ラクリマたちが去ってから15分ほどして、セリフィアがやってきた。 「みんなは?」 「院長が言わなくていいって言ったけどニイチャンってひとがたいへんで、ラクリマさんが心配して、ヴァーさんが行ってカインが帰りが一人になると困るって行った」  Gはめちゃくちゃな答えを返したが、セリフィアは理解したらしかった。 「セリフィアさんは行かなくていいのか?」  Gにそう訊かれて、セリフィアは、 「そんな大変そうだったのか?」 「子どもがわらわらしてた」 「どんな様子だった?」 「あめ玉もらって喜んでた」  それくらいなら大したことはないだろうと、セリフィアは言った。「じゃあ留守番でいいか」それからGとロッツと3人で「青龍」亭へ帰った。  宿に戻るなり、エリオットが近寄ってきた。 「この間は交際申し込みの指輪だったが、今度はプレゼントだ。この間みたいな堅苦しいのはよくないから、まずは友だちとして贈りたい」  そう言って彼がGに差し出したのは、小さなルビーのペンダントだった。鮮やかな赤で、宝石をよく知るひとであれば「金貨五百枚はくだらない」と言うだろう。  Gは「わーい、ありがとう、嬉しいな」と言って早速ペンダントを首につけた。セリフィアにそれを見せながら、 「似合う?」 「うん、似合う」  セリフィアは笑顔を作った。が、内心はかなり穏やかならざるものがあった。  向こうでエリオットの喜ぶ声がした。 「やった! 喜んでもらえたよ!」 「よかったですね」  ダルヴァッシュが子どもをあやすようにそれに応じた。Gはエリオットに向き直り、 「これ、どこで買ったの?」 「大通りにある店だ」 「一点ものだった?」 「一点ものだ」  エリオットは誇らしげに言った。 「……セリフィアさん、お揃いで作らないか、青い石で?」  Gはあとでセリフィアに、現金が余っているなら、そういう形で持ち歩いたらどうかと、提案した。セリフィアは即座に「いいな」と賛成した。二人でエリオットに教えてもらった大通りの店へ行き、500gp相当の青い宝石に加工料20gpを加えて支払って、ペンダントを注文した。  パシエンス修道院の現在の寄宿先であるトーラファン邸に到着すると、いつものようにフィーファリカが出迎えてくれた。が、応接室に通されたあとはしばらくお呼びがかからず、妙な雰囲気だった。しかも応接室には先客がいた。どうも冒険者風の格好をした数名の男たちだった。 「あんたもここの僧侶様かい」 「はい」ラクリマはそわそわしながら答えた。「…あの、皆さんはいったい……?」 「俺たちはラグナーの仕事仲間だったんだ」 「ラグナーさん? あ、ラグナーさんが帰ってるんですか?」  男たちはばつが悪そうに顔を見合わせた。 「ラッキー、もしかして大変なのってそっちのひとのことじゃないの」  ヴァイオラに言われてラクリマも気づいた。子どもたちが言っていた「にーちゃん」はナフタリではなく、サラの夫であるラグナーのことだったのだ。 「ラグナーさんがどうしたんですか」 「その……死んじまったんだ」  ラクリマは驚愕に目を見開いた。  男たちの話によれば、彼らは一緒に普通に仕事をしていたのだが、朝、起きてみたらいきなりラグナーの息がなかったというのだ。ちょうど仕事が終わったところだったので、慌ててここまで遺体を運んできたらしかった。  扉が開いて、クレマン院長が姿を現した。 「お待たせして申し訳ない」 「院長様…!」  ラクリマは院長のそばに寄った。 「あの子たちがしゃべってしまったようだね」と、クレマンは苦笑を浮かべた。「心配しなくてもいい。もう大丈夫だ。よかったらサラに会っていってくれないか。君の顔を見ると少し落ち着くかもしれない」  それから彼はヴァイオラのほうを向いた。 「手紙は読んでいただけましたか。あれを書いたあとにこんなことになったものですから、せっかく来ていただいたのに取り込んでいて申し訳ありません」 「いいえ。よろしければ私たちもサラさんに挨拶してきていいですか」  男たちを労う院長をその場に残し、ヴァイオラたちはフィーファリカに案内されて一室に入った。奥のベッドには戦士風の男が横たわり、手前にサラが腰掛けている。 「サラ」  ラクリマが呼びかけると彼女はこちらを振り向いた。ラクリマ、と、唇が動いたが声は聞こえなかった。後ろのヴァイオラたちに気づいて、会釈して立ち上がろうとした。と、ラクリマが声をあげた。 「ラグナーさんが…っ」  寝台の上の男が身じろぎしたようだった。 (なるほど、院長が蘇生させたのか)  ヴァイオラは先ほど彼が「大丈夫だ」と言った意味を理解した。  サラが心配そうに見守る中、黒髪の戦士はふっと目を開けた。 「ここは天上か? それとも異世界…?」  ラグナーはサラを見て言った。それから、「マギーは? グラは?」と、心配そうに辺りを見回そうとした。 「………」  それから少しの間、ラグナーはまるで言い訳するように喋った。眠ったら変な世界にいて、二人の女性僧侶と---これがマギーとグラらしい---一緒に冒険をしたこと。朝、目覚めると元の世界にいたが、夢の中のできごとと思っていたその冒険の疲労はきちんと現実に反映されていたこと。その晩もまた眠ったら異世界にいてマギーとグラと出会い、そこでモンスターと戦って……死んだこと。気づいたらここにいた、というわけだった。 「マギーは今、ルギアと一緒にいるらしい。マギーは純真な心の持ち主で、どこから見ても非の打ちどころのない素晴らしい僧侶だった」 「………」 「グラは、やっぱり僧侶だったが、きついことを言うひとだったよ」  そこまで一気に語って、ラグナーはさすがに疲れたのだろう、ふぅと息を吐いた。  そしてサラは何も言わなかった。 (あ〜あ、旦那、そりゃちょっとまずいんじゃないの。生き返った途端に他の女の名前っていうのはねぇ……そんなことよりお腹の赤ちゃんのことでも訊きなさいよ)  ヴァイオラは呆れながらこの光景を見ていた。彼女の見るところサラはしっかりした人物だが、その彼女でも、後ろからでも肩口が強張っているのが見て取れた。ラクリマですら、常と違う雰囲気に、容易に声を掛けられずにいるようだった。 「お身体に障るといけませんから私たちはこの辺で……」  ヴァイオラが断りを述べているところへ、 「よろしければあちらの部屋にきていただけますか」  院長が小声で告げたのを渡りに船とばかり、ヴァイオラは「お大事になさってください」と暇を告げ、カインともどもそそくさと部屋を出た。  二人は院長に誘われて、別な一室に入った。トーラファンが先に待っていた。 