[shortland VIII-08] ■SL8・第8話「エイトナイトカーニバル」■ 〜目次〜 1■関所越え 2■村の事情 3■入れかわり 4■行方不明 5■解雇 6■休日の過ごし方 7■薬草摘み 8■エイトナイトカーニバル   8−1.アカマツのもとで   8−2.中央の間   8−3.幻影の間   8−4.魅惑の間   8−5.魔法陣の間   8−6.炎の間   8−7.大地の間   8−8.不死者の間   8−9.選択の間   8−10.強化の間   8−11.クリア 9■帰途にて <主な登場人物> 【PC】 ヴァイオラ‥‥僧侶・女・20才。ファン多数。老若男女国籍を問わず。 ラクリマ‥‥僧侶・女・17才。ファン少数。なぜか老人に多い。 G‥‥戦士・女・17才。某エリオット一人でファン百人力(意味不明)。 セリフィア‥‥戦士・男・17才。ファンはまだ少数。しかも全員男とゆーのは……? カイン‥‥戦士・男・15才。隠れファン多数。全部女性のはず(隠れていて見えない)。 アルト‥‥魔法使い・男・15才。現在、一番のファンはセリフィアかも……。一寸不毛。 【NPC】 ロッツ‥‥ストリートキッドあがりの働き者の盗賊。パーティに参入、日がな駆け回る。 レスター(レスタト)‥‥僧侶・男・享年15才。故人にして未だ忘れられざるPCのくびき。 ヘルモーク‥‥セロ村在住の虎族の獣人。年齢不詳(見た目40歳代)。 ガルモート‥‥故・セロ村村長の長男。レベルアップして帰ってきたかに見えるが本質はただの乱暴者。 ブリジッタ‥‥故・セロ村村長の次女。冒険者と駆け落ちして勘当されていたが、村長候補の一人に。 ベルモート‥‥故・セロ村村長の次男。決断力0の村長候補者。 バーナード‥‥ブリジッタの夫で無口な高レベル冒険者。パーティリーダーを務める。 ジャロス‥‥バーナードのパーティのセカンドファイター。ヴァイオラの飲み友だち(別名・外付財布)。 キャスリーン婆さん‥‥セロ村在住の老婆。村唯一の薬剤師で、陰の実力者。 ガサラック‥‥スルフト村在住の若手狩人。仲間内でリーダーを務める。セロ村移住予定。 1■関所越え  3月23日の夕刻。  出し抜けにドルトン3人組が「青龍」亭に現れた。  ドルトンはつかつかとヴァイオラの前に歩み寄り、「出発は明日の朝だ」と言い放った。 「準備があるだろうから、出発時刻は一時間遅らせる」 「それはどうも」  ラッキーに知らせに行かないとな、と、思いながらヴァイオラはドルトンに愛想笑いをしてみせた。 「ドルトンさん、これなんですが」  アルトが用意してあったはちみつをドルトンに見せた。 「ほう……」  ドルトンははちみつを受け取り、眺めたり香りを嗅いでみたり味見したりしたあとで、 「これはいい。上等なはちみつだ。いったいどこで?」  アルトは笑って答えなかった。ドルトンは後ろの二人にはちみつを押しやりながら、 「まぁいい。これならお前らの護衛代の足しになりそうだ。……もっとないのか?」 「今はありません。それと、今後は現金で引き取ってほしいんですが」  ドルトンは冷ややかにアルトを見つめた。 「手数料2割はもらうぞ」  ほどなく彼らは帰っていった。  ヴァイオラはロッツを連れて、トーラファンの館へ向かった。まず、パシエンスの院長に面会し、先日ジールのために紹介状を書いてもらった礼を述べた。また、ジールが紹介先の修道院へ移ったこと、しかし双方のためにそのことはまだサラに言わないでほしいことなどを告げた。院長はいずれの話にも穏やかに耳を傾け、「そうしましょう」と約束してくれた。  部屋にラクリマがいないようなので、ヴァイオラは「ラッキー」と呼びながら廊下を探して歩いた。  少しして、階段から降りてくるラクリマを見つけた。 「ラッキー」 「ヴァイオラさん? どうしたんですか、こんな夜に?」  訝しげに寄ってきたラクリマに、ヴァイオラは明朝が出発になったことを告げた。ラクリマは少し驚いたようだったが、 「わかりました。じゃあ、薬草を仕入れてからみなさんのところへ行きます」 と、言った。  明けて3月24日。  昨夜言ったとおりに薬草を仕入れてきたラクリマを加え、ガサラックたちと一緒に、一同は街の大門へ向かった。ドルトンたちはすでに到着し、馬車の積み荷の確認に余念がなかった。 「あっ! あの剣は!」 と、若鳥のような声があがったかと思うと、向こうから「セリフィアさーん!!」と、若者たちがセリフィア目掛けて駆け寄ってきた。だれかと思えば、以前、臨時雇いの夜警で一緒になった駆け出し冒険者のグルバディたちだった。 「グルバディ? どうしてここに?」 「名前を覚えてくれたんですねっ!」 「いや、そうじゃなくて……」 「相変わらずすごい剣ですね〜、また振ってみせてくださいよ」 「こんなところで……」 (……よくよく男に好かれるコだな)  セリフィアが若者数名にじゃれつかれている様子を見て思いながら、ヴァイオラはドルトンに声をかけた。 「あの若い冒険者たちは?」 「セロ村のほうで1レベル冒険者の募集があったんだ。彼らも一緒に行く」 「ああ……」  ドルトンの答えを聞いて、ヴァイオラはどうやらガルモートが自分たちを解雇しようとしているらしいと、即座に見積もった。  隊商はそれだけではなかった。  一台の馬車の後ろに、30代前半の片眼鏡をかけた男が腰掛け、書物を読んでいた。 「あちらは執政官の方ですか?」  ヴァイオラはまたドルトンに尋ねた。 「そうだ。フィルシムからセロ村へ行かれるヴァルバモルト=ヴァンレーリン様だ。失礼のないようにな」 「ではあっちは?」  ヴァイオラはまた別な方角を指した。あんまりお近づきになりたくない、見るからにごろつき風の目つきの悪い男たちが4名、こちらを眇めながら立っている。 「あれか。セロ村からフィルシムに猟師の募集があってな。それに応募してきた人間だ」  それじゃガサラックたちの立場はどうなるんだ、と、ヴァイオラは怒鳴りそうになったが、ドルトン相手に怒っても仕方ないのでそのまま呑み込んだ。それにしても……思ったよりずっと酷い。ガルモートは勝手なことばかりしているようだ。自分たちの一方的な解雇といい(まだ推測だが今夜の酒を賭けたっていい)、セロ村の合議制が機能していないのはどういうことか。  4人の男たちの中から、リーダーらしい一人がこちらへやってくるのが見えた。男は二人に会釈し、ドルトンに「このひとは?」と直裁に訊いた。 「こちらはセロ村によくくる冒険者で、ヴァイオラさんだ。お前らの命を守ってくれるひとだから、粗相のないようにな」  ドルトンに言われて、男は興味深げな、それでいて心の奥底まで見通すような鋭い視線をヴァイオラに投げた。  その後、急に愛想笑いを浮かべて---心の底から笑っているとは到底思えなかったが---もみ手をしながら、 「メーヴォル=ラルホルリッツです。よろしくお願いしますね」 と、ひどく軽薄な感じで挨拶をしてきた。変な話だが、わざと軽薄なように印象づけようとしたかのようだ。  ヴァイオラは握手もせず、軽く会釈するだけに留めた。相手はその行為に、「ひどいなぁ、もう」と口にはしたものの、気には留めていないようだった。  どうみたって彼らは街のごろつきだ。やさぐれているし、レザーアーマーもアローも持っていないから、猟の経験もなさそうだ。食い詰めて、話に飛びついた口ではないのか。あるいはガルモートの息がかかった人間なのかも……?  暗澹たる前途への思いを断ち切るように、ヴァイオラは執政官に挨拶に行った。 「はじめまして。セロ村までご一緒するヴァイオラです。よろしくお願いします」  丁寧に言って頭を下げた。相手は書物をぱたりと閉じると、片眼鏡をキュッとあげて「こちらこそよろしくお願いします」と、丁寧に返してきた。人品卑しからずといった感じで、ヴァイオラは少し安堵した。 「あっ!」  向こうでグルバディのパーティのシーフが素っ頓狂な声をあげた。 「ロッツのアニキ! ロッツのアニキじゃないですか! 無事だったんですか!?」  シャバクという名のそのシーフは、そう叫びながらロッツに迫った。 「あ? あ、いや、あっしはいつも無事ですよ。はっはっは」  ロッツは少々乾いた笑いを振りまいた。 「おい、もう出るぞ」  ゴズトンの不機嫌そうな声で、皆、荷馬車の前後について歩き出した。  夜、夜間警備の順番を決めた。  第一直にヴァイオラ、アルト、ロッツ、第二直にセリフィアとカイン、第三直にラクリマとGが当たることになった。  セリフィアが二直と聞いて、グルバディは自分も二直をやりたがったが、同じパーティの女魔法使いベルテが「グルバディと一緒じゃなきゃイヤ」と駄々をこねるので、二直はしぶしぶセカンドファイターのウォゼーとシーフのシャバクに任せ、自分はベルテと三直に回った。女僧侶のダーレアとサードファイターのケウィナーが、向こうのパーティの一直だった。  夜営に入る前、ヴァイオラはガサラックに、 「あちらが執政官様だから、よしみを通じておくように」 と、アドバイスに行った。ガサラックは「わかった」と言いつつ、「それより、向こうのほうが気になるんだが」と、メーヴォルたちをちらりと見た。  ヴァイオラはドルトンに聞いたことをガサラックにも伝えたあとで、「確かに、あれはまずいね。ただのごろつきだ」と口にした。ガサラックはそれ以上何も言わなかった。  一直めの夜営中、ヴァイオラはアルトに向かって言った。 「アルト、これから日記を書きなさい」 「日記!?」  さすがのアルトも目を丸くした。どこからそんな話が出てきたのか、皆目見当がつかなかった。 「そう、日記」  ヴァイオラは噛んで含めるように繰り返した。 「自分が思ったこと、何が好きか、昔どんなことがあったか、何でもいいから、アルトの思ったことを毎日書くの」 「……わかりました」  アルトは素直に提案を受け入れた。「提案」というにはやや強制力が働いていたようではあるが。  ヴァイオラの思惑は、そうやってアルトとしての思いを毎日書き記すことで、アルトの人格が明瞭なままでいればいいというところにあった。クロム=ロンダートを目覚めさせてはならない。  焚き火の向こうでは、ケウィナーとダーレアが話をしていた。男のほうの声が頼りなげに言うのが聞こえた。 「も、もう、街から一日以上離れちまったよ……!」 「当たり前でしょ! 私たちは冒険者になるのよ!?」  あきれた、と、いうように女性の声が相手を叱咤した。 「………」 「………」  ヴァイオラはアルトと顔を見合わせた。 (大丈夫かね、あの若者たち……)  そのとき、闇の向こうに何かの気配と、悪寒を感じた。 (あの…あの足音は…) 「キャリオンクロウラーだ!!」  嫌な思い出とともにその名前を思い出し、ヴァイオラは咄嗟に叫んだ。 「敵襲だ! キャリオンクロウラー4体!」  ヴァイオラはそこまで叫んで、120ヤード向こうへライトの呪文を放った。モンスターが吃驚して立ち上がったのが見えた。やはりキャリオンクロウラーだ。  アルトはすかさず小魔術(キャントリップ)の「Whistle」を使い、大きな笛の音を響かせて他の人間を起こした。  そのあとは早かった。ラクリマがブレスを唱えるのと同時に、グルバディのパーティの女魔術師ベルテがスリープを飛ばして2体を眠らせた。ロッツ、それからガサラックたちの射撃でもう一体が沈んだ。  残る一体は、あわやというところまで接近してきたが、これまたガサラックとラムイレスの射撃によってあえなく死亡した。 「向こうの2体も止めを刺してきましたから」  セリフィアとカインが戻ってきたのを見て、ヴァイオラはドルトンにそう報告した。 「ああ。では夜直を続けてくれ」  ドルトンが肯く向こうで、メーヴォルか、その仲間のだれかがつぶやいたようだった。 「けっ。いい子ぶって点数稼ぎしやがってよ」  ヴァイオラは何も言わずにその場を離れた。 (……躾の悪い子だこと)  あんなごろつきに自分がどう言われようと堪えはしないが、彼らを躾なおさなければならないベアード=ギルシェや猟師ギルドの面々が気の毒だった。  二日ほど何事もなく過ぎ、3月28日の夜になった。  同じような順番で夜直をこなしていると、二直目のセリフィアの耳に足音が聞こえた。 (何だろう? もしかしてラグナーさんに聞いた『合体する』モンスターかも!?)  モンスターの正体はわからなかったが、とにかくも小魔術(キャントリップ)を使い、先日のアルトと同じように「Whitsle」の音で皆を起こした。 「何かいるぞ」  セリフィアはそれだけ言うと、ラクリマのブレスのあとで木陰に移動した。カインはまだぐーぐーと寝ているGを軽く蹴って起こした。ヴァイオラは、同じくすやすや眠っているロッツを蹴飛ばした。アルトは静かに木陰に移動した。 「どうやらロックバブーンのようですね」  暗闇の中でアルトの声が聞こえた。声は続けた。 「8体います。距離は60ヤードくらい」  それを聞いて、全員が投射武器を構えた。ラクリマは狩人3人が起きていないのに気づき、念のために起こしに行った。  ロックバブーンは石を投げてきた。厄介な連中だ。  だが、アルトが唱えたスリープで2体が眠り、同じくベルテのスリープで4体が眠って落ちた。ラクリマがガサラックとラムイレスを起こしたころには、ヴァイオラのボーラと、Gとシャバクの弓矢で片がついていた。  戦士たちは暗い森に分け入り、眠ったサルとボーラの絡まったサルにも止めを刺した。  3月29日。  昼間、ネズミの大群が道を駆け抜けるのに出会った。  夜、例の場所に来た。ロビィの荷馬車はますます風化したようだった。嘆きの痕まで風化しそうだ。だがそうはするまい。  ヴァイオラはツェーレンに酒を供えた。グルバディらもセリフィアから説明を受け、神妙な顔で祈りを捧げたようだった。ドルトンたちもこの場では大人しかった。  3月30日。  セロ村まであと3日となった。  昼間、街道のど真ん中に大きな建造物が見えてきた。木で編んだ柵だ。いや、柵というよりも砦に近い。その前に巨大な狼が2体、いる。 「わっ、せこい!!」  ヴァイオラは思わず叫んでいた。  予想どおり、そこは狼族の関所だった。いったい建設にどれだけの労力を費やしたのか。ヴァイオラは思った。 (こんなことする力があるなら、自分たちの問題を何とかしたら?)  柵の真ん中には簡単な門がつけられていた。その上に立っている男が、一行に向かって呼ばわった。 「私はジュダ! ここを通る者には、一人5gpの通行料を支払ってもらう。払わなければ我々の餌になってもらう」  一同は呆れてモノも言えなかった。中でも、同じ獣人であるGは心から怒りを覚えていた。 (誇り高い獣人族が人間の真似事とは情けない!)  それも長所を真似するならともかく、短所の卑しい部分を真似するなんて……。 「どうする?」  一同は顔を見合わせた。  ヴァイオラはまずドルトンにどうするつもりか意向を尋ねた。ドルトンは、払うつもりだと答えた。 「あの若い冒険者たちと、フィルシムからの猟師希望者たちの分までは私が支払う。だがお前たちの分まではもてない。自分で支払ってくれ」  ドルトンは突っけんどんに言った。  ヴァイオラは仲間の元に戻り、払うかどうするか相談した。ここで奴らに戦いを仕掛けてもいいが、何しろ今は大人数だし、荷物もある。それに、と、ヴァイオラは思った。 (これが獣人対人間の争いの引き金になったら困る)  ガサラックが困ったように言う声が耳に入った。 「5gpなんて大金、俺たちにはとても支払えない」 「君たちの分は私たちが支払っておく。猟師ギルド宛の貸しにしておくよ」  ヴァイオラはそう言ってガサラックたちを安心させた。 「払うのか? 賢明だな」  狼族の獣人は蔑むように一同を見渡した。だれも何も答えず、ただ黙々と門を通り抜けた。 「あいつだ」 と、いきなりセリフィアが、門の後方に控えるダイアウルフたちの一体を指して言った。 「ガーウくん?」  ヴァイオラが呼びかけると、そのダイアウルフはビクッと身をすくめたようだった。あまりに怯えた様子をしているので、「今日のところは見逃しておいてあげるよ」と言って通過した。  Gはガーウのことをちょっと気に入っていたので、敵対せずに済んで安心した。