[shortland VIII-01] ■SL8・第1話「それぞれの理想郷」■ 〜目次〜   主な登場人物 1■森の中へ 2■布教用品 3■第二の神託 4■ユートピア教徒を名乗る者 5■セロ村村長 6■宴会にて <主な登場人物> 【PC】 レスター(レスタト)‥‥僧侶・男・15才。頭は固い。 ヴァイオラ‥‥僧侶・女・20才。頭は柔らかい。 ラクリマ‥‥僧侶・女・17才。頭はふにゃふにゃ。 G‥‥戦士・女・17才。頭は不可思議。 セリフィア‥‥戦士・男・17才。頭は硬派。 【NPC】 ゴードン‥‥魔法使い・男・15才。本来PCだったが、この日は欠席でNPC扱い。頭は変幻自在。 ヘルモーク‥‥セロ村在住の獣人。虎男。年齢不詳(見た目40歳代)。頭は酒漬け。 ディライト兄弟‥‥兄が僧侶・エイデン。弟が戦士・クリフト。PCたちにカート探索を依頼した。 1■森の中へ  セロ村に到着して一夜明けた12月21日、ゴードンが起き出して部屋の窓を開けると、昨日一日降っていた雪はやんだようだった。村の屋根という屋根は白く雪化粧しており、早起きの村人たちは道の雪かきに精出していた。  「真っ白だぁ」と叫んだ彼に、宿の正面で雪かきしていたウェイトレス、マルガリータが元気良く「おはようございます!」と挨拶してきた。  それらの声に起こされてか、はたまた外気の冷たさに触れたせいかはわからないが、ヴァイオラも起き出した。もともと修道院で朝・昼・晩とお勤めをこなしていた彼女は、手早く身支度を済ませると、朝食をとりに一階へ下りた。同室のGはまだ目覚めていなかった。彼女はどうやら夜遅くまで、帰ってこない3人を待って起きていたらしかった。ゴードンはGの寝台の前でちょっと考えるように頭を傾げてから、起こさないままにして、自分も一階へ下りていった。  ヴァイオラはこの宿のもう一人のウェイトレス、ヘレンに朝の挨拶をし、食堂の椅子に座った。ヘレンは「今すぐにお持ちしますね」と言って、奥で調理している宿の主人ガギーソンのところへ食事を取りに行った。ヴァイオラが周囲を見回すと、自分以外にヘルモークとツェーレンとが朝食を食べに来ていた。  食事が運び出されたとき、宿の扉が開いた。自警団の青年に連れられ、レスター、セリフィア、ラクリマの3名が入ってきた。昨夜、セリフィアが引き起こした喧嘩沙汰の取り調べなどを受けていたのだ。セリフィアは騒動を起こした罰として、これから2週間相当の強制労働に従事しなければならないことになっていた。  スマックという名の自警団の青年は、ヘルモークの姿を見つけると「お預けしますよ」と言って3名の身柄を彼に引き渡した。どうやらヘルモークの口利きで、特例として、セリフィアの強制労働には執行猶予がついたらしかった。おかげで、レスターたちは昨日ディライト兄弟から受けたカート探索の依頼を先にすることができることになった。  そのディライト兄弟も階段から下りてきて、一行に「よろしくお願いします」と念を押した。  出発前、ヘルモークはレスターだけに聞こえるように釘を差した。「俺のメンツを潰すなよ。」  一行はヘルモークと一緒にカート探索に出かけた。あたりまえだが、昨日降り積もった雪のせいで、轍の跡が隠れてしまって判然としない。だがレスターやラクリマが運良く跡を見つけ、1時間程度のロスはあったものの、なんとか方角は失わずに進むことができた。もっとも一行はこの周辺の地理に不案内で、どこからどこまでがロスだったのかはヘルモークのみぞ知ることだった。  そのヘルモークは何一つ口を出さず、助力どころか道案内もせずに、ただついてきているだけだった。こうしてみると、案内ではなく、単に強制労働をしに村へ帰るかどうかを監視しているだけのようでもあった。  森へ入って5時間後、日が傾いてきたので「ここらで夜営をしよう」ということになった。車座になって夕食をとりながら、ヘルモークは「こっちの方向へ行くとスカルシ村だなぁ」と呟いた。