「この間はありがとう。非常に助かりました」  クレマンがまず礼を述べた。ガラナークの異端審問団を追い払うに際して、ヴァイオラが貸したガラナーク大神殿大司祭の親書が役に立ったらしい。ヴァイオラは応えて言った。 「敗残兵のように逃げ帰ったと聞いています」  クレマンは微笑して、 「これはその謝礼です。心ばかりではあるが、これからきっと君たちに必要になると思われるものを用意しました」  彼はスクロール、ポーション、膏薬など、いくつかの品々を差し出した。それらは、マジックプロテクションスクロール、スペルキャッチングスクロールが各一巻ずつ、虫除け薬(バグリペラントポーション)が3瓶、火傷用軟膏と傷用軟膏がそれぞれ一回分ずつだった。 「本当はもう少し用意したかったのだが」  バグリペラントポーションは最近ほとんど出回らないので手に入れるのが難しい、と、トーラファンが付け足した。 「品物をいただくのは、遠慮すると言ったんですけどね」  ヴァイオラがそう言うと、院長は静かに言った。 「私にできるのはこれくらいです。コネがほしいという話も聞いたが、残念ながら私にはないことであるし」  ヴァイオラはあらためて院長を見た。辞儀を正して、礼を述べた。 「これは私たちが活動していくうえでも助かりますし、いろいろな情報を出していくために必要だと思いますので、ありがたくいただいておきます」 「あまり堅苦しく考えないでください」  院長はもの柔らかな笑みを湛えながら、ヴァイオラに二通の書簡を渡した。一通は彼女が貸し出していたガラナーク大司祭からの親書で、もう一通はフィルシム神殿のロウニリス司祭からの親書だった。ロウニリス司祭の親書には「ご苦労」と労いの言葉が書かれていた。 「余計なことかもしれませんが」  部屋を出る前にヴァイオラは院長に向かって言った。 「サラさんがかなり辛そうでしたから、気をつけてあげたほうがいいかと……」 「そうですね。気をつけましょう。ありがとう」  院長は少し苦笑いしたようだった。  部屋を出た先の廊下では、ラクリマがぽつんと立って待っていた。あれからすぐ、彼女も部屋を出てきたということだった。彼女にも少し居づらいものがあったらしい。 「帰っても大丈夫だって言われました」  ラクリマはまだ少し不安そうだったが、だから自分も一緒に宿に帰ります、と言った。ヴァイオラとカインと3人でトーラファン邸をあとにした。  道すがら、ラクリマは心配そうに口にした。 「…サラ、ちょっと変でしたね……」  カインが答えた。 「ラクリマもだれかひとを好きになったらわかるよ」  ラクリマにはカインが何を言いたいのか、よくわからなかった。困っていたところにヴァイオラが、「ラグナーさんのことが心配でたまらなかったんだよ、きっと」と言ってくれたので、やっと安心した。  5月26日。  ラクリマは戦闘技能訓練道場から帰る途中、Gとセリフィアにくっついて図書館に寄った。パシエンス出身で司書見習い中のユダに会い、セリフィアが理由あって図書館長に紹介してほしがっていることを伝えた。 「やってみるけど、あまり期待はしないでください」  ユダは少し困ったように笑いながら応えた。 3■休日の娯(たの)しみ  5月27日。  朝食の席で、ヴァイオラは思うところあって、この辺でいい演芸場があるか、ガウアーに尋ねた。ガウアーは喜んで教えてくれた。それから「席は二つでいいのか?」とヴァイオラに聞いてきたので、ヴァイオラは「ううん、全員分」と答えた。要するに、次の休日に、パーティの仲間を観劇にでも連れて行こうと考えていたのだ。  ガウアーはデートの誘いではないと知って目に見えてがっかりしていたが、紳士的な態度を崩さなかったので、ヴァイオラは続けて「この辺でリーズナブルで腕のいい仕立屋はない?」と尋ねた。  夕方、彼女はGとラクリマを連れて、教えてもらった仕立屋を訪れた。 (たまにはこのくらい、おめかししないとね)  二人にあれこれ布をあてたり試着させたりして、ちょっとしたドレスを注文した。合間を縫って、自分にも衣装を仕立ててもらうよう手配した。簡単なアクセサリーと併せて、3人で50gpほどになるのを、自分の懐から用立てた。  宿に帰って、ヴァイオラは皆の前で「30日の休みの日は予定をあけておいて」と言った。 「何かあるのか?」 「ちょっとお出かけを、ね」 「……服を用意したほうがいいのか?」  カインがそう尋ねてきたので、彼とセリフィアには「見られる格好にしといて」と言っておいた。その脇からGが不安そうに聞いてきた。 「ドレスじゃなきゃだめなのか? この格好が動きやすくていいんだ」 「戦士はどんな格好でも戦えなきゃ」 「そうか」  Gはとりあえずは納得したようだった。だがすぐに、「でもドレスは今は持ってないぞ」と、また反論してみせた。 「だから今日、採寸したでしょ」 「えっ。じゃ、じゃあ、あれ、本当に買うんですか!?」  今度はラクリマが素っ頓狂な声をあげた。 「そうだよ。何だと思ったの?」 「え……だ、だって、高くありません?」 「高くないと思うよ、あのくらい」  妙なところで紛糾する女性陣をおいて、カインもセリフィアを引っ張って仕立屋へ行った。セリフィアは最初は嫌がったが、「ヴァーさんに恥をかかせるのか」という一言で大人しくなった。青年たちは、おのおの20gpほどで洒落た洋服を仕立ててもらうようにした。  5月29日。  ラクリマは帰りがけに再び図書館へ寄った。ユダが出てきて申し訳なさそうに、「やっぱり無理でした」と詫びた。ラクリマは「こっちこそ無理を言ってごめんなさい」と謝り、少し雑談してから宿に帰った。セリフィアに、図書館長への面会は無理だったと謝ると、彼は「気にするな」とだけ言った。礼はなく、ラクリマの胸にわずかに戸惑いが残った。  5月30日。  この日は戦闘技能訓練の道場が休みだった。夜になれば新月期、つまりGとセリフィアが鬱期に入ることはわかっていたが、せっかくの休みなのだし逆に楽しく過ごすがよかろうと、全員で遊びに出た。それぞれ仕立てた服を身に着けて、すっかり「お出かけ」スタイルだった。Gはカインを見て、「見てくれだけはいいんだな」と彼女なりに誉めた。  ヴァイオラは予定通り、ガウアーが薦めてくれた劇場(こや)に向かった。5人分の桟敷席を予約してあるのだ。  大衆演劇の演目は、仲の悪い家同士に生まれた若い男女が許されぬ恋に落ち、死をもって結ばれるというポピュラーな悲恋ものだった。ラクリマが後半泣き通しだったのはいいとして、Gやセリフィアが妙なところで笑ったり怒ったりしたので、ヴァイオラは周りを憚って冷や冷やした。