怒りを鎮めて考えるうち、(虎族はいないし、いっそ、狼族がセロ村に越してきて長所を交換しつつ一緒に生活できたらいいのに……)と思うようになった。だがこの考えはだれにも話さなかった。  それにしても……こんな高額な関税がかかるようでは、セロ村に隊商が来てくれなくなってしまう。何か手を打たなければならないだろう。  この日の夜から、新月期に入った。鬱期の到来である。  Gもセリフィアもむっつりとして、ほとんど喋らなくなった。このあと村へ着くまで、モンスターに襲われなかったのは有難いことだった。  4月1日。  この日は年に一度の夜日(よるび)だった。一日中、太陽も月もその姿を見せず、暗闇の中で過ごさなければならない日である。女神エオリスの恩恵がない日と見なされているため、ショートランドの人間には忌み嫌われる日であった。  移動は、魔法と松明の灯りを両用して行われた。葬儀の行列のように、一行は闇を縫って黙々と進んだ。  朝と晩には祈りを捧げる時間を取った。信心深くないドルトンですら、この日ばかりは香木を焚き、きちんとお祈りをした。 2■村の事情  4月2日、夕刻。  隊商はセロ村に到着した。  門では、ガルモートのパーティのセカンドファイター、グレーヴスが警備に当たっていた。ちょうどそこへ「交替だぞ」とスマックがやってきた。 「おう、お前ら、久しぶりだな」  スマックが声をかけてきたのと同時に、川原のほうから歌声が聞こえてきた。リールだった。    双つの神の御子達よ    何を求めて何処を彷徨う    崇高なる信念を持つ者よ    数奇なる運命を持ちたる神の子よ    強大なる魔力を持ちたる魔国の者よ    凶運を持って生まれし神国の忌み子よ    光と闇の二つの心を持って生まれし古の者よ    誇り高き神の眼を持って生まれし『審判』の子よ    何を見てどう選択する    全ては神の御心のままに    全ては生の為すがままに  歌い終わると同時に、リールはぱたりとその場に倒れた。 「リールさん?」  ラクリマが駆けていった。他は、いつものように寝てしまったのだろうと思っていたが、ラクリマが戻ってこないところをみると、様子が違うらしい。 「どうしたんだ、ラクリマさん」  Gは入村の手続きを他の面々に任せて、ラクリマのほうへ寄っていった。 「なんだか、ひどい疲労状態なんです」  ラクリマはそう答えながら、リールにそっと治癒の呪文を唱えた。リールの額から汗がひき、安らかな寝息が聞こえるようになった。 「このままだれかにキャスリーンお婆さんの家まで運んでもらわないと……」 「私がやろう」  Gはリールを背負い上げた。  向こうの様子からリールが本当に倒れているらしいことがわかって、ヴァイオラは、 (神の声を代理で告げたので、消耗しちゃったんだな……。それにしても、まるで名指しされたような歌だったな) と、思った。  入村の手続きが全員終わったところで、ヴァイオラはガサラックたちに「村長の館へ行くので一緒に来てください」と声をかけた。柄の悪い4人組は、スマックと交替したグレーヴスが村長宅まで連れて行きそうな気配だったし、自分たちとは関わりがないので放っておいた。グルバディたちは、初めてということでスマックから村の規約を渡され、目を通していた。  Gとラクリマはリールを送ってキャスリーンの家へ向かうことになり、あとの4人は先に「森の女神」亭に入って待っていることになった。  久方ぶりのセロ村に一同は足を踏み入れた。  途端に、アルトの動きが止まった。 (なんだ、この魔力は……)  アルト---いや、アルトの中でもう一人が、むくりと頭をもたげたようだった。『彼』は正面をじっと見据えた。視線の先には村長の屋敷があった。『彼』はさらにその下方へ目を移した。 (どこかから魔力を感じる。どこだ……地下……か……?)  1分にも満たない時間だったが、ヴァイオラとカインは早々と異変に気づいた。カインは咄嗟に指輪を確認した。まだ白かった。  全然動こうとしないアルトを見て、ラクリマもおかしいと感じたらしかった。彼女はアルトに近寄って、「具合が悪いんですか?」と様子を診た。が、とりたてて悪いところはないようで、ますます首を傾げた。 「おい、アルト、行くぞ」  セリフィアは素知らぬ顔でアルトに声をかけた。それでも、知らず、きつめの物言いになっていた。  アルトはハッと我に返った。気弱そうに、両目がおろおろと泳いだ。ヴァイオラは内心ホッとした。だが油断はできない。 「……よく目を離さないでおく」  カインが、小声で話しかけてきた。 「うん、そうして」  ヴァイオラも小声で返した。厳しい表情で、 「かなり不味い状態だ。目を離さないで」  アルトはもとのアルトに戻っていた。が、頭の裏側で彼はぼんやりと思っていた。 (そういえば、村の地下に迷宮があるんだった……)  それはアルト自身の好奇心だったのか、それとも『彼』のものだったのか、判然としないまま、彼は、地下の迷宮について今度調べてみたいと思うようになっていた。  アルトがまだ村長の家から目を離せずにいるようなのを見て、カインは静かに言った。 「アルト、とりあえず今はおとなしくしておけ。単独行動はしないようにな」 「はい」  アルトはニコニコして答えた。こうして見る限り、『彼』の気配はどこにもない、いつものアルトのようだった。  少年ならびに青年たち4人は「女神」亭に入っていった。ちょうどバーナードのパーティメンバーが夕食をとっているところだった。が、リーダーであるバーナードと、その妻ブリジッタ、その息子カーレンの姿がなかった。  ジャロスがこちらを振り向いて言った。 「なんだ、男だけか」 「他の方々だったら、もう少ししてから来ると思いますよ」  アルトは気を悪くしたふうもなく、ニコニコと答えた。それから、奥から出てきたガギーソンに挨拶して、「またお世話になります」と頭を下げた。  一同はいつものように離れの大部屋に入って、荷を下ろした。セリフィアはその足でトムの店へ行き、なぜか羊皮紙を買い求めた。  一方、リールを背負ったGとラクリマとは、キャスリーンの家の前までやってきた。 「ごめんください」  ラクリマは扉をノックした。ガチャリとドアが開いて、 「はい」  ブリジッタが戸口に現れた。 「あ。間違えました、ごめんなさい…!」  ラクリマは咄嗟に扉を閉めた。 (……あら? でもお婆さんのお家って、確かここじゃ……) 「間違ってませんよ」  ブリジッタがクスクス笑いながら、もう一度扉を開けてくれた。後ろからキャスリーンが顔をのぞかせた。 「おお、帰ってきたのかい」 「はい。あ、あの、リールさんが…あっ、ごめんなさい、ご挨拶もせずに。ただいま帰りました。それであの、さっき村の入り口で……」  戸口でラクリマとキャスリーンが言葉を交わしていると、いったん中に引っ込んだブリジッタが、バーナードとカーレンを伴って現れた。 「私たち、お邪魔でしょうから帰りますね」  3人が去ってから、Gはキャスリーンに向かって言った。 「リールが倒れたんだ。今は寝てるだけだけど。どこへ運べばいい?」 「ああ、済まないね。こっちへ…」言いながらキャスリーンはラクリマを振り返り、「あんたもあがってお行き」と家の中へ招き入れた。  リールをベッドに寝かせたあとで、キャスリーンは2人にお茶を煎れてくれた。 「バーナードさんたち、どうなさったんですか?」  ラクリマが尋ねると、キャスリーンは答えた。 「どうということもないんだよ。最近何だかよく来るんだよ。なんてことない、お喋りしかしないんだけれどね」 「そうだったんですか」 「………」  相づちを打つラクリマの傍ら、Gは黙って聞いていた。キャスリーンは続けて言った。 「おかげでずいぶんとブリジッタのことがわかったよ。バーナードはなかなかいい男だね」  Gは内心驚いたが、ここでも口はつぐんだままだった。  帰り際、ラクリマは「リールさん、さっきはひどくお疲れになってましたから、何かあったら何時でも呼んでください」と告げた。キャスリーンは暫し彼女を見つめたようだったが、 「夕方、突然出ていったからね、何かあるんじゃないかと思っていたよ。あんたたちが来るのかもしれないってね」 「私たちが……?」  ラクリマは不思議そうに聞き返した。Gは(この婆さん、どこまでわかってんだ?)と、不審に思った。  その婆さんは、ぽんぽんとラクリマを叩きながら、「無事で何よりだよ」と親しみのこもった声で言った。それ以上を語る気はなさそうだった。 「またしばらくお世話になります」  2人はキャスリーンの家をあとにした。  ヴァイオラとガサラックたちは、第二応接室に通された。 (第一応接室は執政官殿をお通ししているらしいな)  実際、ヴァイオラの予想どおり、第一応接室では執政官ヴァルバモルトがガルモートから丁重な応対を受けていた。  そんなことよりも、館に入っていくつか気になったことがあった。一つ目は、故アズベクト村長の護衛だった女戦士フェリアがいないこと、そして二つ目は、ガルモートのパーティの魔術師バグレスが書物を読みながら我が物顔で館内を歩き回っていたことである。特にバグレスが資料を読みあさっているようであるのには、穏やかでないものを感じた。  ヴァイオラはふと、先ほどのアルトの様子を思い出した。ここの地下には何かがある。バグレスも同じものを探しているのかもしれない。いずれにせよ、アルトだろうとバグレスだろうと「巻物」のことは決して知られないようにしなければならない、と、彼女は固く心に決めた。  扉が開いて、ベルモートが入ってきた。4人に簡単に挨拶しがてら、お茶を配った。相変わらず下働きのようだ。 「そういえば、フェリアさんの姿が見えないようですが」  ヴァイオラが尋ねると、ベルモートはなぜか嬉しそうな顔つきになった。 「本当は口止めされてるんですけどね」  そう言いながら彼は、喋りたくてたまらないようだった。ヴァイオラはずずーっと茶をすすった。 「フェリアさんは、契約では『村長の護衛』ということなんですが、それを強要しようとした兄を『私は村長候補の護衛ではありません』といって叱って、出ていってしまったんです」  ははぁ、ガルモートはああいうのが好みか、と、推察しながらヴァイオラは「フェリアさんも大変ですねぇ」と相づちを打った。フェリアは大変かもしれないが、他の村娘たちにとっては安全で結構なことかもしれない。  ベルモートは楽しそうに話を続けた。 「出ていったといっても、この館を、なんですけどね。村には3年間逗留してくださるそうです。まだ契約は終わっていないということで」  ベルモートはそれでも話し足りないように見えた。ヴァイオラは、ちょうどいいからと、村の近況を尋ねた。  ベルモートは、「いろいろありました」と前置きして、ハイブについて猟師ギルドとヘルモークが調査したところ、どうも村の北側が危険で、南側は安全らしいとわかったことを告げた。木こりも猟師も、今は南側でばかり仕事をしているとのことだった。  それに、と、ベルモートは言った。「今までは無償でバーナードさんが護衛についてくださいましたから、みんな無事でした。」彼は、「あのひと、強いですね!!」と、さも感動したような声を上げた。バーナードたちの村内での評価は非常に高いらしかった。 「兄もいろいろ改革しようとしてるみたいですが……」  ベルモートは言いよどんで、話題を変えた。 「カウリーさんもいい方ですね。スコルさんも立派な方ですが、あの方はガラナーク方式でなじめないところがあって……その点、カウリーさんはフィルシム方式ですし、気さくですし。あんな気さくな方だとは思いませんでした」  どうやらカウリーはセロ村でのポジションを着実に固めているらしかった。 (……厄介だな)  ヴァイオラの思惑には無頓着に、ベルモートは話を続けた。 「バグレスさんは書庫でずっと探しものをしているんです。ついでに整理もしてくださってるようですが。何があるんでしょうかね。たいしたものはないと思うんですが」  やっぱり、と、ヴァイオラは自分の危惧が的はずれでなかったことを確認した。しかし今は何をどうすることもできそうにない。 「グレーヴスさんも、レイビルさんのあとをよく務めてます。二、三人、女性に声をかけてフラレたみたいですけどね」  ベルモートはちょっと笑いながら言った。そのとき、扉が開いて、ガルモートが猟師ギルドのギルド長ベアード=ギルシェとともに入ってきた。  ガルモートは、左頬に見事なもみじの痕を残していた。フェリアに平手をくらったのだろう、だれが見ても一目でわかる鮮やかなアザだった。ヴァイオラは笑いをかみ殺した。 「ご苦労……ん? 一人減ってるな」  ガルモートはガサラックたちを見回して言った。 「スルフト村から親書を預かっております」  ヴァイオラはガルモートを素通りして、ベアードにカークランド村長からの親書を手渡した。ベアードは目を通したあとで、それをガルモートに渡した。 「……なるほど。無事に着いたのはよかった。キミもご苦労だったな」  ガルモートは偉ぶりながら言った。ヴァイオラが、 「関所があるのはご存じだと思いますが…」 と、言うと、 「知っている。だが、キミらの分はキミらで負担してくれ」 と、けんもほろろな答えを返してきた。 「我々の分は自分で負担していますが、彼らの---」ヴァイオラはガサラックたちに視線を向けた。「彼らの分を立て替えてあります。」 「むろん、それは猟師ギルドでお支払いする」  ベアードが簡潔に答えた。  ガルモートはむぅと口の中で唸ったようだった。それから気を取り直して、 「君たちの食事は『木こり』亭に用意した。護衛の金だが、支払いは明日に……明日、話があるのでもう一度来てくれ」  いよいよ解雇かと思いつつ、ヴァイオラは承諾した。 「ところで、フィルシムに猟師の募集をかけたのは、いったいどなたですか」  ヴァイオラは硬い声で、アドバイザーとしての威厳を示しながら尋ねた。 「私だ」  予想どおり、ガルモートが答えた。 「君たちが帰ってこないとまずいと思ってな」 「それは前村長の遺志にかなり反しているようですが」  ヴァイオラは冷ややかな視線をガルモートに向けた。 「合議制で決められたのなら仕方ないですね」 「………ああ、了承はとった」  やや決まり悪そうに返答するガルモートの横で、ベアードが忌々しげに「あとからだがな」と呟いたのが聞こえた。  ガルモートはゴホンゴホンと咳払いして、「とにかく、ご苦労だった。今日のところは宿でゆっくり休んでくれ」と会見をうち切った。  館を出るとき、ベアードも帰るというので、ヴァイオラは表で彼と少し立ち話をした。 「ガルモートさんを抑えるのは大変ですか」  ベアードは苦い笑いを口元に浮かべた。 「悪い奴ではないんだが……」 「そうかもしれませんが、それは為政者としては通りません」  ベアードが深いため息をつくのが聞こえた。ヴァイオラは話を変えた。 「フィルシムで募集した4人には気をつけてもらったほうがいいかもしれません。どう見てもただのゴロツキですから」 「ああ、私が直々に見るよ。まったく……こんな老人を引っ張りだしおって……」  ベアードはそう言って顔をゆがめた。目の端にうっすらと涙がにじんだようだった。 「……お察しします。何かあれば力になりますから、言ってください」  ヴァイオラは彼をなぐさめると、別れて「森の女神」亭に帰った。ガサラックたちも、新居に入るのは明日からということで、いったん「森の木こり」亭に戻った。 3■入れかわり  宿の部屋には、ロッツ以外の全員が戻っていた。グルバディのパーティのシーフも見かけないことから、2人で一緒にシーフギルドへ行ったのだろうと、ヴァイオラは気に留めなかった。グルバディ本人と、彼のパーティの女僧侶も不在のようだった。すでに村長宅で契約を交わしているのかもしれない。  ロッツはおっつけ来るだろうから、と、一同は「森の木こり」亭へ向かった。「木こり」亭では、先ほどベルモートの話に出てきた女戦士フェリアが一人で夕食を取っていた。  ヴァイオラはフェリアに挨拶した。 「あなたも大変ですね」  彼女は「それが我々スカルシの任務ですから」と返してきた。