フィルシム出身のラクリマはスカルシ村の名を聞いたことがあった。が、同じくフィルシム出身でありながらヴァイオラが「確かチーズの名産地といわれていたよな」とガセ情報を口にしたため、全く自信がなくなり、考え込んでしまった。Gはフィルシム出身者ではないが、スカルシ村については耳にしたことがあり、「チーズじゃなくて、傭兵で有名じゃなかった‥?」と思ったものの、それを口にはしなかった。  夜直は3交替で行うことにした。1直目がヴァイオラ&レスター、2直目がセリフィア&G、3直目がラクリマ&ゴードンという配分になった。  1直目のとき、レスターはヴァイオラに「ヘルモークにどうやってガイドを頼んだのか?」と尋ねた。ヴァイオラは「誠意を持って頼んだだけだ」と答えた。レスターはその返答に不満足のようだったが、それよりも最前から気になっていることとして、「だが彼は何もしてくれないようだが‥?」と尋ね、そこでようやく「基本的には自分たちの力でやれ」という風変わりな条件を知らされた。 「どうしてもっと早く言ってくれないんです」 「言う前に騒ぎが起きたからだろう」  こんなふうに仲良く言い合いができるくらい、この晩の夜直は平和だった。 2■布教用品  翌12月22日。この日は快晴だった。雪は表面が一度溶けてしみ込み、そのまま夜の間に凍った感じで、道はむしろ昨日よりも危なっかしかった。  昼過ぎ、うち捨てられたカートを発見した。カートと言ってもオープンではない、ボックス型の馬車で、二頭の馬は繋がれたまま放置されていた。馬車のそばには焚き火の跡があり、バックパックなどが置きっぱなしになっていた。  セリフィアとレスターは焚き火の跡へ近づき、バックパックを3つほど検分した。だいたいが新品に近い一般装備と保存食といった内容だった。二人は目と目を見合わせた。「‥間違いないだろう。カートを持って出ていった5人組の荷物だ。」  一方、ヴァイオラはカートの中を覗きに行きたがるラクリマを引っ張って、馬の様子を見に行った。ヴァイオラの見立てでもラクリマの見立てでも、馬は主に空腹によって弱っているらしかった。ヴァイオラは馬をなだめ、馬具を外してやった。馬は近くの地面を探っては、残った草など食べられそうなものを食べ出した。  ラクリマはカートの中に入ってみたが、何も調べ出さないうちにいきなり転んでしまった。  カートの外ではヴァイオラが丹念に地面を調べ、いくつもの人外の足跡を発見していた。足跡は全部馬車から出ていっており、全部で20体分ほどあった。モンスターに詳しそうなセリフィアにも見てもらったところ、「ハイブとハイブマザーの跡だ」と断言した。さらに詳しく見てもらい、20匹のうちの半数はまっすぐ焚き火へ、残り半数はカートの周りで何かをしたらしいとわかった。  布教の用品というからてっきり聖水やホーリーシンボルなどの売り物その他だと思っていたのに、カートに入っていたのはハイブの一隊‥?  一同がえもいわれぬ不安に包まれているとき、カートの中で転んだラクリマが表に出てきた。彼女はハイブの体液で汚れており、ひと目見ただけで「中に奴らがいたな」とわかった。もう疑問の余地はなかった。身体前面がねとつく体液だらけで今にも泣きそうなラクリマを、Gは親切に拭いてやり、汚れをとってやった。  カートを持ち帰るか手ぶらで帰るか、レスターとヴァイオラの間でまたしても意見が衝突した。オトナのヴァイオラは「リーダーはあんただ。レスターがカートを持ち帰るっていうんなら、あたしは構わないよ」と含みのある声で言った。レスターはムッとしながら「カートは証拠品として持ち帰る」と断言した。だが、カートを持ち帰るとなると、時間が問題だ。村には一刻も早く「ハイブが近辺に現れた」と報告しなければならない。  ここで、村への急報は、今まで何ひとつやらなかったガイドのヘルモークが請け負ってくれた。