(桟敷にしておいてよかった)と、彼女は密かに胸をなで下ろした。カインは、泣きはしなかったが、ジェラルディンを思い出したのか、終わったあとは少し辛そうだった。  舞台がはねたあとで、「死ぬなんてバカだ」と主役に対してぷんぷん怒りまくるGに、「面白かったね」とセリフィアは笑いながら話しかけた。その間もラクリマは泣きっぱなし、カインはむっつりだんまりだった。  ヴァイオラは気を取り直して、今度は移動遊園地に4人を連れて行った。もう夕方で、徐々に灯りが点りだしている。灯りのいくつかには色付きガラスがかぶせてあって、赤やら青やら緑やらの光がまだらに皆を染めた。  回転木馬があったので、ヴァイオラは「乗っておいで」と子どもらに勧めた。カインは興味があまりないらしく、ラクリマは遠慮して、セリフィアとGが二人で乗りにいった。二人は隣り合った木馬に乗って、ぐるぐると回った。本物の馬で二人で遠乗りしたら、もっと楽しいだろうな、と、セリフィアは思った。 「ぐるぐるしたー」  Gは降りてくるなり、嬉しそうに言った。それから、 「面白かったぞ。ラクリマさんも乗るといいのに」  Gに言われて、ラクリマは「でも……」と言葉を濁した。彼女は回転木馬を、外から見ているだけで十分美しいと思っていた。その中に自分が乗るなんて想像できない。どちらかといえば、向こうの手風琴を聞きに行くほうがよかった。 「ラッキーも乗ってきたら」 「ラクリマも乗ってきたらどうだ」  ヴァイオラとカインが同時に声をあげた。 「でもあの……私、目が回りそうだし……」 「大丈夫だ。馬じゃなくて、馬車に乗ったら恐くないんじゃないかな。気持ちいいぞ」  再びGがにこにこと口にした。ラクリマは一人で乗るのがいやだったので、「Gさんが一緒なら…」と、条件を出した。それでGはもう一度乗ることになった。娘二人が連れ立って乗りに行くのを見ながら、ヴァイオラは(変なところで盛り上がるなぁ)と思った。もっと、セリフィアとGとの間で盛り上がってもらおうと目論んでいたのだが。  その後、これまたガウアーに教えてもらったレストランで、豪勢な夕食をとった。今いる「青龍」亭の食事は、セロ村の「森の女神」亭のそれに比べれば美味しい部類に入るものだが、それらのレベルより格段に上等で、美味な食事だった。もっとも、先日エリオットがご馳走してくれたコース料理よりは大衆的だったが。  休日の娯楽と食事を堪能して、いい気分で一同は宿に向かって歩いていた。  と、「青龍」亭の通りに出る手前の角で、カインが手振りで皆を制した。角からそっと窺うと、宿の前に6人の男たちが人待ち顔で立っている。そのうちの二人は、ライニスのアンプール家から密命を受けてきたという、エフルレスとケヴィッツだった。ケヴィッツの声が聞こえた。 「エフルレス様、やはりやめましょう」 「言うな。私はこのやり方しか知らぬ」  何とはなしに物騒な気配が漂っている。ヴァイオラは静かにディテクトマジック〔魔法を見破る〕とディテクトイビル〔悪を見破る〕の呪文を唱えた。ディテクトマジックの呪文に対しては、件の二人の騎士が身に帯びている剣、盾、そして鎧がそれぞれ反応を示した。ディテクトイビルのほうは、エフルレスだけが反応した。6人の他に伏兵もいないようだった。 「どうする。やってしまうか」  Gやセリフィア、カインらは、こちらも物騒な謀議を始めた。何しろ向こうはやる気満々だ。このままラクリマをアンプール家の跡取りとして、拉致するつもりなのではないかというのが、一同の共通した推測だった。  それにしても、町中でいきなりコロシはまずいだろう---しかも相手は騎士である---とヴァイオラが思案していると、それまで黙っていたラクリマが口を開いた。 「あの、お話しさせてはいただけないですか」  ヴァイオラは答えて言った。 「向こうはやる気満々だよ?」 「でも……」  ラクリマは、わかってもらう努力もせずに、暴力に訴えることはしたくないと思っていた。だが、そのことで仲間に迷惑がかかるかもしれないと思えば、強くは主張できなかった。 「ラクリマは話したいんだな?」  カインの声がした。彼女が「はい」と小さく答えると、Gも言った。 「ラクリマさんが話したいなら話せばいい。それで攻撃されたら、やり返せばいいだろう」  話はついて、一同は今し方帰ってきたばかりを装い、楽しげに宿に向かって歩きだした。6人の男たちの前を通り過ぎながら、「こんばんはー」とGは微笑んでみせた。ケヴィッツが口を開こうとしたが、その前に、エフルレスがカインの前に立ちはだかった。 「その顔……まさにグィンレスターシアード様にそっくりだ。……お前に決闘を申し込む」  エフルレスは言い終わるや、果たし状をカインに突きつけた。  一同は思惑が外れて、一瞬、何も考えられないようだったが、カインは即答した。 「断る。なんでお前と決闘しなきゃならないんだ。お前らの勝手につきあう義理はない」  エフルレスは鬼のような形相で、カインに詰め寄った。 「ありがたくもわざわざ名誉ある決闘でぶち殺してやると言ってるんだ」 「冗談じゃない。それが騎士のやり方か!」  カインは不機嫌に拒絶した。 「お前にとっては名誉ある決闘か知らんが、俺には関係ない。だいたい、お前は俺より技量が上だろう。自分より弱い奴に決闘を申し込んで、名誉も何もあるか」 「ああ、全くだ。とても正しい騎士のあり方とは思えないな」  セリフィアも相づちを打った。  二人の非難と挑発に、エフルレスの息づかいは激しくなり、聞いていたラクリマが思わず「エフルレスさん、落ち着いてください」と手を差しのべたほどだった。 「まあまあ、二人とも、そんな喧嘩を売るようなことを言わないの」  ヴァイオラが仲裁に入った。彼女はケヴィッツのほうを向き、 「でもね、あなた方もそう言われても仕方ないことをしてるんですよ。だいたいどういう理由でカインに決闘を申し込むんですか」  ケヴィッツは一つため息をついて、カインのほうを向いた。 「あなたは、アンプール家を破滅させるという卦を持っています」  凶運の卦か、と、カインは唇を噛んだ。だからといって易々と殺されてたまるか。 「エフルレス様がどうしてもと仰るので、このような仕儀に相成りました」 「それでも、このやり方がスマートだとは思えませんけど。本来、あなた方の任務はまず領主に対して『報告』を行うことではないんですか。あなたがついていながら、どうしてこんなことに?」  