契約が解除されていない以上、後任の村長が決まるのを待って、その後ふたたび任務につくということだった。 「村長の遺言はなかったんですか」  ヴァイオラが思いついて尋ねると、フェリアは、 「次の村長に従うように言われています。しばらくは村を守るつもりです」 と、答えた。フェリアのような強者が村を守ってくれるのは、ありがたいことだった。  夕食を始めたころ、ロッツがやってきた。 「案内してきたの?」  ヴァイオラは新人シーフのことをほのめかした。ロッツは「案内するほどじゃないでしょう。すれ違いました」と答えた。  夕食後、ラクリマは教会に祈りを捧げに行った。  教会の中はひんやりとして静かだった。暗くてよくはわからなかったが、以前より丁寧に手入れされているようで、最初のころよりも室内が若返ったような印象を受けた。  ラクリマは祭壇の前で跪いた。祈りを捧げだしたところ、人の気配がして、堂内が明るくなった。 「暗い中でお祈りをされるのもなんですから」  カウリーだった。彼は燭台を手に、堂内の灯りに火を点していった。 「そんな、もったいないですから、どうぞそのままで」  ラクリマは恐縮したように立ち上がった。カウリーは微笑んで言った。 「いいえ。せっかくあなたのような信心深い方にお祈りにいらしていただいているのですし、我らが神エオリスに捧げる祈りを少しでもないがしろにしたくはないと心得ておりますから」 「……ありがとうございます」  ラクリマは素直に感謝した。それからカウリーの好意のもとで、祈りをあげた。 (フィルシムでも、セロ村でも、私は好意に支えられるばかりです。どうか、正しく振る舞えるように導きをたれたまえ)  カウリーはずっとその様子を見守っていた。祈りを終えて、ラクリマは彼に心からの感謝を述べると、宿に戻った。  ヴァイオラが酒瓶を抱えて「女神」亭の1階に入った途端、「来たか」とあちこちから声が挙がった。酒飲みどもは、皆、彼女の到来を心待ちにしていた。  ジャロスが立ち上がり、肩に手を回してきた。 「デートしようぜ」 「わたしゃみんなと飲もうかと思ったんだけど」  ヴァイオラがそう言うと、ジャロスはガットやヘイズたちのほうを向いて「みんな、借りるぜ」と宣言した。ガットたちは「え〜、あとでちゃんと返せよ」などと言いながら、承認したようだった。 (……わたしゃだれのものでもないんだけど)  ヴァイオラの思惑を余所に、ジャロスは彼女の手を取って「上がいい? 外がいい?」と聞いてきた。ヴァイオラも観念して「外にしましょう」と答えた。 「ああ、これ、土産の酒」  出る前に、ヴァイオラはスルフト村で買った酒---といっても地酒はなかったので銘柄はフィルシムのもの---を、ガットたちの前に置いた。彼らは「お、いい酒じゃないか、ありがたい」と喜んで、早速栓を抜きにかかった。 「ちゃんと私の分もとっておいてよ」  ヴァイオラは釘を差した。「わかってるって。」調子よく答える彼らを背に、2人は「女神」亭を出て河原へ向かった。途中でスマックと目があったが、スマックは「…あの2人なら夜でも大丈夫だろう」と看過することにしたらしかった。それよりも、ジャロスが「女神」亭から持ち出した酒瓶をめざとく見つけて、 「あっ、酒!」 「お前は勤務中だろ!」  ジャロスは、しっしっと手でスマックを追いやってみせた。  ジャロスとヴァイオラは月明かりに揺れる川面を見ながら、腰を下ろした。ジャロスは持ち出した杯に酒を注いでヴァイオラに勧めた。それから言った。 「君たちが戻ったから、俺たちは出ていくつもりだ」  どうして、とは聞けなかったが、ジャロスは察したように、フィルシムでウェポンマスタリーをしたいのだと言い足した。 「おかげで俺たちもずいぶん鍛えられた。今なら俺もバーナードも申請すればすぐに騎士になれるだろうな」  ジャロスの台詞を聞いて、ヴァイオラは彼らのレベルが本当に高いことを再認識した。 「ブリジッタとカーレンは置いていく。この村でやっていくってブリジッタが決めた以上、彼女は村に馴染むほうが先決だからな。あの…」  ジャロスは苦笑いとも嘲笑とも取れる笑いを浮かべた。 「猪突猛進男を止められるのもブリジッタだけだろうし」 (そうかもしれないが……本当にそうなんだろうか)  ヴァイオラはさりげなく口にした。 「ブリジッタさんもねぇ……結構悩んだんじゃないの?」 「カーレンのこともあるしな」  ジャロスは杯を飲み干した。改まった調子で、ヴァイオラに向かって言った。 「ま、そういうことだ。こういうことは中で話すのもなんだしな」 「いつ発つの?」 「ドルトンたちと一緒に」  2日後とは急な話だ。だが、これだけ高レベルの冒険者なのに、ブリジッタのことはあるとしても、ずっとこの村でただ働きをしてくれたのだ。これ以上は引き留められない。  ヴァイオラは話題を変えた。 「ハイブの被害はどうだった?」  ジャロスはベルモートと同じ答を返してきた。南側は被害があまりなく、北にいる虎族の被害が大きいらしい、と。 「そういや、狼の連中が粗相をしてるんだって?」  ジャロスは思いついたように聞いてきた。狼族の関所のことを言っているらしい。ヴァイオラは肯いて、来る途中に出会ったことを話して聞かせた。 「ドルトンたちがいなければ、やっつけたんだけどね」  そう言うと、「お前らも強くなったよなぁ」と、ジャロスは感慨深げに口にした。最後に付け足して、「最初のころに比べれば、な。」 「それは言わない約束でしょー!!」  ヴァイオラは明るくバシッとジャロスをはたいた。ジャロスはもう一言付け加えた。「ま、俺から見ればまだまだだけどな。」それから、 「お前ら、パーティ組んで何ヶ月だ?」 と、訊いてきた。 「古株は4ヶ月だけど、入れ替わりがあったからね」 「入れ替わりはあるだろ。俺たちもレイは途中で拾った。一緒にやってくはずだった魔術師が死んじまってな」  ヴァイオラはふと、Gが最初に見た夢のひとつを思い出した。バーナードのパーティのシーフ、ウィーリーの過去らしき夢……空中に浮遊するシーフが魔術師を射殺す夢……。  ジャロスは彼女の様子にお構いなく話を続け、自分とスコルとは最初から一緒だったことなどを饒舌に語った。 「あんたらの成長は目を見張るものがあるよ。さすがセロ村、って感じだな」  ジャロスは笑って言った。 「それで、今後どうするの?」 「まぁ、とりあえずはウェポンマスタリーだな。終わったら一度はここに戻るだろう。バーナードにすれば家族を置きっぱなしってわけにもいかないからな」 「大変ね。3年経たないと決まらないしねぇ」 「その前に失脚するかもしれないぜ」  本当にそう思っているのか、彼は至極楽観的な意見を述べた。ふっと真顔に戻って、 「それよりもアドバイザーの君が頑張らないと。大変だな」 と、ヴァイオラに言った。  ジャロスは腰を上げた。 「早く戻らないとさっきの酒が飲めなくなっちまう」 「もうないよ」  ヴァイオラが半分あきらめたように言うと、彼も苦笑しながら「そうだな」と認めた。 「まぁ、戻ろう。あまり遅いと下衆な勘ぐりをされるぜ」  差し出された手を掴んで立ちながら、ヴァイオラは「私は身持ちが堅いから大丈夫」と返した。 「そうか。俺はいつでも歓迎だがな」  2人が酒場に戻ると、やはりスルフト土産の酒は空になっていた。 「ああ、スマンスマン、これっぽっち残しておいてもしょうがないと思ってなぁ」  ヘルモークが、申し訳ないとはまるで思っていなさそうな口調で、一応の言い訳を述べた。ヴァイオラはちょっと彼らを睨んで、 「1本、おごってくれるんでしょうね」 「じゃあいつもの奴を」とヘルモークがいい、ヴァイオラを加えて酒盛りが再開された。 「ベルモートは少し変わったよなぁ」  ガットが言うのに、ヘイズがあとを引き取って、 「ああ、昔はただ『やらされてた』けど、今は自分から率先して雑用をやるようになったな」  でもやってることは結局「雑用」なのね、と、思いながら耳を傾けていると、 「ああやって一所懸命に走ってると、かわいいよなぁ」 「まだ頼りないけどな。だいたい村の年寄り連中はベルモートがかわいくて、若者連中は押しの強いガルモートを推しているようだ」  おや、と、思ってヴァイオラは口を挟んだ。 「ブリジッタさんは?」 「ブリジッタはなんだか自分のことで手一杯みたいだなぁ。あとはガルモートとベルモートの仲裁とか。まだ何ともわからん」 ということだった。 「カウリーさんは、前のスピットさんよりも格が上のようだね」  ヘイズの声が耳に入って、ヴァイオラは少し苦い思いにとらわれた。先刻、ベルモートと話したときにもそれは感じられた。カウリーはこの村にうまく溶けこんでしまったのだ。ガルモートのパーティの中でも、おそらく一番厄介な、はっきり言えば悪質な人間が……。 「……まぁ、格と霊格とは違うからね」  そう言って、一応押さえをきかせようとしたが、酒飲み相手に言っても仕方なかったかもしれない。 「俺はそろそろ引き上げるわ。じゃあな」  ヘルモークが立ち上がった。ヴァイオラにはそっと「あとで部屋へ行くよ」と告げてあった。酒場から出ていく彼の後ろ姿を見ながら、ヴァイオラは、 (私も、部屋に戻る前にちょっとアルコールを抜いたほうがいいな) と、思った。でなければ、酒のニオイが嫌いなセリフィアが部屋から逃げ出してしまうだろう。  少しして、ヴァイオラも「皆さん息災で何よりでした」と言って、酒場をあとにした。  出る間際に、グルバディたちが「シャバクが戻ってこない」と言い合っているのを耳にした。 (シーフの彼か……一応、探っておくかな…)  彼女は酒場から出ると、外で酒気を抜いていたヘルモークを誘ってシーフギルドへ行こうとした。 「なんだ、こっちはギルドじゃねーか。俺はイヤだよ」 「何か、帰ってこないのが一人いるみたいなんですよ」  だが、ヘルモークは「先にお前らの部屋へ行ってるよ」と言って、さっさと離れていってしまった。  ヴァイオラはシーフギルド、すなわちツェット=ゼーンの家の扉を叩いた。 「何か用かね」  ツェットの不機嫌な声が、戸の向こうから聞こえた。扉が開く気配はなかった。 「新人のシーフがこちらにご挨拶に伺ったはずですが、まだ戻らないそうです。こちらにはいないんですか」  ヴァイオラがそのようなことを尋ねると、ふたたび不機嫌そうな声がした。 「来たような気もするが、知らん。あんたに何で喋らにゃならん」  突っけんどんに言い捨て、ツェットは奥へ引っ込んでしまったらしかった。ヴァイオラは仕方なく自分たちの部屋へ戻った。 「ただいま」  ヴァイオラが部屋の扉を開けると、対面の窓からぬっとヘルモークが姿を現した。 「はっはっは、待っていたぞ!」 「………」 「………」  全員、言葉がなかった。 「……何か悪いもんでも食べたんですか?」  ヴァイオラは後ろの扉を閉めながら言った。 「いや、疲れてるだけ」  ヘルモークはため息とともに、窓から入り込んできた。酒気が漂って、セリフィアはヘルモークとヴァイオラの両方から一番遠い場所に移動した。 「お疲れのところを済みませんが、狼族の話は聞きましたか? 通行人から金を取ってますけど」  ヴァイオラが尋ねるとヘルモークは再びため息をついた。 「獣人同士のテリトリーがあるでしょうから、虎族でなんとかしてくださいよ」 「それはできない」  ヘルモークは首を横に振った。いつになく重い口振りだった。 「ハイブの被害がひどいんだ」  一同はぞっとした。戦士としての能力に長けた虎族を蹂躙するほど、ハイブの勢力が拡大しているのかと思うと、気が重かった。ヘルモークはそんな彼らに、ハイブの範囲について調査したこと、被害は北側(虎族の集落がある方角)に集中していること、彼らの巣は規模を増しているらしいことを報告した。 「……フィルシム王宮からは何の打診もないし…」  ヴァイオラが考えこみながら口にしたのを聞きつけ、ヘルモークは「それだけの力がないんだろ」と切り捨てるように言った。 「まぁ、そんなところだ。困った困った」  ヘルモークの口調は、ふたたび軽い調子に戻っていたが、本当に困っているらしいことはだれの目にも明らかだった。  ハイブの話はいったん打ち切りになって、セロ村の近況が話題になった。 「そういえば」 と、ラクリマが口を開いた。 「バーナードさんはずいぶん村に溶けこんでいるみたいですね。キャスリーンお婆さんのお家にもよくいらしてるみたい」  ラクリマ以外の人間は、それを聞いて(根回しか?)と思った。Gはヴァイオラに話しかけた。 「おお、ヴァーさん、あの婆さんはもう駄目だぞ。すっかりバーナードに怪獣……えっと、懐柔されてる。バーナードのことを『いい男』とか言ってたし、駄目だ、あれは」 「………」  ヴァイオラは黙ってGを見返した。自分も、アズベクト前村長の言葉がなければ、バーナードを危険と思うことはなかったかもしれない。あるいはジャロスが梟を飛ばしていたことを聞かされなかったら、彼らをまっとうな冒険者だと思っていたかもしれない。だがそうではないのだ。ガルモートたちも厄介だが、こちらも根が深そうでイヤだった。 「あの……?」  ラクリマが、話がよくわからないというように声を出した。Gは「いや、なんでもないんだ、ラクリマさん」とその場をごまかした。 「ああ、そうそう、私が例の話をしたからですかね、あの新人冒険者たちは?」  ヴァイオラはさりげなく話題を変えた。「例の話」とは、前回この村を発つときにヘルモークに「少し値上げしてもらえないか」と聞いたことを指していた。 「ああ、そうだ」  ヘルモークはあっさり答えた。 「君たちは明日にでもクビになると思うよ」 「えっ! クビになっちゃうんですか!?」  ラクリマは驚きの声をあげた。ヴァイオラは「やっぱり」と洩らした。 「クビになるのは構わないですけど、決定は合議制ですよね? 他の人たちも私たちのことを要らないと思っているとは思いたくないんですが」  ヴァイオラの問いに、ヘルモークは説明した。確かに、解雇の動議を出したのはガルモートである。ガルモートは「金銭面」を前面に押し出して、彼らの解雇を主張した。ガットやヘイズ、ベアード=ギルシェらは、ヴァイオラたちに好意を抱いてはいるものの、金銭的なことを持ち出されると反対できない。結局、解雇に反対する者はキャスリーン婆さんだけになり、多数決で決まったわけだった。  ヘルモーク自身は、彼らに好意を抱いているからこそ、逆に「この村に縛るべきではないのではないか」と考えた。それで解雇案を受け入れた、というのが大筋のようだった。 「じゃあ、エイトナイトカーニバルへ行かないか?」  Gは明るい声でみんなに提案しながら、何やら紙を取り出した。 「これ、地図」 「……これはもしかしてエリオットから?」  ヴァイオラの問いにGはうなずいた。ヴァイオラは微笑んでGの頭を撫でた。 「がんばったね、ジーさん」 「うん、がんばったぞ!」  Gは胸を張って応えた。  いろいろ相談したあげく、明後日からエイトナイトカーニバルの迷宮へ向かって出発することが決まった。  ヘルモークが帰ると言うので、最後にヴァイオラは「グルバディくんたち、冒険に慣れてないみたいだからちょっとやばいかも」とだけ言いさしておいた。 「生き残れるといいけどね」 「……まぁ、陰から支えておくか」  ヘルモークはそう呟いて、自分の家へ帰っていった。 4■行方不明  4月3日。  朝の5時に、ラクリマは起きだして身支度を整えた。そのまま神殿へ向かおうとしたところ、「森の女神」亭の前で若者たちがガヤガヤと話している。それも何かあせっている様子だった。 「今まで帰ってこないなんて、いくらなんでもおかしいだろ」 「わかってるよ。だからってどうするんだよ」 「……あの、どうかなさったんですか?」  ラクリマが背後から声をかけると、グルバディたちは飛び上がらんばかりに驚いた。 「あの……?」 「あ、あなたはセリフィアさんと一緒の……」  グルバディは「シャバクを見ませんでしたか?」と訊いてきた。 「シャバク…さん…?」 「シーフのやつです」 「いいえ。どうかされたんですか?」 「戻ってこないんです」  ラクリマは事情を聞いた。