彼が虚空に向かって「そういうわけだから、よろしく頼む」と一言言うと、何かが走り去る気配がした。だがだれもその姿を見なかった。  ヴァイオラは馬を、Gは焚き火の周りに散らばるバックパックを回収しに向かった、そのとき、森の向こうから何者かがやってくる気配がした。  それは一同が会いたくないと願っていた者たち‥‥ハイブ化しつつある5人組の冒険者たちだった。装備品で辛うじて彼らだろうとわかるものの、かさぶたのような外皮に覆われ、頭に触覚を生やした彼らは、もはや人間の残骸だった。その変わり果てた姿に、多少の差はあれどだれしも戦慄を覚えた。  元・冒険者たちは完全にハイブ化してはいなかった。現在は「ブルードリング」と呼ばれる状態で、キュア・ディジーズをかければ治るのだとGが言った。しかし、ここにも、セロ村にも、キュア・ディジーズの魔法をかけ得るような高位の僧侶はいない。殺してやるしかない、と、一同は決意した。  戦闘は激しかった。早々にGが倒れ、また、レスターが倒れた。レスターは神の奇跡を振るって自らを救い得たが、Gはがむしゃらに戦い続けた結果、戦死してしまった。それでもなんとか彼らを倒した。最後に元・戦士だった男が「騙された‥‥あんなものを運んでたなんて‥‥」と切れ切れに言って遺した。  戦闘のあとに残ったものは、5体のブルードリングの死骸と、横たわるG。ラクリマはGに駆け寄って治療を施そうとしたが、もはや彼女は完全に事切れていた。 「こんなところで死ぬなんて‥‥」 と、茫然とする彼らに、ヘルモークが声をかけた。 「そいつを何とかしてやれるかもしれない」 「どういうこと? まさかGさんを生き返らせてくれると‥?」 「ああ、生き返らせてやれるかもしれない。だが、条件がある」  ヘルモークの条件は、今回の一件でセロ村近辺にできてしまったであろうハイブのコアを、レスターたちが引き受け退治してほしい、というものだった。 「もちろん、今すぐなんてことは言わないが、どうだ?」  ヴァイオラはレスターに「任せる」と言い、ハイブに個人的恨みを持つセリフィアは「約束すればいいじゃないか」という態度を取り、ラクリマは「お願い、Gさんを助けて」とレスターに頼み込んだ。だが、若いレスターの心はなかなか定まらなかった。ここで生き返らせたとして、再びハイブ退治に巻き込んでしまえば、彼女は同様に死の危険にさらされる。そんなことがわかりきっていて、ハイブ退治の約束とともに彼女を甦らせていいものかどうか‥‥。  ヴァイオラは「決まったら呼んで」と言い残して馬の世話をしに行ってしまった。それでもなおうだうだと決心のつかないレスターに対して、ラクリマの懇願がいい加減反発に変わろうというころ、痺れを切らしたセリフィアは密かに小魔術を使い、レスターを「うん」とうなずかせてしまった。セリフィアは魔術師ではないが、ラストン出身であるためちょっとした魔術---キャントリップが使えるのだ。  レスターが「どうしてうなずいちゃったんだろう‥‥」と悩んでいるのをよそ目に、一同はGの復活と引き換えにハイブ退治を約束した。 「それじゃあ、明日の夕方、村で会おう。ちゃんと村へ帰れよ」  それだけ言って、ヘルモークはGの死体と共にいずこかへ去ってしまった。  一同はやっと帰り支度に手を着けることができた。カートは置いていくことに方針を変え、冒険者たちの持ち物を馬に積んだ。セリフィアは「証拠にする」といって、元・冒険者たちの首を5つとも落とし、大袋に詰めてこれも馬の背に提げた。  元・冒険者たちは、バックパックの他にベルトポーチを持っていた。3つあったベルトポーチのうちの一つにスクロールが入っており、開いてみるとこの周辺の地図で、セロ村からスカルシ村への道が描かれている。ちょうど今、自分たちがたどってきた獣道に相当する。だが、こんな道はもともと存在しないはずだった。  戦闘の場からしばらくセロ村方向へ離れたところで、一同は夜営を張った。