ヴァイオラの質問に、ケヴィッツは「…私も、一番穏便に済ませる方法はこれだと思ったのです」と控えめに答えてから、次のように弁明した。すなわち、彼らが仕えるアンプール家の領主の性格を鑑みるに、この話をすればもっと手強い手段に訴えようとするかもしれない。それよりは「決闘」を申し込んで、勝っても負けても「決闘しましたがこうなりました」という報告を持って帰ったほうが平穏にコトを済ませられるのではないかというのが、ケヴィッツの考えらしかった。だが、ヴァイオラはさらに言い募った。 「それならなおのこと、あなた方が決闘をなさるのはよくないでしょう。今、ガラナークの異端審問で、ガラナーク人に対するフィルシム人の思いは揺れています。しかも我々は大司教の直属で動いている人間ですよ?」  最近、大司教の名前が大安売りだな〜と思いながら、そんなことはおくびにも出さずにヴァイオラは言い切った。対するケヴィッツも、大司教直属と聞いても驚きを示さずに、 「グィンレスターシアード様のご遺志を継いでおられるあなた方にすれば当然でしょう」 と、静かに応じた。それから、 「カイン様が決闘を断られたので、我々はこのまま帰ります。帰って、あなたの申されるとおり、ご領主にこの件をご報告せねばなりますまい。夜半、失礼いたしました」  ケヴィッツはエフルレスのほうを向いて、まだ息の荒い彼をなだめ、他の4人に命じて彼を連れて帰らせた。エフルレスは敵意剥き出しのまま、従者たちに半ば引きずられるようにして去っていった。 「あなたがたの未来に祝福があるように」  Gは彼らに祝福の言葉を投げた。ケヴィッツは憐れむような目で一同を見た。 「あなたがたにも」  一同はようやっと宿に入った。心なしか、昨日の晩よりも冒険者たちの数が減っていた。主だったところで残っているのはエリオットやガウアー、ティバートのグループくらいで、あとは駆け出しに毛が生えた程度の冒険者ばかりだった。 「なんで減ってるんだ?」  Gが疑問を口にしたので、カインは「スカルシ村で騒ぎがあるらしい」と、少し前に色街で聞いた話を思い出して皆に教えた。  一同が階段に向かおうとしたところ、エリオットの一党の僧侶であるダルヴァッシュが不思議そうな顔でカインに話しかけてきた。 「エフルレス様とケヴィッツ様と、どういう関係だ?」  察するに、あの二人組は宿の中に入り、部屋に不在とわかったあとでここらの人間に聞き取り調査をしたらしい。カインはダルヴァッシュと言葉を交わすのはほとんど初めてであったし、聞きようが高飛車に感じられたので、まずは質問で返した。 「お前、だれ?」 「私はダルヴァッシュ=アノタウスだ」 「だから、だれだ? 奴らとの関係があんたにどう関わりある?」 「私はアンプール家に仕える、アノタウスの次男だ」  カインは、 「グィンレスターシアードとかいう奴のことを聞かれていただけだ」 とだけ答え、さっさとダルヴァッシュの脇を通り過ぎた。ダルヴァッシュもエフルレスも消えてしまえばいい。アンプールに関わる何もかもが腹立たしかった。 4■虫、蠢く  6月2日。  一同がいつものように夕食のテーブルを囲んでいると、どこからともなく、揺れが身体に伝わってきた。小さく定期的に地面が揺れている。それはだんだんに大きくなって、立ち働いている人間たちも「地震だ」と騒ぎ出した。  何人かは、ふと、外から悲鳴が聞こえたように思った。 「だれかが悲鳴を---」  ラクリマがそう言いかけた横でヴァイオラは、この揺れが街の中心と四隅の計五カ所から発していることを感じ取っていた。最初は何かの足音かと思ったが、どうもそれとは異なる質の音のようだ。 「やばい」  ヴァイオラは大きな声で言った。 「街が囲まれた。でも軍隊じゃない」  ティバートが立ち上がり、続けざまに彼の仲間たちも立った。 「街の中心へ行くぞ」  ティバートが一声かけて、彼らはあっという間に宿を出ていってしまった。  ヴァイオラたちも、食事はそこそこに自分たちの部屋へ戻り、窓から様子を見てみた。  街の中心の方角から煙があがっている。ここからほど近い南門では何かが蠢いているように見えた。何か……巨大ないも虫のようだ。 「パープルワームじゃないか」  Gとセリフィアは顔を見合わせた。パープルワームといえば、身の丈30メートルのかわい子ちゃんだ。それが蠢きながら、今しもフィルシムの中心へ向かってこようとしていた。  他の皆が窓の外を観察しているうちに、ヴァイオラは部屋をそっと抜けだし、コミュニケーションスクロールを広げた。何が起きているのか、助力に行ったほうがいいかと問いを書き込んだ。今回の返事は速かった。即座に、次のような回答が得られた。 《報酬は後日相談。やってくれ。中心地にアースクウェイクビートルがいて騎士たちは皆そちらに向かった。残り4体のパープルワームは各現場の冒険者に任せるしかない状況》  アースクウェイクビートルも昆虫型のモンスターでやはり体長30メートルほどだが、こちらは甲虫だ。攻撃力の高さもさりながら、その身を動かすだけでひどい揺れを引き起こす厄介な怪物である。騎士たちが掛かりきりになるのも無理はない。  ヴァイオラは部屋に入るなり、「やるよ」と皆に向かって言った。  バラバラと急くように一階へ降りたところで、残っていたガウアーとエリオットの隊に「パープルワームが4体いる。王宮の騎士は中央のアースクウェイクビートルで手一杯らしい」と告知した。 「どうするんだ?」 と、聞いてきたガウアーに、自分たちはパープルワーム退治の手助けに行くつもりであることを述べると、ガウアーもエリオットもそれに参加すると表明してくれた。 「俺たちは東門へ行く」  ガウアーはそう言って、他の面々を従えて出ていった。 「ここから一番近いのは?」 「南門だ」 「じゃあ南門から行くよ」  皆に声を掛けるヴァイオラの背後から、「我々も一緒に行こう」とエリオットが声をかけてきたので、2隊で南門へ向かって駆けだした。  すでに夜に近い時間だったが、緊急事態ということで、衛士たちが松明を持ち、篝火をがんがん焚いて辺りを隈無く照らしていた。その明かりの中に、最初、パープルワームの姿はなかった。が、前方の地面がめくれたかと思うや、砂に隠れていた巨体がむっくり起きあがり、一行めがけて這いずりだした。  この巨大なモンスターに対して、エリオットは律儀に「やあやあ我こそは」と名乗りを上げた。その間にアナスターシャが自分の仲間全員にブレス〔祝福〕をかけた。Gはルビーの魔剣もといラルキアと協働してヘイスト〔加速〕を唱えた。ヴァイオラはストライキング〔打撃〕の呪文をロッツにかけ、そのロッツは弓を3連射して3発ともワームに当てた。  