シャバクは昨日、ギルドへ行くと言って出ていったきり、一度も宿に戻っていない。最初はギルドで何か用事があるのだろうと思っていたが、今の今まで戻らないにいたって、これはおかしいとはっきり思うようになった。グルバディたちはファイター3人で一通り村の中を探してみたが、やはり見つからないのだという。 「断りも入れずに穴を空けるようなやつじゃないんです」  セカンドファイターのウォゼーが言った。 「それは困りましたね」  ラクリマは3人の顔を交互に見ながら言った。 「とにかく、お前ら、一度寝てこいよ。ここは俺がいるから」 「そうだな。ウォズ、あとは頼むよ」  グルバディとケウィナーはそう言って宿の中に消えていった。 「どうもお騒がせしました。何かあったら知らせてもらえますか」  ウォゼーは丁寧に頼むと、彼も宿の中で待機するつもりなのだろう、扉を開けて入っていった。 「あの……」  ラクリマがそのあとを追って「森の女神」亭の1階に入るのを、ちょうど「坊ちゃん塚」に詣ろうとして出てきたヴァイオラが目撃した。 (……?)  ヴァイオラはその場では気に留めず、川原の「坊ちゃん塚」へ石を積みに行った。  「女神」亭の中に入ったラクリマは、ウォゼーに申し出た。 「あの、ウ、ウォゼ…」 「ウォゼーです。ウォズでいいですよ」 「ウォズさんも酷いお顔ですよ。よかったら私が番をしてますから、ちょっとでも寝てきたらどうですか?」  ウォゼーはしばらく黙って考えていた。眠い頭で、ラクリマの言葉もなかなか入っていかない様子だった。それからやっと答えた。 「あと1時間くらいで女の子たちが起きてくると思うから……俺はここにいます」 「そうですか……じゃあ、せめて一緒に番をさせてください」  そういってラクリマは近くの椅子を引いた。ウォゼーはいいとも悪いとも言わなかった。眠気と戦うだけで必死みたい、と、自分にも覚えのあるラクリマは思った。  その頃、ヴァイオラは川原から部屋に戻って思い出していた。さっき、ラクリマは「女神」亭に入っていったようだったが、何をしていたのだろう。だれかを追いかけて入ったみたいだった。 「……一応様子を見ておくか」  ひとりごちたあとで、ヴァイオラは腰をあげた。 「おはよ、ラッキー。何してるの?」 「あ、ヴァイオラさん」  ラクリマはヴァイオラに朝の挨拶をしてから、シャバクが行方不明であることを説明した。ちょうど日課の歌を歌い終わったらしく、Gも階段の上から降りてきた。 「わかった。ちょっとうちのシーフにもきいてみるよ」  ヴァイオラはいったん部屋へ戻り、ロッツを起こしてギルドへ走らせた。  20分ほどして戻ってきたロッツは、 「昨日は確かにギルドへ来てます。でもすぐに帰ったっていう話ですぜ」 と、ヴァイオラだけに報告した。  ヴァイオラは「女神」亭の中のGとラクリマに「警備隊の詰め所へ行ってくるよ」と声をかけて歩き出した。  詰め所には運良くスマックがいた。ヴァイオラはシャバクのことを簡単に説明し、何か知らないか尋ねた。 「さてなぁ……ちょっと待ってくれ」  スマックはそう言って、平の警備隊員(要するにただの村人)を呼んできた。 「昨日村に来た若い連中の一人が、行方不明だそうだ。何か見かけたりしなかったか?」 「いや、別に…」と、男は興味なさそうに否定しようとしたが、「あっ」と小さく叫んだ。 「なんだ?」 「そのひとだ。門から一度出てって、戻ってません」 「なんだって!?」  彼の話によれば、若い盗賊風の男---十中八九シャバク---が昨日の夕方、門から外に出ていった。「すぐそこまでで戻る」というので放っておいたのだが、村人でもなかったし、他のことに関心が移ってそのまま忘れてしまったというのだ。 「ちゃんと報告しなきゃだめだろ!」  スマックはやや声を荒げた。 「すみません、でも本当にすぐ戻る様子だったんですよ」  男は情けない声で弁明した。 「どこへ行くか、何も言ってなかった?」  ヴァイオラが口を挟んだ。 「え……あ、川原です。そこの川原までって、言ったと思います」 「川原へ何しに行くかは言ってなかった?」 「さぁそこまでは……でも何だか人と会うような感じでしたよ」  ヴァイオラは礼を言って詰め所を出た。スマックは「そいつが戻ってきたらすぐ知らせるからよ」と彼女の背中に声をかけた。  「女神」亭の扉を開けると、ラクリマが「いました?」と訊いてきた。ヴァイオラはそれには答えず、ウォゼーのほうを向いて黙って立った。 「…あまりよくない知らせですね?」  ウォゼーはヴァイオラをじっと見て言った。 「……シーフの彼って、一人歩きする癖とかある?」 「仕事でならありますが」  ヴァイオラはまだ立ったまま、ウォゼーに言った。 「昨日、一人で門から出ていったって話だよ」 「馬鹿な!」  ウォゼーは思わず叫んだ。 「一人で村の外へ出るような奴じゃないんだ! この村が危険なことは、俺とダーレアでさんざん言い聞かせたんだから! あいつがわかってないわけないんだ!」  ウォゼーは完璧に動揺したようだった。 「だれかに呼び出されたのかもしれない」  ヴァイオラがそう言ったのを継いで、ラクリマが「彼を呼び出しそうなひとは、だれか心当たりあります?」と訊くと、ウォゼーは怒鳴り返した。 「見当がつきませんよ、そんなもの!!」  ヴァイオラはとうとう決心した。 「ちょっと探しに行ってみよう」  他人のことだし放っておこうかとも思ったのだが、ただ放置するには状況が奇怪すぎた。 「ガサラックさんに手伝っていただいたらどうでしょうか?」  ラクリマの提案をヴァイオラは採択した。 「そうしようか。じゃあ『木こり』亭に行って来るよ」 「私も行きます」 「そう? そうしたらジーさん、他のみんなを起こしておいて。すぐに出発するから」 「はあい」  Gは離れに戻り、ヴァイオラとラクリマはガサラックたちが泊まっている「森の木こり」亭に向かった。  すでに起きて朝食の仕込みにかかっていた「木こり」亭の主人に部屋を尋ね、二人は二階の部屋の扉をノックした。 「ガサラックさん、お早うございます。朝からごめんなさい、お願いがあるんですが」  がさごそとひとの動く気配がして、ドアの向こうにガサラックが現れた。 「どうしましたか」 「実は、昨日、一緒に来た人たちのお仲間が一人、行方不明になっちゃったんです。これからちょっと探しに行くんですけど、もしよかったら一緒に見に行っていただけませんか?」  ラクリマのおおざっぱな説明を聞いて、ガサラックは「いいですよ」と承諾してくれた。すぐに用意するからと、中にいったん引きこもろうとしたが、その前に苦笑とともに一言残した。 「聞きしにまさる村ですね」  全く返す言葉もない、と、ヴァイオラは思った。なんだってこの村でばかり、こう奇妙なことが次から次へと起こるんだろう。  ガサラックと一緒に表に出たところ、他のメンバーも準備を済ませて出てきていた。ヴァイオラは手短に状況を説明し、一同はシャバクの足取りを探しに川原へ向かった。  川原までは足跡をたどれた。だが、その川原で、ガサラックもロッツも足取りを追えなくなってしまった。 「……俺にはこれ以上はよくわからない。済まない」 「あっしにもわかりやせん」  ヴァイオラがどうしようか考えていると、アルトの声がした。 「あれ、なんかここに足跡みたいなのがありますよ」 「ああ、ここにもあるぞ」  アルトのすぐ手前でカインも声を上げた。  一同は跡を消さないように気をつけながら、アルトたちのそばに寄ってみた。なるほど、かすかな足跡が残っているようだった。奇妙なことに、その足跡はためらいなく川の中へ向かっていた。 「どうして川に入ってってるんでしょう?」 「さあね」  ラクリマの問いを軽くいなしながら、ヴァイオラは嫌な感じを覚えていた。暴力で引きずり込まれたのではない。だが正常な人間がこんなふうに川に入って行くとは思えない。残るは……魅了系の魔法か……? 「あぶないっ!」  Gの叫びと同時に、何かがアルトに向けて襲いかかった。 「えっ?」「なんだ!?」  ラクリマとカインとセリフィアは一瞬の驚きに支配された。アルトは反射的にGのほうに動いて、運良く攻撃をかわしたかたちになったものの、やはり驚いてそれ以上の行動ができなかった。 「シャドウだ! 気をつけろ!」  Gは叫びざま、モンスターに剣を叩き込んだ。  次の瞬間、我に返ったアルトが鳥籠からカプチーノ(という名前のポケットドラゴンのかたちをしたマジックミサイル)を放った。シャドウはあっけなく絶命した。 「やれやれ。こいつのおかげで足跡が何もわからなくなっちゃったよ」 「あっ…」  ヴァイオラの指摘どおり、今の戦闘でこのあたりの地面は踏み荒らされ、足跡も何もわからなくなっていた。これ以上の情報を得るのは無理なようだ。  一同は村へ戻った。ヴァイオラは警備隊に状況を報告し、注意だけ喚起した。  ガサラックと宿の前で別れて「女神」亭の扉を開けるなり、若鳥たちのさざめく声が耳に入ってきた。 「やっぱり俺たちも探しに行くべきじゃないのか?」 「セリフィアさんが行ってるんだぞ。俺たちにできることなんかないだろ」  扉の開く音に、若鳥たちはパッと振り返った。ウォゼー以外の仲間たちも揃っていた。 「セリフィアさん!」「どうでしたか?」  グルバディたちは一斉にセリフィアを取り囲んだ。セリフィアは重い口を開いて言った。 「小川のところに足跡があったが、川の中へ入っていったようだった」 「川の中!?」  グルバディが素っ頓狂な声をあげた。それも無理からぬことだろう。 「そいつ、昨日とか、何も言ってなかったのか?」 「いや……何も聞いてない……だよな?」  グルバディは他の仲間の顔を見回した。だれも、何も心当たりはなかった。狐につままれたようだった。  ウォゼーが改まって、 「お手数をおかけしました。あとは自分たちで探します」 と、セリフィアに礼を述べた。セリフィアは最後に「見かけたら先にディテクト・イビルをかけるんだ」とアドバイスした。 「それよりグルバディ、お前、村長の家に呼ばれてるんだろ」  ウォゼーがグルバディを振り返って言った。 「あ、ああ、そうだった。ダーレア、一緒に来てくれるかな」 「ええーっ、グルバディとはあたしが一緒に行くのー」  ベルテという女魔術師がグルバディにまとわりつきながら、甘えた声を出した。 「お前はだめだ。留守番」  ウォゼーがベルテの首根っこをつかんで、引きはがした。ベルテはふくれっつらをしたあと、ウォゼーの向こうずねを蹴飛ばした。 「ベルテ。これは大事な話なんだから」  ダーレアが諭すように言うと、ベルテはぷいと向こうを向いてしまった。 「とにかく」と、グルバディは仲間に言った。「行って来るよ。一人減っちゃったことも報告しないとな。」  彼はダーレアと二人で、村長の屋敷の方角へ歩いていった。ウォゼーは睡眠をとるのだろう、一人で階上へあがっていった。 5■解雇  ヴァイオラたちがそのまま「女神」亭で朝食をとっていると、ベルモートが現れた。 「ヴァイオラさん、屋敷まで来ていただけますか」  いよいよ首切りだな、と、ヴァイオラは腰をあげた。それから思い切り明るく、 「それじゃ、クビ、切られてくるねー」 と、みんなに告げて出ていった。ベルモートが目を丸くしていたのがおかしかった。  ヴァイオラとほとんど入れ替わりに、警備隊員が入ってきた。 「ヴァイオラさんは?」 「村長さんのお屋敷に行っちゃいましたけど……もしかして、シャバクさんが見つかったんですか?」 「いえ、手紙が届いてるんです」  隊員はそう言って小さな書簡を見せた。ラクリマは「じゃあ預かります」と言い、それを受け取った。手紙は伝書鳩で運ばれてきたらしかった。  村長の屋敷に入ると、一段ランクの下がる応接室に通された。 (あからさまだなー……)  ヴァイオラの前にはガルモートとベルモート、その少し後方に執政官のヴァルバモルトが控えていた。 「早速だが」  ガルモートが口を開いた。もみじの跡はまだ消えていない。 「急だが、君たちを解雇することになった」  ガルモートは一所懸命に残念そうな素振りをしようとしながら告げた。その理由として、ヴァイオラたちのような高レベルパーティに見合う護衛代を支払えないことを挙げた。 「もちろん」と、ガルモートは言った。「ボランティアでモンスター退治をしてくれるのは大歓迎だ。だが、今までのように護衛として給料を請求されるのは困る。何しろ貧乏だからな。」ガルモートはここで後ろを振り向き、「そうだろう、執政官殿?」と同意を求めた。執政官は「その通りです」と簡潔に答えた。 「非常に残念なのだが……わかってもらえたかな?」 「ええ、わかりました」  ヴァイオラは、ガルモートが拍子抜けするくらいあっさりと返事した。 「ところで、私は一応この村のアドバイザーです。入村パスはいただけるのでしょうね?」 「それは……ああ、出そう」 「私の仲間にもパスを発行していただけませんか。あれは私のパーティなので」 「それはできません」  後ろで控えていたヴァルバモルトはきっぱりとダメ出しをした。彼は村の財政が苦しいこと、入村税は貴重な収入源であることなどを事細かに説明し、ヴァイオラが何と言ってもその言を翻さなかった。 「まぁ、お前たちも冒険者なんだし、そのくらいの金はあるだろう?」  ガルモートは揶揄するように言って、その話題を終わらせた。 「ところでヴァイオラ殿におうかがいしたいのだが、このたび村にやってきた7人の歓迎会を開くのはどうだろう」 「結構じゃないですか。ただし質素にやるならば、ですが」  ヴァイオラは承認したが、執政官はまた口を挟んで反対した。 「そのような予算は予定に入っておりません」 「だが、大事な村人になる者たちなのだし……」 「いいえ、ダメです」  今度はヴァイオラが楽しく観戦する番だった。ヴァルバモルトはこの件でも「金は出せない」という立場を貫いた。まるで不敗の戦士に見えた。  ガルモートが不服そうにしているのを見て、ヴァイオラは言ってやった。 「ご自分で費用を支払われてはいかがですか。みんな感謝するでしょう。ガルモートさんも冒険者だったんだから、そのくらいのお金はどうということもないでしょう」  ガルモートは無言で嫌そうな顔をした。 (頭の悪い奴だね)  これが嫌味であることも、さっきのお返しであることも気づいていないかもしれない。結局、歓迎会の話はうやむやのままに残して、ヴァイオラは村長宅を辞した。  晴れてクビになったはいいが、今後の住居をどうするかをすぐにでも考えなければならなくなった。今、逗留している大部屋は---これまでは無料だったが---食事ナシで1日10gpかかる。  まずは村の顔役に相談しようと、ヴァイオラはキャスリーン婆さんの家を訪れた。キャスリーンは快く相談に乗ってくれた。ちょうど川沿いの一軒が空いており、年間の借家料が150gpだという。  ヴァイオラはいったん部屋に戻り、一同を集めて話をした。ここの宿泊料を泊まるたびに支払うか、それとも年間使用料を先に払って一軒家を借りてしまうか。  だいたいが「借家案」に賛成だったので、ヴァイオラはキャスリーンの家に取って返し、すぐに移れるように手配した。  その前に、ラクリマから「預かりました」と手紙を渡された。 「私に?」 「ええ、伝書鳩でした」  書簡を開けて読むと、なんと実家からだった。「四女ナルーシャの結婚が決定。式に参列されたし。お相手はフォアジェ公爵の息子ラルソン・バルト=フォアジェ。式は6月10日」。  ヴァイオラが黙っているので、ラクリマは「何か悪い知らせですか?」と尋ねた。 「いや、まぁ、家からね……」  ヴァイオラはそのまま手紙をしまい込み、キャスリーンの家に出かけていったのだった。  早速、引っ越しが始まった。もっとも家財道具がないのだから、「森の女神」亭を引き払うのは簡単だった。  新しい家の掃除は、セリフィアとアルトの小魔法(キャントリップ)で手早く済ませた。あとは適当に片づけを任せ、ヴァイオラはトムの店へ日用品を買いに出かけた。何しろ空っぽの家だ。寝具から何から全部用意しなければならなかった。人数分の羽布団に枕、食器、それにテーブルや長椅子、風呂桶、水瓶などを揃えたら、すっからかんになった。  