その夜、火に当たりながらヴァイオラがあることを話してくれた。実はフィルシムにハイブを持ち込んだ奴らがいるという情報が、以前からあった。そのハイブのコアはフィルシム上層部が始末したという話だったが、今回のハイブたちは、その際に討ち漏らしたやつではないか、というのが彼女の意見だった。  いずれにせよ、ディライト兄弟があの5人組を騙し、自分たちをも騙してハイブの餌にしようとしたことは疑いようがなかった。そういった人間が彼らの他にもいるとしたら‥? 音を立てて燃え上がる炎を見ながら、一同は薄ら寒い思いを抱いた。  全くの暗闇の中で、Gは目覚めた。だが目を開けてもどこも真っ暗で、それが閉ざされた空間だからなのか、あるいは黒い夜だからなのか、それもまるでわからなかった。 「‥‥ここは? みっ、みんなはっ!?」  戦闘の記憶が蘇り、彼女は身を起こし、敵に対して構えようとした。と、すぐそばでヘルモークの声がした。 「うまく行ったみたいだな。とりあえず、見られたくないんで、もう一回寝てくれ」  言うなり、手刀で打たれたようだった。Gの意識は再び闇の底へと沈んでいった。 3■第二の神託  明けて12月23日、レスターは朝から様子が変だった。一人でぶつぶつ言って考え込んでいる。見かねたラクリマが「どうしたんですか。様子が変ですよ?」と尋ねようとしたのをヴァイオラが止めた。 「ラッキー(ラクリマの呼称らしい)、彼が変なのはいつものことじゃないか。ほっといておあげ」 「だっ、だって、いつも変かもしれませんけど、今日はもっと変ですよ!」  ヴァイオラはちっちっと指を振って言った。 「ラッキー、君も家族の前では下着姿になるだろう?」 「はあ!? ‥‥それは‥えっと‥‥なりますけど‥」 「レスターはね、今、まさに我々の前で下着姿になろうとしているのさ。つまり、親しくなるためにハードルを超えようとしているってところかな。だからそっとしておいてあげるといいんだよ」 「そうでしたか! よくわかりませんけど、わかりました。下着になってくれるのを黙って待ってればいいんですね!」 「‥‥あの、さっきから何を喋ってるんですか(汗)」  人生の機微に富んだこのやりとりのあとで、レスターはぽつぽつと、昨晩、彼が再びご神託を受けたことを口にした。 「まあ! どんなご神託だったんですか?」  ラクリマが無邪気に聞くと、レスターは「ハイブを倒せ、とのことでした。が‥‥」と歯切れ悪く答えた。そのあとは黙して語らず、仕方なく一同は話題を切り上げてセロ村へ出発した。  森では運良くほとんどモンスターたちに出会わなかった。が、あと少しで森を抜けるという段になって、前方に巨大ムカデの出迎えを受けてしまった。難なく(?)倒したものの、セリフィアはムカデの毒を受け、熱病に罹ってしまった。ちゃんと治すには専用の薬草が必要だ。辺りを探しても見あたらず、彼を馬に乗せて一行は村へ急いだ。  夕闇迫るころ、一同はセロ村のすぐ手前でヘルモークと、そして復活したGと出会った。Gとラクリマはお互いに再会を喜びあった。そのあとでヘルモークに、今度はセリフィアのことを相談すると、「そりゃぁ、キャスリーン婆さんのところへ行くに限る」と言われ、ラクリマとGはセリフィアにつきそってそこへ行くことにした。  ヘルモークに案内されて、3人はキャスリーン婆さんの薬草店へ急いだ。熱でふらつくセリフィアを両側から支えたが、女の子二人は160センチ弱、セリフィアは190センチほどで、「肩を貸す」というよりは「頭を貸す」といった方がよさそうな状態だった。  キャスリーン婆さんの店は、住宅区域の奥まったところにあった。ひっそりと建ち、一見しただけでは店とはわからない建物だった。ヘルモークは店の戸を叩いて開けさせ、「なんでヨソモノなんかに‥」としぶるキャスリーン婆さんを説き伏せて、熱病用の薬を10服出してもらった。