ダルヴァッシュがエリオットにストライキングを唱える手前で、セリフィア、カイン、アルバンはワームに向かって走り出した。エリオットもすぐに突撃を開始した。後ろでギルティが弓を引き、こちらも3連射して敵の巨体に矢を突き立てた。  パープルワームは体液をまき散らしながらさらに這い寄ってきた。どちらかといえばエリオット側よりもセリフィアやカインの側に向かってくる。Gは再びラルキアとともにファンタズマルフォース〔幻影〕を唱え、あたかもファイアーボール〔火の球〕がワームの上で炸裂したかのように見せかけたが、運悪く、幻影と見破られたようで効果がなかった。  ロッツとギルティの射撃のあとで、戦士陣の攻撃が始まった。セリフィア、カイン、アルバンと続けてダメージを与えたあと、エリオットが剣を振るった。エリオットの二撃目を受けて、パープルワームはもんどりうって地に倒れた。しばらく痙攣していたが、二度と起きあがらなかった。 「見たか、G!! 私がこの手で!!」  エリオットは嬉々としてGに手を振った。自分がトドメを刺したのだ。その格好いいところをアピールしようと、かわいらしく威張ってみせた。Gは一言、「見た」と返した。  ヴァイオラは隅に退き、皆から見えないようにこっそりコミュニケーションスクロールを使った。南門は片づいた旨を書くと、今度は《西門が危うい》と返事がきた。 「次は西門に行くよ!」  彼女は一同に向かって叫ぶと、勢いよく西門へ走り出した。ヘイストの効力が切れないうちに片づけたほうがいい。すぐに仲間が後ろについてきているのがわかった。  西門へ向かって走る途中、カインとエリオットが同時に「そこだ!」と叫んで一同を停止させた。彼らが叫び終わるのを待たずに、目前の地面を突き破って、次のイモ虫が現れた。門からやや離れたこの場では、辺りが薄暗く、先ほどのようには視界が効かなさそうだった。  だが、結局のところは視界も何も関係なかった。こちらへ向かってくるパープルワームを、まずはヴァイオラがライト〔光球〕の呪文で目潰しし、ダルヴァッシュがコンティニュアルライト〔絶えない明かり〕で辺りを明るくしたと思うや、エリオットが剣を叩き込んだ。続けてGはラルキアと共に呪文を唱え、アイスストーム〔氷の嵐〕で相手を弱らせた。アルバンはうっかり攻撃を外していたが、セリフィア、カインの二人が思うさまダメージを与えたあとで、ロッツの3連射がトドメとなった。  あっという間の退治のあとで、ヴァイオラはやはり隠れてスクロールを使った。 《西門制圧》  すぐに返事がきた。 《全箇所制圧》  帰る道すがら、ラクリマが「どうしてあんなのが出てくるんでしょう?」とこぼした。 「だれかが召還したに決まってるじゃない」  ヴァイオラが答えると、セリフィアが、 「王宮を狙ってるんだろうな」 と、ボソッと口にした。  その横で、魔剣もといラルキアは興奮したようにGに話しかけていた。 「お姉ちゃん、ボク、初めての戦闘でどきどきしちゃったよ! お姉ちゃん、凄いね!」  Gはラルキアに応えて言った。 「ああ、それはお兄ちゃんに言ってやれ」 「お兄ちゃん! かっこよかったよ!」  ラルキアは、素直に兄に対して羨望の声をあげた。が、セリフィアは、「あ。ありがと……」と言ったきりだった。照れくさいのか、黙って歩く速度を速めた。  6月3日。  朝方、「青龍」亭にフィルシム王宮からの使者が現れた。  使者は、パープルワーム掃討で活躍した冒険者が四組いると聞き及び、功労金を持ってきたのだと告げた。 「冒険者の方々にはご不満かもしれないが、国の内情をどうか考慮してほしい」  そう言って彼はそれぞれのグループに千五百gpずつを渡した。また、陳情の窓口となる騎士の名を挙げ、できることであれば考慮するので申し出てほしいとも付け加えた。 「我らは名誉のために戦ったのだ」  金など欲しくないと言いたげに、エリオットが口にした。後ろからギルティが「いろいろあるし受け取っておきましょうよ」と揉み手をしながら彼をつついた。そのせいではないだろうが、エリオットも「ここで受け取らないのも却って失礼にあたろう」と折れて、金子を手にしたのだった。  6月4日。  市内ではまだ一昨日の、お化けミミズたちによる襲撃の後片付けが行われていた。一同はその中を縫って、いつものように訓練道場へ出かけた。  休み時間中、カインは水を飲みに行くのに、中庭を突っ切ろうとした。先客が二名いてお喋りしている。気にせず通り過ぎようとしたが、 「……で…ハイブが……」  気になる言葉が飛び込んできた。思わず足を止めて耳を傾けた。 「フィルシムでまたハイブが現れたらしいって?」 「どこでだ?」  カインは二人に近づいていった。どうやら二人とも一般兵士らしい。一人はカインよりも背が高く、もう一人は低めのがっしりした体つきだった。 「済まないが、ちょっとその話を聞かせてくれないか?」  彼は彼らに丁寧に申し入れた。兵士たちは嫌な顔もせず、フィルシム市内で一般市民がハイブに襲われたらしいことを繰り返した。 「どこでの話なんだ?」 「東門付近で襲われたと聞いた」 「えっ?」  背の低い男が素っ頓狂な声をあげた。 「俺は南門って聞いたぞ」  カインは思わず口にした。 「ユートピア教か?」 「いや、ユートピア教はクダヒに撤退したはずだろう」  兵の、背の高いほうが答えると、低いほうも相づちを打った。「だからみんな出払っちまってるんだよな」  カインは二人に礼を述べ、その場を離れた。夕方、道場からの帰り道でこの話を皆に伝えた。 「あっしもその話を聞いたでやんす」  ロッツが言った。 「ギルドで調べてきましょうか?」  そうしてくれと、ヴァイオラたちから頼まれ、ロッツは一人で盗賊ギルドへ向かった。  「青龍」亭へ戻ったあと、Gを中心に「赤竜」亭へ情報を探りに行くというので、ヴァイオラは一人で部屋に残った。皆がすっかり出ていったのを確認してから、最近大活躍のコミュニケーションスクロールを取り出して書き込んだ。 《下々ではハイブ出現の噂あり》  返事はすぐには来なかった。ロウニリス司祭も多忙なのだろう。  スクロールをしまって、彼女は宿の一階に降りた。「青龍」亭の宿の主人を捕まえ、酒の仕入れ先を教えてもらったあとで、それとなく最近の噂話を聞き出した。 「この間、パープルワームが出たけど、ハイブは出たって話はないの?」 「ハイブはクダヒだろう」  宿の親父は破鐘のような声で言った。 「クダヒでのハイブ騒動はでっかいらしいからな」  ヴァイオラはそれを聞いて、ちょっと心を痛めたが、続けて他にもいろいろと聞き出した。