少ない予算で鍋類をどういう組み合わせで買おうか悩んでいると、ラクリマが「キャスリーンお婆さんがお鍋や包丁のたぐいを寄付してくださいましたから、台所は大丈夫です」と言いに来た。 (ありがたい)  これで鍋釜には金をかけなくて済んだ。  購入した物品は若者たちに運ばせておいて、ヴァイオラは次に入村の月極パスを買いに行った。村のアドバイザーである自分を抜かしたパーティの人数分、つまり6人分を買うと180gpにものぼり、財布はさらに干上がった。 (やっぱり何とかして金を作らないとだめだね……)  そんなことを考えながら借家に戻った。中は、あらかた整理が終わっていた。  そうして引っ越しでバタバタしているところへ、ベルモートがやってきた。 「今度来られた7名のささやかな歓迎会を開こうと思っているのですが、ヴァイオラさんはどう思いますか?」  ヴァイオラにそう尋ねたあとで、彼は、予算的に厳しいので、御披露目会程度のものになるだろうと付け加えた。どうやらセロ村アドバイザーとしてのヴァイオラに、公式に意見を求めているらしい。ヴァイオラは、 「村の苦しい事情はよくよくわかっている方たちです。それで問題ないでしょう」 と、答えた。彼女としてはガサラックたちのことを言ったのであり、フィルシムから来たごろつきどもは数に入れていなかった。彼女は続けて言った。 「ここで派手な歓迎会をするよりは、現実的な暮らしの便宜を図ったり、娘さんたちとのお茶会でもセッティングした方が喜ばれると思いますよ」  ベルモートはじっと耳を傾け、真摯に聞いていたが、 「貴重な意見ありがとうございました。早速参考にさせていただきます」 と言って、ぺこりと頭を下げると領主館のほうへと戻っていった。  あとで聞いた話では、明日4日の夕方から、青年会と猟師ギルドのメンバーが集まって『森の女神』亭で簡単な食事会をするとのことだった。  部屋割りを決める段になって、 「屋根裏がいいっ!」  絶対に揺るぎそうにない瞳で、Gが言った。 「だれが一緒でもかまわんが、私は屋根裏に住ませてくれ」  きっぱりと、言い切った。  これはまずい、と、セリフィアは思った。なぜなら、「家を丸ごと借りよう」という話を決めたあとで、アルトが「屋根裏があったらボク、屋根裏に住みたいですねぇ。なんだか楽しそうじゃないですか」と言うのを聞いていたからだ。 「いいんじゃない。ジーさんは屋根裏部屋で」  ヴァイオラの台詞を上の空で聞きながら、セリフィアはアルトを引っ張った。 「……どうしたんですか?」  みんなからちょっと離れたところで、アルトは聞いてきた。最近はよく彼から相談をもちかけられるので、こんなことも慣れっこだった。 「オレも屋根裏部屋に行きたいんだ。悪いが、譲ってくれないか」  セリフィアは真剣な顔つきで、アルトに頼み込んだ。理由を聞かれたらどうしようと思っていたが---さすがに「Gと一緒でなきゃ嫌だ」とは言えない---何も聞かずにアルトは承諾してくれた。  セリフィアは自分も屋根裏を希望した。それからうそぶいて言った。 「実家の自室は屋根裏だったから、特に困るということはないと思うけど」  男女の人数割りから、Gとセリフィアが屋根裏に住むのはちょうどいいと、ヴァイオラも思っていたところだったので、そのまま話がついた。 「わーい、セリフィアさんと一緒だ!」  Gは喜んで、早速上にのぼろうと梯子にとりついた。振り返って、 「セリフィアさん、登ろう!」  彼女はさっさと屋根裏に自分の巣を作り出した。セリフィアもあがり、隣で武器の手入れをしながら、楽しそうなGの様子を自分も楽しげに眺めた。  階下の二部屋は、南側がヴァイオラとラクリマ、西側がカイン、アルトとロッツで使うことになった。  落ち着いたところで、ヴァイオラは先刻の手紙をもう一度読み直した。 (あと2ヶ月か……ひと月経ったら返事でも出すか)  だが、ヴァイオラにはクダヒに戻る気がなかった。別に自分が行こうが行くまいが、変わりはあるまい。せっかく捕まえたいい「玉の輿」なのだし、家族の鼻つまみ者が参列する必要も……  そこまで考えたとき、ヴァイオラの脳裏に閃くものがあった。 (これってもしかして……)  同室のラクリマはちょうど台所で作業中だった。ヴァイオラはコミュニケーションスクロールを取り出すとフォアジェ公爵の名を記し、閉じて待った。  返答は、彼女の予想した通りだった。  ユートピア教。  フォアジェ公爵はその信者である。  ついに自分にも矛先が向いたらしい。ヴァイオラは「う〜ん」という顔をして考えこんだ。が、良案は浮かんでこなかった。とりあえず、まだ時間に余裕がある。それでこの問題は先送りにされた。  新しい家で初めての夕食が終わって、ゆったりとした時間が訪れた。  不意に、ラクリマが口を開いて言った。 「あの、この家の費用ですけど、みんなで出し合ったほうがいいんじゃ……?」  Gはすぐさま反応した。うんと頷いてから、 「ドルトンの護衛代はみんなの分を費用に回すとして……足りないよなぁ。どうせなら、とりあえず分けていくらっていうんじゃなくて、まとまったお金でパーティ資金を構築し直さないか? これ以後一定の収入が入ったときには、何か買うものが高額だとかでなかったらパーティ財布に入れていいと思う」  ヴァイオラは、彼らに金銭の使い方を学ばせるために、しばらく黙っていることにした。Gは話を続けた。 「あ、ヴァーさんが金銭管理させられてることについては、『ヴァーさんが金銭管理を任せられるようなヤツ』がいない以上、今まで通りヴァーさん管理で我慢して欲しいな。ヴァーさんが『自分の金をコイツに任せてもイイ』って認めるヤツが出たら、そいつと交代すればいいし」  アルトが「そうですね」と相槌を打ったが、カインとセリフィアは黙ったままだった。異論はないのだろう。それにしても何を考えているのかわからない。  ヴァイオラは仕方なく合いの手を入れた。 「あれ、そういえば言ってなかったね。この家と入村パスのお金、今までの村の護衛代を充ててるからね。だから報酬ゼロ」  本当のところ、それでも足りないのが実情だった。 「それはかまいませんけど、報酬っていっても……」ラクリマは彼女なりに見積もったらしく、少し間をおいてから続けた。「それだけじゃ足りてませんよね? 今後の食費とかもありますし……」 「まあ、そうだけど。君たちがそれでいいならそうして」 「あの、今はどのくらい赤字なんですか?」  ラクリマがそう尋ねると、ヴァイオラは苦笑いした。 「最初からずーっと赤字なんだけど。だから聞かない方がいいよ」  ラクリマはハッとしたあとで、 「………わかりました。聞かないことにします」  それから、 「今まではともかく、これからのお金はどうしましょう? やっぱり一人50gpとか100gpくらいずつ出し合いますか? 普通に自炊しても食費はそこそこかかると思いますし……」  言いながら、彼女は夏になったら冬用に乾燥野菜とかピクルスとかを作ろうと考えていた。少しでも出費を抑えなければ。  Gは、アルトが「お金がない」と言っていたのを思い出して、 「何かあったときのための分を残して、各自適当にあんまり細かくない額で出し合うのじゃダメか? みんな同じ額の方がいいだろうっていうのはわかるけど……」 と、提案した。  それで話が決まったので、早速それぞれ出せる額面をヴァイオラに預けた。最初から最後まで黙っていたカインも、トーラファンに魔法の指輪を売ったときにもらった宝石5つをまるごと供出して、異論のないことを行動で示した。  夜も更けた。今までも同室に寝泊まりしたことはあったが、家を持ってみんなで寝るのは初めてだった。何名かは、うきうきふわふわするような思いを楽しみながら、眠りについた。 6■休日の過ごし方  4月4日。  朝食の席で、ラクリマが言った。 「今日の午後、薬草採りに森へ行ったらいけないでしょうか?」  彼女はついてきてほしそうな顔で、アルトとGの二人を見たようだった。Gは即座に応えた。 「行こう、ついでに何か食べられそうなモノもとってこようか」 「あっ、いいですよ。薬草探しくらいならお手伝いできますし」  アルトもそう言ってニッコリとした。それから少し真顔になって、 「……ただ、何かあったときの呪文の援護は、ほとんど期待できませんが」  ラクリマは呪文のことはあまり考えていなかった。アルトには、薬草のことを知っているので一緒に来てもらいたかったのだ。彼女は、 「一緒に行ってもらえると心強いです」 と言って、ニコニコとした。  朝食が終わって、後片付けをしているラクリマの脇に、セリフィアが寄ってきた。彼は、森のどのあたりに行くつもりなのかを尋ねた。ラクリマがそんなに奥には行かないと答えると、少し考えこんだ。何事もないだろうとは思うものの、やはりちょっと心配だった。何かあったときにGのそばにいたい……。  セリフィアは今日の午前中、村長の警護を担当していたスカルシ・フェリアに、話を聞きに行くつもりだった。自分ひとりだと心もとないので、食事の前にヴァイオラに一緒に行ってほしいと頼み、すでに承諾を得ていた。 「話を聞くのが午前中で終わったら、一緒に行こう」  そう申し入れてきたセリフィアを安心させようと、ラクリマは言った。 「大丈夫ですよ、Gさんもアルトさんも来てくださいますし、奥には行きませんから。時間がかかりそうなら無理しないでくださいね」  セリフィアとヴァイオラが出て行ったあと、ラクリマは裏手の川に洗濯に行くことにした。洗濯物と籠を用意していると、Gが何をしに行くのか訊いてきた。Gも一緒に洗濯すると言って、籠を担いで家を出た。Gは、自分で洗濯したことがなかった(記憶のある範囲では)。先日、パシエンス修道院でボランティアでやったのが初めてで、どういうふうにやるものなのかをまだよく把握できていなかった。それで、ラクリマの手つきを見ながら、見様見真似で洗っていたが、ふと、思いついたように話し掛けた。 「薬草取り、お弁当持って行って……あ、新しく来た狩人さんたちも誘わないか? ガサラックたちじゃなくて、あっちのほう。…全員はアレだから、一人ないしは二人……ダメかな?」  ラクリマは洗濯の手は止めずに、顔だけGに向けた。 「いいですよ、誘いに行ってみましょうか。そうだ、私、お洗濯の後でお弁当作りましょうか? ……でも失敗したらどうしようかな」  それを聞いて、Gは機嫌よく、半分歌うように言った。 「一緒に誘いに行こう」  続けて、 「ラクリマさんのお弁当なら失敗したって美味しいに決まってる。……少なくとも女神亭のご飯よりは美味しいだろう」  手はすっかりお留守になっていた。  洗い物を干し終わり、二人はゴロツキ狩人たちの家へ向かった。  彼らも新居に入ったばかりで、片付けの真っ最中のようだった。  4人のうち、リーダー格の---確かメーヴォルという名だった---一人が、開け放した戸口に寄りかかっている。他の3人がそれなりに家の準備をしている光景を、ボーっと見ているような、見ていないような、何か指図しているような、全く何もしていないような、そんな雰囲気で立っていた。  メーヴォルは、二人が近づいてくるのに気がつくと、柱から離れてスッと背を伸ばし、丁重に迎える姿勢をとった。 「これはこれは、こんなところにどんなご用ですか?」  彼は、裏表のなさそうな笑みを浮かべた。Gは一歩前に出て、 「私たち午後から薬草摘みついでにピクニックに行くんです。ですし……良かったら一緒に行きませんか?」  仲良くなりたい様子を見せつつ、彼を誘ってみた。あまり押しを強くせず、(お忙しいかな?)というようにちょっと控えめにしておいた。ラクリマはその脇でニコニコしていた。 「ピクニックですか〜、それは良いですね」  メーヴォルはポンと手を叩いた。 「ぜひお願いします。なにぶんまだこの辺には不慣れなもので。案内してください」 と、自分もニコニコしながら誘いに乗ってきた。他のひとはどうするんだろうと思って見ていると、彼は家の中をふり返って、 「あ、そうそう、皆さんは適当にやってて下さい。私一人で行きますから。問題起こしちゃいけませんよ〜」  ラクリマは、メーヴォルを見て、とても器の大きなひとのようだと感じた。にこやかでさわやかな笑顔がひとを引きつける。このひとなら、充分村に馴染めそうだと思った。  Gはちょっと違った。この笑顔は生きるための術、本心を悟られないようにするための作り物だと、彼女は看て取った。今の彼は、彼が演じているメーヴォルという人格で、本当の彼は……隠れて、見えなかった。 「これからお弁当作るので、もう少し待っててくださいね」  ラクリマがそう言って、二人はいったん暇を告げた。トムの店に寄って、食材を買い込んでから家に帰った。  セリフィアとヴァイオラは、フェリアが河原で訓練中であること「森の木こり」亭でを聞き出し、そちらに向かっていた。河原に近づくにつれ、空を切るような音が耳に届くようになった。目指す方向に剣の素振りをしている彼女がいた。  セリフィアたちがさらに近づいていくと、フェリアは手を止めた。 「どうかしましたか」  きわめて事務的に、かつ端的に用件を聞いてきた。  セリフィアは、これも端的に自己紹介をしてから、本題を切り出した。 「私、ご覧のように10フィートソードという特殊な武器を使用しております。そのため、剣の腕を磨こうにも師を探すことに四苦八苦している状態です。この剣の使い手は私を含めてわずか5人、うち二人はスカルシ村のグッナード=ロジャス氏とスカルシ・ハルシア氏です。私としてはぜひこのお二人に稽古をつけていただきたいと考えていました」  フェリアは口を挟まずに、じっと耳を傾けている。セリフィアは続けた。 「ですが過日、グッナード氏のご子息であるバーナード氏にお話を伺ったところ、『彼はイビルで剣を取られるだけだから』と言われ、あきらめかけていました。ところがいろいろな話を聞くにつれ、どうも怪しくなってきました。彼らは親子間でいろいろあったとのこと」  セリフィアは息をついた。それから一気に喋った。 「あなたはスカルシ村ご出身と伺っています。よろしければグッナード氏の人となりを教えてはいただけないでしょうか。本当に剣を奪いかねないような人物なのかどうか。決してバーナード氏を疑っているわけではないのですが、私も必死です。掴めるものがあるのなら、何でも掴むような気持ちなのです」  フェリアは、真摯な態度のセリフィアに向かって辞儀を正した。それから、 「その剣は、今の技術では、鍛えることのできないとても貴重な剣です。確かにグッナード様でしたら奪いかねません」 と、丁寧な口調で答えた。  最善の礼を尽くされて、セリフィアは嬉しく感じた。自分が話をするのは、もっと嫌がられるかと思っていたのだ。それでも、聞きたいことは自分の事情だから、自分で話さないと駄目だと思って、勇気を出して必死で喋ったのだった。 (ヴァーさんが隣にいるからかもしれないな……一人だと追い返されそうだからついてきてもらったんだもんなァ)  ちょっとだけそう思って、セリフィアはフェリアを真っ直ぐ見つめ返した。彼女は再び語りだした。 「グッナード様のご子息様であられるバーナード様が、グッナード様と仲違いをされたことは本当です。その理由は、その剣…です」  フェリアはセリフィアの持つ10フィートソードに目を向けてから、再びセリフィア自身に視線を戻し、 「バーナード様は、あなた方が見てもわかるように戦士としての才覚がおありでした。ご自身もそう感じていらっしゃったのか、早くから戦士としての修行を始めました。当然10フィートソードを譲り受けるつもりで。しかし、グッナード様は、バーナード様に10フィートソードを譲ることをしませんでした。それどころか、弟子とはいえ奴隷階級のハルシアに1本しかない+1の10フィートソードを譲ってしまったのです。そして、仲違いをしてバーナード様は、村を出ていかれたのです」  フェリアは少し遠くを見るような目をした。 「グッナード様の真意はわかりません。確かにいろいろな意味で危険な剣ですので、それを思っての配慮なのか、もっと修行をしてもらいたいという父の配慮なのか、それとも、とても利己主義的なお方なので単に気が向かなかっただけなのか、将来の息子の技量を危惧してなのか……」  そこまで話すと一呼吸おいた。 