この場はラクリマが2GPを出して薬代に充てた。  残ったレスターとヴァイオラは、まずは馬を曳いて厩へ行った。幾ばくかの金を出し、連れ帰った2頭をそこへ預けた。  ヴァイオラはレスターに「警備隊への報告は任せるよ」と言って、一足先に宿屋へ戻った。宿でウェイトレスのヘレンに聞いたところ、案の定、カート探索の依頼主であるディライト兄弟は、自分たちが出発してすぐに姿を消したとのことだった。それと前後して黒服の男もここを発っていた。彼の名前を知っているかとヘレンに尋ねると、「シアー」だと彼女は答えた。「賢者」という意味だ。シアーの方はちゃんと挨拶をして出ていったらしかった。  一方、レスターは村の自警団のリーダーに、事の顛末を報告していた。リーダーは、例の喧嘩沙汰のときに取り調べを担当したスマックに較べてやり方が厳密で、レスターはしばらくこのリーダーに拘束され、質問攻めにあった。  ヴァイオラは一旦宿を出て、この村のシーフギルドへ向かった。シーフギルドのギルドマスターであるツェット爺さんに会い、5人の冒険者の遺品を家族に届けてもらえないか頼んだ。ツェット爺さんは、彼らのうち盗賊であった一人分は請け負ったが、他は神殿で調べてもらえと、遺品を受け取らなかった。なお、ベルトポーチ中にあった地図を見せると一言、「こんな偽の地図にだまされるとは‥」と呟いた。  ヴァイオラはツェット爺さんに、ディライト兄弟にたばかられたことを伝え、フィルシムにハイブのコアが持ち込まれたことについて何か知らないか尋ねてみた。ツェット爺さんは「わからない」としながらも、「まぁ、やるとしたら神殿か魔術師だろう。こういうことは頭の悪い戦士には考えつかないことだからな」と答えてくれた。  ヴァイオラは次にセロ村の教会へ足を運んだ。亡くなった冒険者のホーリーシンボルを遺族に渡してほしいと、教会の責任者であるスピットに託した。スピットによればこの若い神官はエイボーラといい、魔術師である妹と一緒に冒険者稼業をやっていたようだった。  スピットはエイデン=ディライトについて重要な情報をもたらした。まさかそんな問題のある人間だとは思わないから、墓地の霊廟にこもることを許したというのだ。エイデンはその霊廟に一晩泊まったらしかった。話を聞いて厭な感じを受けたヴァイオラは、急いで宿へ帰った。  宿で全員が再び集まり、ヴァイオラの報告を聞いて「霊廟を調べなければ」と意見が一致した。Gは今すぐにでも墓地へ行きたそうだったが、「昼間の方がいい」と全員で止めた。 「そういえば、御神託ってどんなだったんですか?」  ラクリマが飽きもせずレスターに訊いた。 「だからそれは彼と神の間のことなんだから、訊くのは無理だって言ったろう」 と諫めるヴァイオラに、ラクリマは、 「だって、もう下着姿くらいにはなってくれるかと思ったんです!」 「甘いな、ラッキー。パンツ一丁くらいにはならないと無理だね」 「だから何の話をしてるんですかっ!!(汗)」  これを聞いていたGは、密かに思った。(ラクリマさんて凄い。あのレスターさんとそんな深い関係だなんて‥‥大変だなぁ。うんうん)  何だかわけのわからないまま、レスターは御神託について話し出した。  最初の神託は、有翼の神のみ使いが、飛ぶことを忘れて大地に横たわっている、というようなものだった。それに対して昨夜得た神託は、何か地下のダンジョンのようなところでハイブと戦っている自分の姿が映ったとのことだった。昨夜の方はともかく、最初の神託の意味不明さに一同は頭を悩ませた。有翼の神のみ使い‥‥これが何を表しているのかがまずわからなかった。  と、ノックの音がした。こんな夜にだれが、と、思って開けると、そこにはヘルモークが立っていた。 「例の二人の足取りが掴めたぞ。フィルシムに向かって南下している。追っかけるんだろ?」  一同は顔を見合わせた。