親父の話からわかったのは、スカルシ村に対する威嚇行動はまだ続いているであるとか、この間のパープルワーム騒動では40〜50人の死者が出たとか、中央(アステア)広場はめちゃくちゃで市内もあちこち穴だらけであるといったことだった。 「この間の騒ぎは、カノカンナの女領主がやったんじゃないかって噂だ」  これ以上の情報はなさそうだと判断して、ヴァイオラは親父に礼を言って離れた。そこへ、向こうのテーブルからティバートが近づいてきた。 「君も聞いたのか?」  聞いたかとは、ハイブの話のことらしかった。ティバートは続けた。 「実は俺も聞いたんだ。それで今、ヴォーリィに調べてもらっている」  ヴァイオラは、自分のところもシーフに調べさせているのだと答えた。 「せっかく全部退治したと思ったのに、うんざりだな。ああいうユートピア教みたいなのがいるから、異端審問会なんて面倒なのが出張ってくるんだ」  心底うんざりしたように言うティバートに、ヴァイオラは、 「あれ、元のユートピア教じゃないけどね」  ティバートは怪訝な顔をしてヴァイオラを見た。 「本当のユートピア教は、元の教祖と信者とあわせて三人しかいないって」 「よくそんなことを知ってるな」 「うん、本人に会ったから」  ヴァイオラがそう言うと、ティバートは「面白いことを聞いた」と口にした。 「一応、彼らの名誉のために言っておくと、そういうわけだから」 「敵は、ユートピア教を名乗る別な奴らってことか」  ティバートはヴァイオラの言葉を信じたようだった。  「赤竜」亭に入ると、一番奥にバーナードたちのパーティがいるのが見えた。Gは彼らに近づいて行き、ハイブの話を知らないか、ジャロスに尋ねた。ジャロスが彼らの中で一番ものを喋りそうだったからだ。 「ハイブのことは聞いてないな。そういえば、昨日は大変だったんだって?」  ジャロスの言い様はまるで他人事のようだった。それからGをじっと見つめたかと思うと、「最近、輝いてるな」と言った。 「お前の頭もな」  Gはジャロスに応えてやった。確かに、ジャロスの頭は美々しい金髪で見事に輝いていた。  Gたちは他の客や宿の親父に話を聞いたりもしたが、やはりハイブの話題はないようだった。あまり収穫のないまま、「青龍」亭へ帰った。  この日、ロッツは夜になっても帰ってこなかった。  6月5日。  朝になって、ロッツが帰ってきた。ティバートのパーティの盗賊、ヴォーリィも一緒だった。 「でっかい情報が入りやした。確定情報をつかむのに今までかかっちまいまして」  ロッツはそう前置きして、得てきた情報を皆に話しだした。 「ハイブが出たのは本当のようです。ハイブコアは4つあります」 「まさかパープルワームの出てきたとこじゃないでしょうね」  すかさずヴァイオラが割って入った。ロッツは肯いて続けた。 「その、パープルワームが出た位置らしいです。王宮では近々、冒険者を雇ってハイブを退治させるという話でした」 「だれがトップ?」  またしてもヴァイオラの問いに、「国王様です」とロッツは答えた。  向こうでは、ヴォーリィが同じことを仲間のティバートたちに説明しているようだった。  夕刻、道場から宿へ戻ってくると、ガウアーたちのテーブルにトールの顔が欠けていた。トールも同じようにハイブの話題を調べに行ったのだろうと、ヴァイオラが考えているところへ、ガウアーとルーウィンリークがやってきた。 「ハイブコアがどうとかって話を聞いたか?」 「う〜ん、なんか4つあるみたい」  ヴァイオラは答えて言った。 「そういう情報だけは早いな」 「うちはハイブで食ってるようなもんだから」 「なぜ昨日話してくれなかったんだ?」  ヴァイオラは肩をすくめて、 「今朝わかったの。そのうち打診がくるでしょ」  ルーウィンリークが顔をしかめるのが見えた。 「私たちは今日で戦闘技能訓練が終わったところなんだ。妙なことに巻き込まれるのは……」 「いいんじゃないか」  ガウアーは明るくルーウィンリークを遮った。 「俺らの街にフィルシム軍が来て、ハイブを退治してくれてるんだから」 「まだどうなるかはわからないけど」  ヴァイオラは二人に向かって言った。 「ここらにいる冒険者には声がかかるでしょ。そのときはがんばろうね」 「おう」  夜、だれもいないのを見計らってヴァイオラはスクロールを開いた。やはり、というべきか、返事が書かれていた。 《明日、正式な依頼がいくが、ハイブコア退治を依頼する。報酬は一人一万gp。返事は明日、使者にするように》  この日、セリフィアは10フィートソードのウェポンマスタリーを修了した。指南役のスカルシ=ハルシアは、前回同様、淡泊に終わりを告げるといずこかへ去っていった。 5■王宮からの招待  6月6日。  朝から、「青龍」亭は使者を迎えた。使者は入り口から動かずにエリオットやガウアーらを見渡して告げた。 「あなたがたにハイブコアの退治を依頼したい」 「話を聞く分には構いませんが」 と、答えたのはガウアーだった。それに続けてティバートが、 「残念だが、我々は戦闘技能訓練があと1日残っている」  使者はそれも調査済みとでもいうように、「今日の夕方、王城までいらしていただきたい」と慇懃に述べた。 「ここでは話ができないから、正式な依頼の話は王城で、ということ?」  ヴァイオラの問いに使者は答えた。 「詳しい話は王城にてお願いいたします。私もあまり詳しくは聞かされていないのです。ただ急を要するということですので、夕方にはいらしていただきませんと」  おおむね了承を取り付けたところで、Gが使者に尋ねた。 「『赤竜』亭にも冒険者がいるが、声は掛けたのか?」  Gはバーナードたちのことを考えて訊いたのだった。使者は彼女に丁寧に答えた。 「話はしましたが、訓練期間中であることを理由に断られました」  Gは毛を逆立てた。ぼそりと、「殺っていいか?」  ヴァイオラは「いや」と制止した。「まだ泳がせておけ」  夕刻より少し早い時間、一人だけ昨日のうちに訓練が終わってしまったセリフィアが、外からみんなのいる道場を眺めていると、いきなり背後から身体のラインをなぞられた。ぞっとして振り向いた先には、マーク=コーウェンが立っていた。今日のマーク=コーウェンことマコちゃんは、冒険者風の装いだった。 「今日、帰ることになったので、お話ししようと思って」  マコちゃんは可愛らしくセリフィアを覗き込むようにして言った。 「伺いたいことがあります」  セリフィアはマコちゃんに尋ねた。 