「ともかく、その剣にはそのような因縁があるのです。息子であるバーナード様にすら伝授しなかったその剣のマスタリーを果たしてあのお方がされるかどうかとても不安……いや、危険です」 と、彼女は厳しい顔できっぱりと言い切った。セリフィアはがっかりした。やはりグッナード氏に訓練を頼むのは無理なのだ。  セリフィアの落胆が顔に表れていたのだろう、彼を見るフェリアの表情が緩み、 「でも心配されることはないでしょう。私からハルシア様に手紙を出してみましょう。奴隷階級とはいえ、騎士クラスになれば多少の自由が利きます。それにマスタリー指導となれば、収入にもなりますし。返事が来るまで安心はできませんが、多分大丈夫だと思います。いつ頃が希望なのか教えて下さい」  彼女はそう言ってにっこりと微笑んだ。 「えっ! 本当ですか。ありがとうございます!!」  セリフィアは思わず叫んでいた。ハッとして、うわずる声を抑えながら、 「お話を聞かせていただいただけでもありがたいのに、本当にいくら感謝してもしきれません」 と、改まって礼を述べた。それからまた真面目な顔つきに戻り、 「私たちはこれから遺跡に行くつもりです。手元に現金があまりないもので。ですから……もしお願いできるなら来月にしていただけるとありがたいです。そのころにはおそらく代金をお支払いできると思います。場所は……フィルシムでしょうね。とすると、ここからの移動時間も考えて……ゆとりをみて、来月の中頃にしていただけると助かります」 「では、来月中頃で話を通しておきます」 と、フェリアは答を返してくれた。 「本当にありがとうございます。よろしくお願いします」  セリフィアは勢いよく何度も礼を言った。満月期でもないのに、満面の笑顔だった。喜びに声が弾み、嬉しさを隠せない様子だった。 「………」  ヴァイオラはずっと黙っていた。一言も喋らなかったのは、セリフィアの新鮮な姿を眺めていたからだ。出会ったころの無口で無愛想な彼からは、信じられない姿だった。  セリフィアはフェリアに午後の予定を聞いたあとで、いったん家に戻った。  家に戻るとちょうど、ラクリマとGがお弁当を詰めているところだった。 「あ、お帰りなさい。どうでした?」  セリフィアはラクリマの問いに、得たりとばかりに午前中の成果を報告した。話す間じゅう、嬉しくてたまらないようだった。  一通り話し終えてから、セリフィアは、 「さっき気づいたんだが、俺はグッナード氏やハルシア氏のことを何も知らないんだ。バーナードは騎士は一人と言っていたが、どうやら両氏共に騎士のようだし。その、フェリアさんから二人のこととかスカルシ村のこと、もうちょっと詳しく聞きたいんだ」  ラクリマとGを交互に見ながら、セリフィアはちょっと申し訳なさそうな顔で言った。 「俺、行かなくてもいいかな? Gもいるし、アルトもいるから大抵のことは平気だとは思うんだけど……」  ラクリマはニコニコして、 「ええ、大丈夫ですよ。それよりもよかったですね、ご親切な方で」 「ありがとう。うん、俺もちょっとびっくりしてる。まだどうなるかわからないけどとりあえず希望が見えたって感じかな」  にこやかに話す2人の横で、Gは複雑な思いを抱いていた。やっとのことで口を開き、 「よかったな。邪魔なモノがいたら切るから別に大丈夫だ、村の外だしな」 と、ややぶっきらぼうに言った。  Gの微妙な硬さには気づかなかったセリフィアは、 「ごめんな。今度一緒に行こう。そのときは……あ、いや、なんでもない。今日は楽しんできてくれ。」  にこっと笑顔で応えた。Gは少し顔を赤くした。 「……うん」  ゴロツキ相手じゃどう考えても楽しくなんかないよぅ…と思ったが、口に出すのは我慢した。  セリフィアは最後にアルトのそばに寄った。真っ直ぐ目を見て、「いろいろ頼む。頼りにしてるから」とだけ言った。眼で言外に含むものを訴えながら。 7■薬草摘み  ラクリマ、G、アルトが出発するのを見送ってから、留守居をカインとロッツ、ヴァイオラに任せ、セリフィアはもう一度、今度は一人でフェリアのところを訪れた。 「たびたび申し訳ありません。実は私、グッナード氏やハルシア氏のことをあまりよくは知らないのです。この剣の使い手であること、師弟関係にあること、スカルシ村に住んでいること…ぐらいでしょうか。もしよろしければ、お二人についてご存知のことをお教えいただけないでしょうか。この剣に関することはどんな些細なことでも知っておきたいですし、たった五人しかいない使い手のことを知らないわけにはいかないという思いもありまして」  セリフィアは、遠慮がちに頼み込んだ。 「スカルシ村についてもできればお願いします。私は無表情だったり、人と話すのが苦手だったりと、あまり好印象をもたれることがないせいか、その辺の話についても疎くて困っているのです」  本来、午後は彼女にとって休み時間だったのだが、セリフィアの態度に好感を抱いたのか、フェリアはそんなことはおくびにも出さず、快くつき合ってくれた。彼女は語った。 「スカルシ村で、いわゆる『正式な』騎士はグッナード様だけです。しかし、奴隷階級出身の者やアンデッドには多くの騎士クラスの実力を持つ者もいます。私たちは、その方たちも騎士とお呼びしております。ハルシア様は、スカルシ軍の突撃隊長を務められている大切な方です」 「私も含め、『スカルシ』の名を持つ者は奴隷階級出身者であり、皆、素養を見極めて見合った職業の訓練を施されます。その中で生き残った者だけが、傭兵としていろいろな任務を受けます。男性は主に戦場に駆り出され、富と信用を得るために働き、女性は、地方領主や貴族などの要人警護の任務に当たることが多いです。スカルシ村は、この傭兵業と交易によって成り立っています。幸い、傭兵の雇い手には困らない時代ですし」 「当然、女性が要人警護を行うのは、四六時中警護を行えるからです。アズベクト様のようにそういうことを望まない方もおりますが…必要とあれば、子を成すことも結婚することもいたします」 「村は、強力な軍によって守られています。ティータ様率いる人間の軍と領主グレコ様率いる不死軍、狼族をはじめとする怪物軍です。一応はフィルシムに恭順していますが、昔から独立機運の高い村です。現在の情勢では、一番危険なところかも知れません」 「グッナード様は……先ほども話しましたが、危険な方です。何故スカルシ村にいるのか、理由はわかりません。結果的には村のためにはなって下さっているのですが……水があっていらっしゃるのか、領主様とウマがあうのか……」 「ハルシア様は、前領主様の肉体改造を受けられた3人の生き残りの一人で、そのおかげで10フィートソードを扱えるようになったのです。その後は、グッナード様に正式な手ほどきを受けられたのですが。ちなみにグッナード様は50歳代、ハルシア様は30歳代後半です」  話は多岐にわたり、聞き終わったころにはかなりの時間が経っていた。セリフィアは無意識のうちにため息を洩らして言った。 「そうですか…。私のような未熟な者が近寄るには危険な村のようですね。実力をつけたら一度訪ねてみたいと思いますが。お休み中、わざわざありがとうございました。ご好意に応えられるよう、訓練に励みたいと思います」  セリフィアは立ち上がり、フェリアに深々とお辞儀をした。暇を告げて、家へと帰っていった。  昼過ぎ、ラクリマたちはメーヴォルを伴って森の中へ入った。 「いやー美女に囲まれての散歩というのもおつなものですねぇ」  メーヴォルは喜んでいる様子だった。かなり喋るタイプのようで、村のこと、Gたちのこと、森のことなど当たり障りのない会話をとりとめなく続けた。  しばらくして、ラクリマはお弁当を広げるのによい場所を見つけた。 「あの、よかったらこの辺りでお弁当にしませんか?」  あとの3人に異論はなかった。  「美味しそうですねぇ」などと言いながら早速ぱくついているメーヴォルに、Gは話しかけた。 「そういえば、メーヴォルさん、どうしてこんなへんぴな村に志願を? もしかして知り合いの方とかいらっしゃるんですか? もしそうなら、その方も誘った方が良かったですよね…」  Gとしては、彼らがこの村に来た建前や、村に知り合いはいるのかどうかなどを聞き出すつもりだった。特に、ガルモートとの繋がりがあるなら知っておきたかった。  メーヴォルは炙り肉を芥子菜と一緒に厚手のパンに挟んで、それを頬ばりながら、 「ん〜、なんでかって? 特にないな〜、強いて言えば、『面白そう』だからかな〜。それに人助けになるし」 と、ごく楽しそうに答えた。とりあえず言っていることに嘘はなさそうだと、Gとラクリマは思った。楽しそうに笑うし、思った以上によく話す。少々軽薄そうな印象を受けるものの、人当たりはとてもいいようだ。 (人助けを志してセロ村までいらっしゃるなんて、偉いひとだなぁ)  ラクリマが感心して耳を傾けていると、メーヴォルはさらに続けた。 「別に、だから知り合いはいないなぁ。まぁ知り合いになるのは、得意だけどね」  いやらしい意味の内容をいやらしさなく、さらりと言ってのけた。 「知り合いと言えば、ここに一緒に来た連中は知り合いですよ。わかってるとは思うけど……昔はいろいろとつるんで悪さをしてたけど、もうそろそろ真面目にやんないとなぁ…なんてね。そういうわけで、取っつきにくいところもあるとは思うけど、よろしくね」  メーヴォルはそこまで話すと、残っていたお弁当をサッサッサとかき込んだ。 「ごちそうさん。とっても美味しかったですよ。これはすぐにでもいいお嫁さんになれるね」  ラクリマは、「本当ですか? よかった、今日はうまくいって」と嬉しそうに笑った。 「ぜひまた作って下さいよ。今度は連中にも食べさせてやりたいなぁ。こんな美味しいものを独り占めできちゃうなんて、僕ちゃん幸せだなぁ」  Gもそれに調子を合わせた。 「今度皆さんをご飯にお招きできたらいいですね」 「そうですね、今度機会があったらみんなで」 「ヴァーさんもいいって言いますよ」  Gは、他に聞きたいことは今のところないので、あとは軽快なメーヴォルの話に気をよくしたようにころころ笑って過ごした。  お弁当を片づけて、また歩き出した。ラクリマは、アルトとGにはちゃんと聞いていなかったと思い出し、2人に向かっても「美味しかったですか?」と尋ねた。その折り、Gの顔を見て気づいた。 「あら。Gさん、口元についてますよ。待って、動かないで」  そう言って、彼女はGの口元についていたパンくずをふき取ってあげた。パンくずはぽろりと地面に落ちた。  ふと落ちた先に視線をやると……探していた薬草がそれこそ束になって群生していた。 「あっ! こんなところに!!」  言うなりしゃがみこんで、ラクリマは本当にそれが薬草かどうかを確認しだした。 「どうしたんですか?」  アルトが声をかけてきたので、ラクリマは、 「薬草がこんなところにあったんです。こんなにたくさん、すごいですよ」 と、いったん立ち上がり、 「Gさん、ありがとう。Gさんのおかげです」  そう言ってGの両手をギュッと掴んだ。  先ほどから満腹で上機嫌だったGは、ラクリマに両手を掴まれてぱーっと赤くなった。ラクリマは相変わらずニコニコしながら、「ちょっと時間がかかりますけど、ここで薬草を取らせてくださいね」と断った。  メーヴォルは、 「何かあったんですねぇ、いいですよ、どうぞ、どうぞ」 と、気のいい返事を返した。  アルトが「手伝いますよ」と言い、2人は腰を据えて、薬草を採取し始めた。Gはにこにこして見張りにつきながら、メーヴォルに一応説明を入れた。 「傷用の薬草を取りに来るついでって言ったじゃないですかぁ、それが見つかったみたいですね」  メーヴォルは採取の様子をしばらく興味深そうに見ていたが、さすがに半刻もすると飽きてきて、辺りをぶらりと散策したりしていた。分別は備わっているらしく、見張りのGの守備範囲内からは出ないようにしていた。  一時間後、約11服分の薬草を採取し終わった。本当はあと2服分くらい、取ろうと思えばあったのだが、「野ネズミさんの分を残しましょう」と、根こそぎ取るのは避けたのだった。  4人は、のんびり村に戻った。もうそろそろ日が傾きかけ、寒くなってくる時分だった。 「とっても楽しかったですよ。またぜひ誘ってくださいね」  メーヴォルは最後ににこやかに挨拶して、自分の家に帰っていった。  Gが川に水浴びに行っている間に、ラクリマはキャスリーンの家を訪れた。採取した薬草を見せて、嬉しそうに話した。 「見てください、こんなにとれたんですよ。あの、もしよかったら調合を手伝っていただけませんか?」 「いいともさ」  キャスリーンは快く調合を手伝ってくれた。一緒にやると作業もはかどった。  調合が終わって、ラクリマは「お礼に」と、4服分を差し出した。キャスリーンは、 「何言ってんだい。必要なのはあんたらじゃろ。見つけたのはあんただろうに、こんなには要らないよ」 と言って、受け取ろうとしなかった。それでもラクリマが渡そうとするので、 「全く受け取らないと気持ちが悪いかもしれないから、半分だけもらっておくよ」 と、2服分を手に取った。ラクリマの手元には、結局、9服分が残った。  新しいひとと親交も深められたし、薬草もたくさん手に入ったし、有意義な一日だったと、ラクリマは思った。そうして、みんなのいる家へと帰った彼女をまず待っていたのは、夕食の準備だった。  ラクリマは夕食分の食糧を買い出しに行った。帰りがけ、グルバディたちと顔を合わせたので、シャバクのことを尋ねたが、やはり戻っていないとのことだった。 「明々後日から仕事なんです〜」  若鳥たちはちょっと自信なさそうに、彼女に告げた。  夕食時にラクリマからその話を聞いたセリフィアは、めずらしく自分から「森の女神」亭の彼らを訪れた。彼はセロ村で生きていくためのヒントを教えると申し出た。大好きなセリフィアさんにそんな親切な申し出を受けて、グルバディたちは目をきらきら輝かせながら話を聞いた。 8■エイトナイトカーニバル 8−1.アカマツのもとで  4月5日、朝。一同はセロ村を出発した。  4月6日。  午前中に、以前遭遇した絡みあうアカマツのところへ到着した。 「エリオットは『石を探せ』みたいなことを言ってたが……」  Gがそういうので、一同は石を探してみた。が、入り口の手がかりになりそうな石は見あたらなかった。 「最初に朝日が昇る場所にカギをしまった…ってあるから、朝日を待ったほうがいいんじゃないか」という意見が出て、明日、早朝にもう一度周囲を探索することにした。  4月7日、早朝。  日の出より少し前に起きだして、身支度を整えた。朝日が昇るころ、西と東の二手に分かれて、何か手がかりがないか探すことにした。ロッツは一人で木の上に登った。時間が時間だけあって、膚を刺す空気は冷たく、頬がピリピリと痛んだ。  西のほうを探しに行った組が、少し歩いたところに朝日のあたる岩があることに気づいた。 「姐さん! 西のほうにある岩が、朝日でぴかぴか光ってやす!」  木の上からもロッツがそう叫ぶのが聞こえた。これがエリオットの言う「石」に違いない。全員が周りに集まった。  「石」というより「岩盤」といったほうがよかった。ゆうに借家の食堂と同じ面積がありそうなそれは、表面が鏡面のように磨かれ、朝日がまともに当たる間は眩しくて目を開けているのが辛かった。 「岩の上に字が書いてあるようです。ルーン文字ですかね」  ロッツが上に乗って調べながら言った。  書かれていたのは数字だった。  0から9までの数字が、円に沿って4回繰り返されていた。 (まぁ、8並びの迷宮なんだし……) と、皆が同じことを考えようとしていたとき、カインが、 「こうじゃないのか…?」  言いながら4カ所の8を押して---消えた。 「カっ、カインさん!? カインさん、どうしたんですかー!!」  ラクリマは色を失って叫んだ。 「あーはいはい、じゃー私たちも行こうかー」  ヴァイオラはラクリマの肩を掴んで、カインと同じように8を4つ押した。やはり同じように、二人はGたちの前から消えた。  