ヴァイオラが霊廟のことを持ち出し、明日はそちらを調べようかと思っていると告げると、ヘルモークは「それもいいが、そんなことをしていたら追いつけなくなるぞ」と言った。  だが、そもそも二日も前に出発している彼らに追いつけるのか。その疑問を呈したところ、ヘルモークは、馬ではないが速い乗り物を提供しようと申し出た。一同はその申し出に乗ることにした。  そのあとで、ヴァイオラは有翼人についてヘルモークに尋ねた。「この辺りに神のみ使いか、翼の生えた人間にまつわる伝承はないだろうか?」  ヘルモークによれば、翼の生えた人間といえば、獣人族のうちのタカ族がそうだとのことだった。2月の守護獣人族で、神話の時代に早々と人間の世界から手を引き、以来、全く干渉しない立場を取っている。冒険者が一生かけて一度出会えるかどうか、という存在らしい。「タカ族に関わる遺跡は?」とも尋ねたが、彼らが世に関わって存在していたのは遙か古代であり、そんな古い遺跡があるかどうかも定かではなかった。また、この近辺にはいくらでも遺跡があり、どれか一つを特定するのも無理な話らしかった。  そういえばレスターの第二の神託は、地下ダンジョンでハイブと戦うヴィジョンだ。ここに持ち込まれたハイブのコアは、どこかの遺跡内部に根を張り、その遺跡中をハイブで満たしてから災いとなって地上にあふれるのかもしれない。その遺跡の奥の奥へ到達しなければ、ハイブのコアを滅ぼすことができないのでは‥‥。あまり楽しくない考えだったので、一同はそれ以上そのことを考えるのをやめた。ヘルモークにお休みの挨拶をして別れ、床についた。 4■ユートピア教徒を名乗る者  12月24日。  元・冒険者の荷物にあった保存食を持ち出したり、馬2頭を雑貨屋トムの店で売却したり(40GP)、自警団の隊長からブルードリングを退治した報奨金50GPをもらったりと、あわただしく朝を過ごしたあとで、一同はディライト兄弟を追って、ヘルモークとともにセロ村を出発した。  村を出てから1時間ほど歩いただろうか、「ここらへんでいいだろう」とヘルモークが何やら合図をすると、虎が6匹現れた。どうやらこれに乗れということらしい。虎の背に乗り、人間の倍のスピードで南へ進んだ。途中、何に出会うこともなく、夜を迎えた。  翌12月25日の昼頃、フィルシムに向かう隊商の後ろ姿を捕らえた。先に出発したはずの、ロビィとツェーレンの隊商のようだった。レスターたちは虎から降りて隊商に近づき、ツェーレンらと再会した。  ヴァイオラがツェーレンに尋ねたところによれば、彼らの隊商はディライト兄弟の1日あとに村を出発していた。ディライト兄弟までの道程は残り1日分となったわけだ。  一行はツェーレンと別れてさらに進んだ。その夜、前方に焚き火と、それを囲む二人の人影を認めた。虎たちは止まって皆を背から下ろした。  向こうの二人---ディライト兄弟もこちら側に気づいた。 「これは奇遇ですね。こんなところまでどうしたのです」  白々しく喋るエイデンにレスターは言った。 「カートを発見しましたよ」 「それは‥ありがとうございます。ああ、後金を取りにいらしたのですか。お渡しできなくて申し訳ないと思っていたのですよ。ですがどうしても出発しなければいけないわけができてしまいまして‥」 「あのカートの中身はなんです?」 「ですから、布教用品ですよ」  のらりくらりとかわすエイデンに業を煮やし、レスターはつい口走った。 「ハイブがどうして布教用品なんですか」  途端にエイデンの気配が悪意に満ちたものに変わった。彼は、だが、それまでと同じ口調で語り続けた。 「あれを見たのですか。それでは‥‥このまま返すわけには行きませんね」 「どうしてあんなものを‥!」  ラクリマが悲鳴をあげた。 「それが神の御意志だからですよ」  エイデンはためらいなく言ってのけた。 「でなければなぜ、ハイブがこのように増殖していると思うのです? なぜハイブが突然現れたと思うのです? これぞ神の御意志、神の望まれたることなのです」 「あのさ」と、ヴァイオラが割って入った。