「シルヴァ=ノースブラド卿について教えてください」  マコちゃんは、シッと指を口に当てた。 「ここじゃなんだから、だれにも話を聞かれない場所へ行きましょうか」  そう言って、マコちゃんが指定したのは連れ込み宿だった。 「他にしましょうよ」 「え〜、マコちゃん、そんな悪いことしようと思ってるわけじゃないしぃー」  他に安全な場所がないと言われて、セリフィアは渋々あとについて入った。  部屋で二人きりになったところで、彼はいきなり切り込んだ。 「ハイブ召還の犯人はシルヴァ卿だったのか?」 「違うわよ」  マコちゃんは事も無げに否定した。それを聞いてセリフィアの表情がゆるんだ。 「であればGが苦しむ必要はないんですね」 「そうね。でもそれを信じてくれるひとがどれだけいるかしら?」  マコちゃんの問いにセリフィアはきっぱりと答えた。「俺が信じれば十分です」  それから彼はまた尋ねた。 「シルヴァ卿は自ら死を選ばれた。それは何故ですか?」 「知らないわよ」  今度もマコちゃんはあっさり答えた。 「わかりました。ありがとうございました」  セリフィアは頭を下げた。それを見ながらマコちゃんは、ベッドに腰掛けたまま頬を上気させて、「時間もあるし、マコちゃん……」言いながら目を瞑り、口づけを待つように下あごを突きだした。 「仲間のところへ戻ります」  マコちゃんの一切合財を無視して、セリフィアは情報提供者にそれ以上の視線をくれることなく、部屋を出て扉をばたんと閉めた。  夕方、訓練を終えて戻ってきた一同を急かすように、宿の前に四台の馬車が停まっていた。フィルシム王家の紋章が刻まれている。四組はそれぞれ一台ずつに分乗して王宮へ向かった。  まずは応接室へ通され、簡単なお茶とお菓子を振る舞われた。その後少しして中年の騎士が現れ、いよいよ謁見の間に通された。他の三組も全員一緒だった。  謁見の間の奥にはうら若い青年が座っていた。現国王の4人の子どものうち次期国王と噂される末子、ヴァイロ=リーヴェンだろう。 「お急ぎのところご足労であった」  青年はゆったりと口を開いた。 「国王陛下が不在のため、今回の件はすべて私、ヴァイロ=リーヴェンに任されることになった。集まってもらった目的は他でもない、フィルシム市内に現れたハイブコアの殲滅だ」 「ちょっと待ってくれ。この人数だけなのか!?」  Gが驚いたように声をあげた。 「今回の件で集まったのは、これらの冒険者だけだ」  ヴァイロ王子は当たり前のように言ってのけた。それから何言う暇も与えず、ハイブコアについて説明を始めた。 「詳しく調べた結果、ハイブコアは一つだとわかった。入り口が4つあるが、全部同じコアに繋がるらしい」  ヴァイロ王子が手を振ると、脇に控えていた魔術師4名が、幻影の呪文を用いてその入り口の映像を一同に見せた。入り口には高さ2メートル幅1メートルの鏡が立っている。 「ハイブはここから出入りしているらしい。この鏡は魔法による転送装置で、4カ所ある入り口の中は一つにつながっているところまではわかった。一カ所から入って、他の口からハイブどもに逃げられるとまずいので、一カ所に一つのグループを配置し、中へ向かって駆逐して行ってほしい」  ただでさえ厄介な相手なのに、これっぽっちの戦力をさらに分散させようなんてどういう了見だとヴァイオラが呆れていると、Gの声が広間に響いた。 「そんなことしなくても、魔法の転送装置を壊せばいいじゃないか」 「今の技術では壊せないのだ」 「我々は断ることもできるが……」  ヴァイロ王子は澄ました顔で「早急に他の手段を考える」と答えた。Gは仰天した声をあげた。 「他の手段を考えてないのか!?」  ヴァイロ王子は、それに対して微笑しながら答えた。 「だが、ここに集まってもらった方々には引き受けてもらえると信じている」  一瞬、沈黙が降りたあとで、再びGが口を開いた。 「王様は参加しないのか?」 「陛下は別件でお忙しい」 「ディーン君、いないのか」  Gが国王の名を呼び捨てにしたことに眉をひそめながら、王子は「クダヒに行っている」と答えた。 「このハイブコアはいつできたものなんですか」  カインが尋ねた。続けてGも、「中の構造は?」と問いかけた。 「それは、わからない」 「では、なぜ中でつながっていると?」  セリフィアの質問に、王子はコミューン〔霊感〕の呪文で神に伺いを立てたのだと答えた。  ヴァイオラもとうとう口を開いた。 「魔法の武器なり何なりの貸与がなければとても無理ですが、それはお願いできるのですか」  そこへGが割って入った。 「…パケットさんは?」  パケット=リーヴェンは現国王妃である。王子は母親までも呼び捨てにされたことで、Gへの猜疑を強めたようだった。Gの問いには答えず、 「君は何者だ?」 「ジーさん、君は黙りなさい」  間髪を入れず、ヴァイオラが制した。とりなすように、 「まあ、私たちも冒険してきてますから、情報というものはそれなりに手にしていますので」  王子は少し黙ったあとで、「いいだろう。魔法のアイテムの貸与は考える」と言った。 「アイテムもですが、バグリペラントポーションはいただけないのですか」 「虫除け薬はない。在庫がなくてな。原料不足で、昨今ではただでさえ流通に乗らないのだが、この間出回った数本はだれかにあっという間に買い占められてしまった」  王子の言葉を聞きながら、ヴァイオラは、その数本が先日パシエンス修道院院長からもらったものに相違ないと見当をつけた。 「受けた場合の報酬は?」  ヴァイオラは、ロウニリス大司祭代理からの連絡で報酬が一万gpであることはすでに知っていたが、改めて問い直した。ヴァイロ王子は予想通りの答えを返してきた。 「一人一万gpを用意してある」 「前金で五千gp、成功報酬でそれに一万gpを後払いというのは?」  ヴァイロ王子はヴァイオラの提案を承諾した。 「では受けます」  ヴァイオラはそう告げた。  他の組は三者三様だった。ティバートはヴァイオラに続けて、「国の大事ですし、受けさせていただきましょう」と述べた。彼の仲間たちは、うち揃って「彼の決断なら当然」という表情をしており、動揺の欠片も見られなかった。  エリオットは、ちらちらとGを見ながら、王子に告げた。 「友好国ガラナークとしては貴国の窮状を見過ごすことはできません。受けましょう」  その後ろではダルヴァッシュが「よくぞ言った」という顔をし、アルバンは「やっぱりな」という表情で、アナスターシャは無言無表情のまま、ギルティだけが「本気ですかーっ」という驚愕と困惑とを顕わにしていた。 