ヴァイオラとラクリマが気づくと、そこは広い空間だった。追っつけ、Gやセリフィア、アルトにロッツもまとめて現れた。前にはカインがいた。 「カインさん! よ、よかった……」  カインは無言で振り向いた。何を心配されているのかわからない、といった風情だった。 「カイン」  ヴァイオラは厳しい声でカインに話しかけた。 「言っとくけどね、カイン。君がそういうことするの、2回目だから。もう1回やったら、君は要らない」 「……気をつけよう」  カインはそれだけ口にした。 (やれやれ、こういうところは坊っちゃんより馬鹿みたいだな、このボーヤ……)  あとで締め直さねば、と、ヴァイオラは密かに思った。 8−2.中央の間  そのとき、 「ようこそ、エイトナイトカーニバルへ」  見知らぬ男の声が空間内に響き渡った。声は続けて言った。 「ここにある8つの部屋をクリアし、8つのクリスタルを集めよ。正しき場所に入れることにより、下への入り口が開く。中央の玉に触れると外へ出られる。しかし、一度外へ出た者は、二度と入ることができないように仕掛けがしてあるので、注意されたし」  そこまで語って、声は黙した。薄暗い空間を静寂が支配していたが、Gがコンティニュアルライトのかかったコインを表に出したので、一転して昼のような明るさとなった。  部屋の中央にはクリスタルが嵌まって置かれていた。それを中心として、周りには大小それぞれ4つずつのくぼみがある。このくぼみ全部にクリスタルを嵌めろということらしい。  次に、ぐるりと周りを見渡すと、8方向に両開きの重厚な扉があった。これらの扉の先に先ほどの声が言っていた「8つの部屋」があるのだろう。 「……どこから行く?」  一同は無作為に最初の扉を決めた。セリフィアが扉を押し開けた。  扉の先は通路になっていた。下り坂で、それもかなりの傾斜だった。まっすぐ見通せるわけでもなく、途中でクランク状に曲がっているようだ。  セリフィアにロープを結わえつけ、命綱として全員で引っ張れるように準備して、先行してもらった。  入り口から10フィートほど行ったところにロープが張られている。高さ1フィート程度だったのでロープをまたいだ。と、床からいきなり油がにじみ出してきて、セリフィアは足を滑らせた。  全員で命綱を引いたからよかったものの、もう少しで一番下の扉に激突するところだった。一番下には黒いアーチがあり、その下に扉があるが、ゆらゆらと熱気に揺れてものすごく熱そうだった。激突していたら大火傷を負ったかもしれない。  ドアノブに手をかけるのも熱そうでためらわれたので、セリフィアはいったん入り口まで戻った。 「うわ、油まみれ」  言われてみれば確かに、全身油にまみれて汚れていた。この状態であの扉に突っ込んでいたら、実によく燃えたに違いない。セリフィアは無言で小魔法(キャントリップ)を使い、油汚れを取り除いた。  結局、この部屋は僧侶二人がレジストファイアの呪文を取り直してから出直そうということになった。Gは目印に、扉に「油」と書きつけた。 8−3.幻影の間  次に、右隣の扉を開けた。  通路は20フィートほど先で行き止まりになっていた。隠し扉も見つからず、仕方なくてヴァイオラはディテクトマジックを唱えてみた。 「その正面の壁が反応してる」  ヴァイオラは言いながら壁に手を触れた。もしかして、この壁は幻影なのではないか? 「幻影だと思って壁に突っ込んでみよう」  ヴァイオラのアドバイスに従って、全員が壁に向かって突き進んだ。彼女の言葉通り、壁は幻影だった。一同は30フィート四方の部屋に出た。  出た途端に、何か精神攻撃を受けたようだった。ほとんどはそれに耐えたが、セリフィアは幻惑に捕らわれた。彼だけ部屋が見えず、闇の中に自分とそっくりの姿をした奴---敵が現れたように感じた。  だが、もう一度目を凝らして見たところ、それは幻影だとわかった。幻は消え、目の前の風景はただの部屋に変わった。  部屋の中央には、透明で大きなクリスタルがあった。Gは手袋を嵌めてそれを手に取った。見た目を裏切って、それはとても軽いクリスタルだった。まるで風船のように軽い。 「わぁ、軽いですよぉ」  Gはヴァイオラにクリスタルを放ってみせた。クリスタルを手にしたとき、二人とも風の渦巻くような音を耳にした。それはクリスタルの中から聞こえてくるようだった。 8−4.魅惑の間  どんどん時計回りに扉を開けていくことにして、次の間へ向かった。  またクランク状の通路があり、突き当たりに普通の扉があった。セリフィアがその扉も開けると、中はダンジョンらしからぬ光景だった。部屋は30フィート四方で先ほどと同じ大きさだったが、内装が、ピンクの花柄、フリルやレースといった少女趣味に彩られていた。  部屋の真ん中に大きめの猫足テーブルが置かれており、3人の少女たちが楽しそうにお喋りしていた。 「あら、いらっしゃい。さあどうぞ、今、お茶を煎れますね」  少女たちは振り返ってにこにこと話しかけてきた。だが、ヴァイオラがディテクトイビルによって、 「悪意がある。3人とも」 と呟いたため、戦士たちは有無を言わさず突撃していった。  ラクリマはブレスを、アルトはヘイストを唱え、ヴァイオラはボーラを相手の一人に絡みつかせた。セリフィアとカインは突っ込んで、それぞれ一体ずつ少女を屠った。  残された少女は、ヴァイオラに怪しい視線を送った。ヴァイオラは隙をつかれたのか、少女に魅了されてしまった。 「そこの魔法使いさんを攻撃してちょうだい」  言われるままに、ヴァイオラはアルトを襲った。 「ヴァイオラさんっ! 何してるんですか!!」  ラクリマの悲鳴があがったときには、アルトはしたたか食らって後ろに吹っ飛んでいた。 (おのれやりおったな……!)  アルトは凄まじい形相でヴァイオラを睨みつけた。自らに害なす者に対する激しい憎悪が噴き出し、彼の中で怖ろしい何かが目覚めそうになった、そのとき、ちくりと指を刺す痛みで、アルトは正気に返った。トーラファンからもらった指輪だった。アルトは意識をはっきりさせようと、頭を振った。  向こうではセリフィアが最後の一人を屠っていた。その一人が倒れると同時に、ヴァイオラは魅了から解き放たれた。彼女もまた、ふるふると自分の頭を振って、現実に戻ろうとした。 「だっ、大丈夫ですか、アルトさん!」  ラクリマが叫んでアルトに走り寄るのが見えた。 「こいつらはヒュプノスだろう」  セリフィアがその背後から言った。 「人造人間の一種で、強力なチャーム能力があったはずだ」 (人造人間……)  ラクリマはその言葉にふと手を止めた。冷たい何かが意識の中を流れ落ちたようだった。が、すぐにアルトの治療に立ち戻った。 「ごめんなさい、ヴァイオラさん」  自分のところに歩いてきたヴァイオラに向かってアルトは言った。 「ごめんなさい。勘違いしてました。ヴァイオラさん、魅了されてたんですね」  ヴァイオラは、何をどう勘違いしたのか問い詰めたかったが、立場上できずに、「悪かったね、ちび」とだけ言った。  部屋の中には、小さなクリスタルがあった。Gはそれを手に入れたあと、花柄ティーセットや花柄トレイ、フリフリの花柄レースカーテンなどを、お持ち帰り用としてバックパックに一所懸命に詰めていた。 8−5.魔法陣の間  短い通路の先にある扉を開けると、大きな魔法陣が目に飛び込んできた。召喚系の魔法陣らしかったが、何が召喚されるかまではわからなかった。説明書きが、なぜかご丁寧にショートランド共通語で書かれていた。そもそも能力奴隷たちを使ったゲームとして作られた迷宮ゆえ、奴隷にも読めるようにと配慮がなされているのだろう。 「魔法陣の中に入り、召喚のワードを唱えよ。さすれば望みのものが手に入るであろう」  説明書きのすぐ隣に、ワードも記されていた。 「そういえば」と、ラクリマが口を開いた。「さっきの部屋のクリスタルは何の属性だったんですか?」  Gは小さなクリスタルを取り出して、アルトに見せた。魔法の物品を鑑定できるのは、彼しかいなかったからだ。 (こ、これは……)  アルトの中で、再び彼でない彼の意識が目覚めそうになった。クリスタルは強力な魔力(エネルギー)を宿していた。 (魔晶石か…? 欲しい……魔力が欲しい……)  強い思いがガンガンと頭痛のように脳内に響いた。指輪も今度は効力がなかった。感情のオーバーフローを起こし、アルトはその場で意識を失った。  みな驚いて、アルトに注目した。カインが小さく叫んだ。 「指輪が……!」  トーラファンからもらった指輪は、灰色に変わっていた。  冷たい空気が皆の間に流れた。  少しの沈黙のあとで、ヴァイオラが「やばいかもしれない」と言った。 「操られていた人間が言うことじゃないんだけど、さっき攻撃したとき、こいつ、物凄い顔して睨んだんだ。アルトじゃないみたいだった……」 「どうする?」  カインはアルトの側に跪いた。セリフィアが「ぐるぐる巻きにしてから起こすか?」と言うと、ラクリマが「そんな…!」と小さく抗議の声をあげた。Gがそのあとを受けて言った。 「それは、クロムじゃなくてアルトが目覚めたときにまずいんじゃないか?」  クロムとして起きた場合は敵対行動を取るだろうから、何かしら縛めておかないと危険だ。一方で、アルトの意識で目覚めたときに、手足を縛られたり猿ぐつわをかまされたりしていたら、それこそショックでクロム復活となるかもしれない。悩んだあげく、目覚めてすぐには魔法が使えないように、利き手の指だけ動かないように皮紐で固定することになった。 「アルト、起きろ」  Gはアルトに声をかけた。全員の見守る中、アルトは起きた。アルトだった。  指輪が白くなったのを見て、ラクリマは泣いた。  アルトは、起きるや否や目の前でラクリマが泣き崩れているのを見、なおかつ、自分の指が皮紐で縛められているのに気づいて、大いに狼狽した。 「ご、ごめんなさい、ごめんなさい。ボク、何かしましたか?」  おろおろと皆を見回すアルトに、Gは言った。 「アルト、戦うぞ。できるか?」 「は、はい……」 「お前がいなきゃ困るんだ」  セリフィアの声に、アルトは振り返った。 「他の魔術師じゃ困るんだ。アルトでなきゃダメなんだ」  セリフィアは真剣な顔で語った。 (アルトでなきゃダメなんだ。だっていろいろ相談できる奴って、アルトの他にいないんだから…!)  アルトは少し吃驚したような表情をしたが、すぐに「はい」と返事した。  不安材料はまだあるものの、とりあえずは目前の(まだ現れていないが)敵を倒そうということになり、全員が魔法陣の中に入った。 「我の求めるクリスタルよ、我が手元に来たれ」  カインが召喚のワードを唱えた。  瞬間、床が消えてなくなり、全員、10フィート下に落下した。落下先は床ではなかった。皆、緑色したぶよぶよな物体---ゼラチンキューブの中に呑み込まれた。  ラクリマが持っていた松明によるダメージと、カイン、G、ヴァイオラの攻撃でキューブは死んだ。セリフィアは窒息しかけ、危ないところだった。  キューブが消えたあとに、大きなクリスタルが現れた。ひんやりと冷たく、持って振るとじゃばじゃばと水音がした。  部屋の床まで10フィートの高さがあったが、7フィートあるセリフィアの肩を借りて、全員無事にあがることができた。 「一度休もうか」  全員そこそこに疲れていた。呪文使いたちの呪文も底を尽きかけていたので、ここで睡眠をとってから次に進むことに決めた。  一番居心地の良さそうな「魅惑の間」に戻って---絨毯が敷かれていたのはそこだけだったので---一同はそこで休息を取った。 8−6.炎の間  察するに4月8日。  呪文を取り直し、まずは昨日あとに回した、燃える扉の部屋から片付けようということになった。昨日と同じように命綱をつけて、さらにレジストファイアをかけてもらってから、セリフィアが一番下まで先行した。  燃えさかる扉を開けると、中には20フィート四方の、灰でできたプールが見えた。熱気が立ち上っており、プール自体が熱そうだった。飛び込んだら、ほどよく全身火傷できるに違いない。部屋から漂ってくる空気も暑く、焦げた肉の匂いや木の煙の匂いが漂ってきた。  セリフィアがプールを観察しようと近づいたとき、何かが灰の中から手のようなものを伸ばしてきた。危うくプールに引き込まれそうになるのをこらえ、一瞬、跳ねるようにした相手の姿をセリフィアは目に捕らえた。 「アッシュクロウラーだ!!」  セリフィアは咄嗟に叫んだ。だが、名前しか記憶になく、どういうモンスターだったかはとんと思い出せなかった。上で待機していたGやアルトも同じく、どうしても名前までしか思い出せなかった。  とにかく全員その部屋まで降りようということになり、三々五々、床の油で滑りそうになりながら降りていった。ヴァイオラは最後で、上で命綱を引っ張ってくれる人間がいなかったため、足を滑らせ坂を滑降してしまった。だがカインがうまく受け止めたので、だれも、よく焼けた鉄板のような扉との抱擁は交わさずに済んだ。  ラクリマが全員にブレスをかけ、戦闘が始まった。アッシュクロウラーは2体おり、プールの中から出てきたときを狙わなければならなかったので面倒だった。カインはもう少しでプールに引きずり込まれるところだった。  ロッツが弓弦を切って戦力外になったものの、カインの弓と、Gやセリフィアの攻撃、それにアルトのマジックミサイルで、1分後には二体とも仕留めることができた。  部屋の中にはプール以外に何も見当たらなかった。セリフィアは灰のプールにもぐり、少々時間がかかったが、炎でできた大きなクリスタルを見つけだした。レジストファイアのおかげで何ともなかったが、とても熱い、熱気の迸るクリスタルだった。  一同は中央の部屋に戻った。だんだんクリスタルがかさばるようになってきたので、全部集め終わるまで一箇所に置いておくことにした。 8−7.大地の間  昨日、魔法陣のあった部屋の右隣を開けてみた。  クランク上の通路の先にある扉は、ヴァイオラのファインド・トラップに反応しなかったので、セリフィアがえいやっと引き開けた。中は土の床で、その上に8つの岩がごろごろと転がっていた。転がっているといっても、規則的に3列×3列の升目に並んでおり、入り口から入ってすぐにあたるブロックだけが、空白だった。 「……岩?」  本当にただの岩なのか、だれもが怪しんだ。セリフィアはラクリマにプロテクション・フロム・イビルをかけてもらい、一歩中に踏み込んだ。何も起こらない。  彼は、向かって右手前の岩の前にも立ってみた。が、やはり何も起こらなかった。  ヴァイオラはディテクト・マジックを唱えた。すると、一番奥の列の3体と、中央の列のど真ん中にある1体が輝いて見えた。  それを聞いて、セリフィアは4体のうちのひとつである、一番真ん中の岩に近づいてみた。たちまち岩に手足が生え、セリフィアに殴りかかった。  奥の4体はジェノイドを模したゴーレムだった。だが、戦士たちの活躍で、やはり1分後にはすべて片付いていた。  その後、部屋の中を捜索した。中央の列の、向かって左側の岩の下からクリスタルが発見された。土色の大きな、そしてとても重たいクリスタルだった。 8−8.不死者の間  扉を開けても真っ暗で何も見えなかった。自分たちが持っている松明の明かりも差し込んでいかないのだ。  Gはコンティニュアル・ライトのかかったコインを一つ、部屋の中に投げ込んでみた。瞬きよりも短い間、部屋の中が照らされた気がしたが、やはり何も見えず、暗闇がどんより横たわるばかりだった。コインは魔力を失い、ただのコインに戻ってしまったらしい。ということは、部屋全体にコンティニュアル・ダークネスの魔法がかかっているのだと、皆、一様に理解した。  ヴァイオラは銅貨を3つ、奥行きと横幅を見るために3方向に投げ入れた。部屋の大きさは今までと同じ、30フィート四方くらいのようだった。また、コインが落ちたときの音からして、床は硬い材質ではなく、どちらかといえば水っぽい材質のようであると、彼女は皆に知らせた。  暗闇の中でも戦えるように専門の訓練を受けているセリフィアとカインが、一歩、足を踏み入れた。真っ暗な中で室内の気配をうかがった。  どうやら部屋の中央一番奥に椅子があり、そこにひとがいるようだった。その人物らしき影は、「そうかやはりヒトが他者とつながっているそのときに時間の作用が生ずるのであり、そのとき逆説的に生じた時間は……」などと訳のわからない言葉をずっと呟いている。  ヴァイオラも、首だけ暗闇に突っ込んでみた。一番奥にいる人物は、どうやらアンデッドらしく、覚えがあった。彼女は顔をこちら側に戻して「グレイフィロソファー……だったかな…?」と口にした。 「グレイフィロソファーは、私たちより5割り増しぐらいのランクのモンスターですよ、確か」と、Gが言った。「自分では攻撃しないはずです。あと、魔法の武器じゃないと効きません。」  そのとき、室内では何やら小さな存在が出現していた。「一度、外に出よう」と声をかけて、カインとセリフィアはいったん部屋の外に出た。  カインはヴァイオラからプロテクションフロムイビルの呪文をかけてもらった。セリフィアは先ほどかけてもらった効果がまだ切れていなかったので、必要がなかった。カインはさらにラクリマから、自分の武器である長柄の戦斧(バーディヒ)にブレスをかけてもらい、即席で魔法の武器とした。仕上げに、アルトが全員にヘイストの魔法をかけた。  先ほど出現した小さな存在たち---マリスたちは、入り口付近まで移動してきたようだった。セリフィアもカインも彼らに突撃し、カインはいきなり2体を屠った。  だが、そのあとが良くなかった。マリスの体当たりを受けて吹っ飛ばされ、カインは転倒した。部屋の床は泥で埋まっており、運悪く、彼は顔から泥に突っ込んで窒息しそうになった。  カインが起きあがってこないので、セリフィアは彼の背中を掴んで立たせてやった。カインは激しく咳き込み、泥を吐いた。  Gも部屋の中に入って、戦闘に参加した。セリフィアやカインほどにはうまく行かないものの、それでもまず2体を仕留めた。  この間、ヴァイオラはディテクトイビルでマリスたちの位置を見定め、ターンアンデッドを行使した。彼女の信念の力により、生き残っているマリスたちはすっかり恐慌を来たした。  マリスたちが背中を向けて逃げ出したので、戦士たちは後ろから追い打ちをかけた。Gはさらに1体を、カインは4体を仕留めた。  ヴァイオラはさらにグレイフィロソファーもターンアンデッドによって滅しようとしたが、これは成功しなかった。  セリフィアが残りのマリス(全部で10体いた)を片付けている間に、カインはグレイフィロソファーに向かって移動し、長刀を叩き込んだ。攻撃はあたったが、柄が椅子の肘掛けと変にぶつかって、長刀はぽっきりと折れてしまった。 カインのあとからセリフィアもやってきて、グレイフィロソファーにとどめを刺した。  灰色の死せる哲学者が滅んだと同時に、ゴーンと無気味な鐘の音が響いた。部屋の中がパッと明るくなり、後方の壁から時計が落ちてきた。  セリフィアはショーテスで目にしていたので、それが時計だとわかったが、あとはアルト以外に「時計」というものを知っている人間はいなかった。彼らは、「時計」が時を測り知らせるものだということだけ簡単に説明した。  壁から落ちてきた時計は、床についた途端にクリスタルに変化した。小さいクリスタルで、中に一本針の時計が入っていた。  今し方の戦いで呪文をほとんど消費してしまったので、ここでまた休憩を取ることにした。一同は再び花柄カーペットの部屋へ戻り、6〜7時間ほどぐっすり眠った。  いよいよあと二部屋を残すのみとなった。  グレイフィロソファーの隣室の中央には、通常の倍はあろうかという大きなクリスタル像が立っていた。部屋の四方には操作盤らしきものがあり、そこからクリスタルゴーレムに向かって赤、青、茶、透明の4本の管が伸びてつながっている。  操作ボックスには、「エレメント力を受けている限り、このゴーレムは無敵である。世界は4バランスの上に成り立っている。バランスを崩す者には災いが降りかかる。しかし、バランスを崩さぬ限りこのゴーレムは倒せぬ」と書かれていた。操作ボックスにはまた、4つのバーと3つのスイッチが備わっていた。スイッチにはそれぞれ「ON」「OFF」「一時停止」との表記がある。  ためしにプロテクションフロムイビルをかけてもらったセリフィアだけ部屋に入り、茶色のOFFスイッチを押すと、クリスタルゴーレムが動いて攻撃してきた。カインにもプロテクションフロムイビルをかけ、二人で試してもらったが、これだけでは仕組みがよくわからなかった。  結局、この部屋は後回しにすることになった。 8−9.選択の間  扉を開けるなり、声が降ってきた。 「これらの石像のうち一体だけ他と違うモノがある。正解に触れるのだ。さすればそなたの求めるものは与えられん。失敗には死がつきまとう。心してかかるがよい」  部屋の中には8体の石像が、行儀よく並んでいた。ジェノイドモドキがいた岩だらけの部屋と同じように、3列×3列のブロックごとに1体ずつ、入り口に一番近いブロック、つまり手前の列の中央だけが何もない空間となっている。  石像はどれも今にも動き出しそうな様子で、すべて入り口のほうを向いて立っていた。  まずは盗賊の鼻を利かせて、ロッツがじっくり8体を観察して言った。 「姐さん、4体はどうやら石化した人間のようですぜ」  ヴァイオラはディテクトマジック、ディテクトイビルとファインドトラップの呪文をすべて唱えてから部屋を見渡した。  その間、他の者も部屋に入って、石像には触らないように気をつけながら様子を見ていたが、Gは、自分が何体かの石像から視線を受けているように感じた。自分が動くと、視線もそれを追って動くのだ。  こうした情報を持ち寄って、どれにも引っかからなかった石像---最奥の列で向かって右側の像が正解だろうという意見に達した。カインがその石像に触れると、小さな石版の入ったクリスタルが現れた。  最後の部屋は、呪文を取り直す関係上、休息を取ってから向かうことにした。一同は3度目の休息を、やはり花柄カーペットの部屋で取った。 8−10.強化の間  プロテクションフロムイビルをセリフィア、カイン、G、ラクリマの4名にかけ、それぞれ青、赤、透明、茶の操作盤の前に立った。なお、青はウォーター、赤はファイアー、茶はアース、透明はエアーのエレメンタルを示すらしい。  4人でいろいろな組み合わせを試した結果、以下のことだけわかった。 ・「ON」ボタンは一度にひとつしか押せない ・「OFF」ボタンは一度にひとつしか押せない ・「一時停止」ボタンも一度にひとつしか押せない ・「ON」と「OFF」は同時に押せない ・「ON」ボタンを押すと、押した操作盤の要素と、対角線上にある要素のエネルギーとが最大になり、その他の2つのエネルギーは流れなくなる。ゴーレムはランダムに室内の人間を攻撃する ・「OFF」ボタンを押すと、押した操作盤の要素のエネルギーはなくなり、残り3つのエネルギーが最大になる。ゴーレムはランダムに室内の人間を攻撃する ・「一時停止」ボタンだけを押しても何も起きない(効果が現れるのは、「ON」ないし「OFF」ボタンを同時に押したときだけである) ・「一時停止」ボタンを他のボタンと組み合わせて押すと、まず同時に押した「ON」ないし「OFF」ボタンの効果(前述)が現れ、それが切れたあとに「一時停止」の効果が現れる。それは、「一時停止」を押した操作盤のエネルギーが消滅し、残りの3つの要素のエネルギーも今までと同量しか流れないというものだ。また、ゴーレムは「一時停止」の押された操作盤の方へ一歩進むが、立ち止まって動かなくなった(攻撃はなかった)  相談した結果、一つ目の効果が切れて「一時停止」効果が現れたそのときに、一気にクリスタルゴーレムを叩こう、ということになった。短期決戦というわけだ。  Gが透明(エアー)を「ON」にし、ラクリマが茶(アース)を「一時停止」にした。  エアーとファイアーの力を受けたクリスタルゴーレムは、ラクリマに向かって攻撃してきた。ラクリマは、呪文の効果で守られていたため傷も何も負わないで済んだが、そうでなければ一撃で殺されていただろうと感じた。  「ON」の効果が切れたらしく、ゴーレムは一歩動いて停まった。すかさず、セリフィア、カイン、G、ヴァイオラの4人で一気に畳み掛け、うまい具合にゴーレムを倒すことができた。  倒れたクリスタル像の心臓部から、小さなクリスタルが現れた。中には魔力が空っぽの魔晶石が入っていた。これですべてのクリスタルが揃ったことになる。一同は中央の間へと急いだ。 8−11.クリア  中央に戻った一同は、どのくぼみにどれを嵌めるかで頭を悩ませた。  確か、地水火風の四大元素はそれぞれ東西南北の方角と対応していたはずだ。しかし、地下のこの場所では、まず方角を見極めることが困難だった。 「……こっちが北だ」  それまで黙っていたセリフィアがいきなり口を開いた。断固とした口調でそう言うので、みんなもそれを信じることにした。 「南が火の属性だと思う」  Gはまず炎の大きなクリスタルを南の大きな台座に嵌めた。もちろん手袋をするのを忘れなかった。実はこの手袋は、エリオットに何度も触られるのが嫌で、それを避けるために携帯し始めたのだが、まさかこんなところで役に立とうとは思わなかった。  残りの大クリスタルをそれぞれ嵌めていった。東に水、西に大地、北に風の音のするクリスタルを嵌めた。  次は小クリスタルの番だった。これは少々厄介だった。どれが何に属するものなのかを、知恵を出し合って考えた。結局、東の水属性には時計の入ったクリスタル(時間)を、南の火属性にはアルトが見て意識を失ったいわくつきの、魔力の詰まったクリスタル(エネルギー)を、西の地属性には魔力が空っぽの魔晶石の入ったクリスタル(物質)を、最後に北の風属性には石版の入ったクリスタル(思考)をあてがった。  途端に床が動き出した。一同を乗せて、それは下へ、下へと動いているようだった。どん、と、軽い衝撃があって床が静止した。 「よくぞここまでたどり着いた」  前触れなく、老いた男の声が空間に響き渡った。 「だれか一名、四つの大きなクリスタルのうちのどれかに触れるが良い。そなたらの前に現れたアイテムが褒美じゃ。と同時にそのアイテムが、この迷宮をクリアした証拠にもなる。主人にしっかり報告するがよい」  察するに、触れるクリスタルの属性と、触った人間の職業の組み合わせによって、もらえる褒美の内容が変わるらしい。箱はそれぞれの方角に4つずつ用意されており、風(北)の箱と土(西)の箱が一つずつ空いていた。残りは14個だ。だれがどのクリスタルを触れば、今後にもっとも役立つものが得られるか、全員で悩んだ。カインに火のクリスタルを触らせようかともしたが、結局、ラクリマが水のクリスタルを選んで触れた。  刹那、8つのクリスタルが消えて、頭上から杖と指輪が降ってきた。ラクリマは、それがヒーリングスタッフ(チャージ×10)とホーリネスリングであることを、なぜか受け取った瞬間に把握した。どちらも高価な代物だ。何より、これで体力回復能力がぐんと上がることになった。  一同は満足して中央の、最初からあったクリスタルに触れ、外界に戻った。  (しかし……)と、全員、同じことを考えずにはいられなかった。(2つとも売るわけにいかないのだから、結局、現金は手に入らないのでは……?)  迷宮はクリアしたが、「先立つものへの不安を解消しよう」という課題はクリアできずに残ったようだった。 9■帰途にて  迷宮を出たときは、太陽の具合から午後3時ごろらしかった。恵みの森に長居は無用と、全員、日が暮れるまで歩いた。 「そこまで薪拾いに行ってくる。ボーヤもおいで」  夜営の準備中、ヴァイオラはGたちに告げて言った。カインは無言で立ち上がった。  二人で粛々と木々の合間を進んだ。皆の声や立てる音が全く聞こえなくなった辺りで、ヴァイオラは「この辺でいいか」と立ち止まった。それから適当な枯れ枝を見繕って拾い始めた。  薪拾いというが、本当の目的はそれではないだろうとカインが予測していたとおり、しばらくするとヴァイオラは口を開いて言った。 「ボーヤは死にたがり屋さんだね」  カインは手を止め、無言でヴァイオラを見た。先だって、エイトナイトカーニバルの入り口でキーを押して一人でさっさと入ってしまった、そのことについて言っているのだ。もっと以前には、エドウィナの指輪をはめてしまったことについても。ヴァイオラは、思っていたよりも怒気のない声で、だが子どもを諭すようにして続けた。 「もうちょっと自分を大事にしなさいよ。ブタ箱でのセイ君にお説教したぐらいだから、戦士の仕事はちゃんと心得ているんでしょ。自分の身ぐらい自分で守んなさい」 (耳が痛い)  だから黙って、カインはただ立っていた。 「ボーヤはどう思っているか知らないけど、このパーティの仲間は君に何かあったら、きっと---」  ヴァイオラはそこで言葉を切って、遠くを眺めるような表情になった。  聞きながらカインは思わずにいられなかった。きっと……どうなるというのだろう。彼は今の仲間の顔ぶれを、一つ一つ思い返してみた。  セリフィア……がどうなるとも思えない。Gは「ラクリマさんをいじめる奴がいなくなった〜」とむしろ喜びそうだ。アルトは悲しんでくれるだろうがそれで終わりだ。子供そのものの外見に反して、あれでなかなか芯は強い。  すると。  ---ああ、ラクリマか。  自分の素顔を見ただけで取り乱す彼女。  レスタトの死に責任を感じている彼女の目の前で、もし自分が死んだのなら、取り返しがつかないことになるだろう。何しろ「二度目」なのだから。  でも一人だけわからない。どんな態度をとるのか、そもそも何を考えて自分にこんな話をしているのか。  その相手の声が聞こえた。 「……だから、ああいう軽はずみなことは止めなさいね。頼むから」  確かめておこう、そう思ってカインは重い口を開いた。 「……一つだけ聞かせてもらいたい、ヴァイオラ。貴女にとって『奴』の死はどんな意味を持っている?」  詰まるところこのパーティの面々には拭いきれぬ傷があり、それが『奴』にそっくりだという自分への態度に出ている、カインはそう判断していた。魂ごと消滅したといいながら、『奴』の影は、今なお重みを持って存在している。だから『奴』の死が目の前の彼女にとってどんな意味を持っているのか、それを単純に知りたかった。 「神官としての思いやりに溢れた回答と、そのものずばりだけど他人からはわかりにくい答、どっちが聞きたい?」  粗朶を縛っていたヴァイオラは、いきなり真面目な顔になるとカインの目の前に指を二本立ててみせた。続けてすぐに、 「ちなみにどっちも、というのは無しね」 「あなたの本音が聞きたくて始めた話だ。…後者を聞かせて欲しい」  パーティの中心である彼女の返答次第では、彼らとは別れる必要もあるだろう。カインはそう思いながら答えた。  ヴァイオラは肩をすくめた。 「聞いたからって何が変わるわけでもないんだけどね」  菫色の瞳をまっすぐ彼に据えると、 「ずばり、呪い。すべての行動は、これを解くためにあるの。もうちょっと親切に言うならば---どうしてもというので連帯責任者の判を押したら、いきなり多額の借金を残してトンズラされた状態、かな」  カインはそれを聞いて「そうか」とだけ呟いた。 (……どうやら結論は出たようだ)  ならば自分こそ繰り返さないように努力しなければならない。  もうこれ以上、自分のそばにいる連中が死んでいくのは見たくないから。  また、自分の腕の中で、仲間を死なせたくないから。  そう簡単に死なれて、死なせてなるものか。  彼はヴァイオラのまとめた粗朶を引き取った。自分がまとめあげた枯れ枝とで前後に肩に振り分け、野営地に向かって戻り始めた。  ヴァイオラも無言で彼のあとに続いた。彼女には、カインが自分の言いたいことを理解したかどうかはもちろん、彼が今の話で何をどう感じたのかもまるでわからなかった。だがそれ以上は追求せずにおいた。  翌日、日がすっかり落ちてからセロ村に到着した。正門の警備兵に日にちを尋ねると、今日はまだ4月10日だということだった。軽く食事をとって、希望者は風呂を沸かして入った。それからみんな「我が家」でぐっすりと眠った。