「少しお待ちください」  ガウアーがそう言うのが耳に入った。彼は後ろを向いて仲間らに「どうしたい?」と尋ねた。真っ先にルーウィンリークが「あなたの好きなように」と答え、リーンティアも「やりましょう。これぐらいの試練は必要です」と肯いた。テラルは不安そうにしていたが「決定には従うよ」と言い、トールが最後に「やらないわけにはいかないだろ」と締めた。  ガウアーは「みんな、ありがとう」と言ったあとで玉座に向き直り、「ではやらせていただきます」と返事をした。  ヴァイロ王子は満足そうに肯いた。 「今日はもう遅いので、出発は……出発の日取りは、相談して決めてくれ。ただし急いでな」  言い捨てて退出しようとする王子に追いすがり、ヴァイオラは各グループ間で連絡の取れるようなアイテムを貸してほしいと頼んだ。だが、 「通信連絡用のアイテムは、残念ながら、ない。コミュニケーションスクロールがフィルシム神殿にあるはずだが、先に問い合わせたところ、すでに使われているようだ」  それは私が持っているから、と、ヴァイオラは心の中で思った。 「魔法の物品はすぐに用意させる。四組で相談して分配してくれ」  ヴァイロ王子は今度こそ退出した。その後、ヴァイオラたちは別室に通され、アイテムの貸与を受けたが、あまりめぼしいものはなかった。 (これならスルフト村のほうがまだよかった)  ヴァイオラたちは密かに思った。そうは言っても仕方ないので、四組で適当に分けたところ、以下のようになった。 ・プロテクションリング+1×4…各組一つずつ ・ホールディングバッグ×1  …ヴァイオラ ・シールド+2×1      …エリオット ・シールド+1×4      …各組一つずつ ・プレートメイル+1×2   …ガウアー、ヴァイオラ ・レザーアーマー+1×1   …ティバート ・ツーハンドソード+1×1  …ティバート ・ノーマルソード+1×2   …ガウアー、エリオット  四組で相談して明朝の出発を取り決めた。北をティバート、東をガウアー、西をエリオット、そして南をヴァイオラたちが受け持つことにした。全員、再び馬車に分乗して王宮をあとにした。 「国庫は空っぽだったろ? あんなもんだ」  ヴァイオラの話を聞くなり、トーラファンは言った。ヴァイオラは、「すごいですね。スルフト村より貧乏だなんて」とあけすけに言った。 「領主のほうが国より裕福な時代だからな」  そう言ったあとで、トーラファンは「で、用向きは?」と尋ねてきた。  ヴァイオラたちは、前金を使って、トーラファンのところで有用なアイテムを購入することにしたのだった。何がいくらで手に入るかをトーラファンに尋ね、成功報酬も含めて9万gpまで買い物していいと言われた。  あれこれ試算して、まず、今あるツーハンドソード+1を一万gpで下取りに出すことにした。それから、バーディヒ+1を一万八千gpで、プロテクションリング+1をやはり単価一万八千gpで二個、ツーハンドソード+1vsバグ+3を二万七千gpで、そしてヒロイズムポーションを単価900gpで4つ買い入れることに決めた。  トーラファンは、「明日の朝までに何とか揃えよう」と約束してくれた。朝、南の入り口へ向かう途中で立ち寄ることにした。  ヴァイオラとセリフィア、カインがトーラファンの館の中で買い物している間、Gとラクリマは門前で過ごしていた。ラクリマは、Gが館内に入りたくないというので一緒に外で待っていたのだ。しばらく雑談したあとで、彼女は言った。 「こうやって話をするの、なんだか久しぶりですね」 「そうだな。……ラクリマさん、ラクリマさんも先に入っていいんだぞ?」 「だってそうしたらGさんが一人になっちゃうじゃないですか」 「私は大丈夫だ。ここにゴーレムもいるしな」  Gはそう言って、トーラファンの門番をしているゴーレムを見上げた。 「いいですよ。私は最後にちょっと院長様にご挨拶できればいいだけなんですから。……それともセリフィアさんに残ってもらったほうがよかったですか?」 「そんなことはないが。それに、セリフィアさんは自分が買い物したかったんじゃないかな」 「そうですね」  ラクリマは館の明かりを見渡して、 「きっと皆さん、もうすぐ出てきますよ。私と一緒で嫌じゃなかったら、もう少しこうしてましょうよ」 「嫌じゃない。……でも、カインが睨むからなぁ」 「え?」 「最近、ラクリマさんと話そうとすると、カインが睨むんだ」 「カインさんが…? どうして?」 「わからん。でもとにかく不機嫌そうに見てるんだ」 「もしかして、カインさんもGさんと一緒にお喋りしたいのかしら」  それは違うと思う、と、Gは思ったが、とりあえず否定はしなかった。 「今度、そうやって見てたら、誘ってみましょうか」 「ラクリマさんがそう言うなら」  ヴァイオラたちが買い物を終えて出てきたのは、それから30分も経ってからのことだった。入れかわりにラクリマは館内に入り、院長とサラに明日からのことを語って別れの挨拶を済ませた。何が待ち受けているかわからない、生きて帰れるかもわからなかったので、今ある財産の半分以上を修道院に預けてから、仲間のところへ戻った。  6月7日。  ハイブコアへ潜る朝がやってきた。  街の南にある、穴の一つへ向かった。  固く閉じられた入り口には「立ち入り禁止」の札。堅固そうに見えるその入り口も、よく見れば急ごしらえのようだった。その脇に直立する衛士に名を名乗ると、「お入りください」と鍵を開けて中に招き入れてくれた。  全員を入れて内側から鍵をかけ、衛士はひんやりした穴の---まるでどこか郊外の洞窟のようだ---通路を先に立って歩いていく。ほどなく奥に大きな姿見があるのが見えてきた。  この穴は、先日、パープルワームが開けた穴の一つである。その中に設置されていた鏡は、王宮で言われたとおり、精巧に作られた魔法の鏡だった。 「この鏡に触れると中に吸い込まれます。吸い込まれたひとがどうなったかはわかりません……だれも戻ってこなかったから」  吸い込まれた人間のうちに、親しい友がいたのだろうか、衛士はちょっと声を詰まらせた。彼の説明によれば、この鏡からいきなり20体ほどのハイブが現れ、死体の撤去作業をしていた兵士らの半数が、何が起こっているのかわからぬままにやられてしまったのだという。 「我々の同胞を助けてください」  衛士は身を乗り出すようにして言った。ヴァイオラは答えた。「全力を尽くす。今の私たちにはそれしか言えない」  衛士に見送られて、彼らはひとりずつ、魔法の鏡に触れていった。