「ちょっと聞きたいんだけど、あんたら、宗派は何なんだ? エオリス神崇拝じゃないだろう? だれを教祖と崇めているんだ?」 「わざわざ死に行く者に教える必要があるとも思えませんがね」 「‥‥ユートピア教だな?」  エイデンは口の端をゆがめて笑ったようだった。 「教祖は誰だ」  それには答えず、 「お前たちにはここで死んでもらう。神の理想を実現するために!」  そして戦闘の火ぶたは切って落とされた。  突如として、焚き火の周りに4体のゾンビが現れた。セロ村の霊廟で作り出した哀れなアンデッドに相違なかった。レスターが失敗したあとで、ヴァイオラがクリティカルでターニング・アンデッドに成功した。が、ゾンビたちは去ろうとしなかった。エイデンにコントロールされていたらしく、今のターニング・アンデッドではそのコントロールを解いたに過ぎなかった。そのあとでラクリマがターニング・アンデッドを試み、3体のゾンビがこの場を去った。  Gとセリフィアは攻撃しやすい位置に移動したが、そのとき、エイデンがホールド・パーソンの呪文を唱えた。G、セリフィア、それにラクリマの3名は呪縛され、動けなくなってしまった。  ヴァイオラは弟のクリフトに攻撃され、革鎧だったこともあって、意識を失う深手を負って倒れた。残ったレスターは必死で抵抗しようとしたが、彼もホールド・パーソンで呪縛され、絶体絶命の窮地に立たされた。  そのとき、背後に黒ローブの男、自らをシアーと名乗る男が現れた。 「お前にユートピア教の何がわかる」  シアーは怒気をはらんだ声でエイデンに言い放った。 「ピエール様の御意志を知らぬ愚か者よ。お前にユートピア教を語る資格はない」  そう言って彼はレスターたちの呪縛を次々に解いた。かくして戦闘再開と相成った。  戦いは激しかった。何よりセリフィアの攻撃がことごとくかわされるのは痛かった。長引く戦いに、こちらも向こうもずるずると疲弊していった。  あるとき、ヴァイオラがクリフトに何かを言ったようだった。クリフトは突然、恐慌を来して駈け出した。「クリフト!!」エイデンの止める声も届かず、クリフトはそこから逃げていってしまった。そうなればエイデンが落ちるのも時間の問題だった。  クリフトが逃げていった方角で、ドンと大きな爆発音がした。そのときにはエイデンも息絶えていた。  シアーはエイデンの死体からホーリーシンボルを取って眺めた。ごく普通のホーリーシンボルに見えたが、やがて裏返すと外側を割った。中からは別のホーリーシンボルが現れた。 「‥‥‥本物じゃ」  ポツリと呟くと、彼はその内側に隠されていたホーリーシンボルをたたき壊してしまった。  彼は一同の前でローブを取り、改めて自分の名を名乗った。 「私の名はシア=ハ。ピエール=エルキントン様の第一の弟子だ」  ピエール=エルキントンとは、ユートピア教の教祖の名だ。ガラナークでは多額の懸賞金が懸けられている。もちろん、その一番弟子のシア=ハにも、ピエールほどではないにせよ、かなり高額の賞金が懸けられていた。レスターは、命を助けてもらったにもかかわらず、またレベル的に敵うわけがないにもかかわらず、シア=ハを睨みつけた。  肝心の教祖、ピエール=エルキントンは今現在、どこかで眠りについているという話だった。人間ならとっくに滅びているはずだが、彼は長久の時を生きるヴァンパイアなのだ。Gはなぜかこの件に詳しいようだった。  「お母さんがピエールさんに助けられたことがあるって言ってた」という彼女を、シア=ハは「何者だ」と言いたげな様子で眺めていたが、やがて気を取り直してこう言った。 「このホーリーシンボルは本物だ。これを作れるユートピア教教徒は、私の他にあと一人しかいない。私は奴のところへ行って確かめなければ‥‥」  そのとき、いきなりレスターがシア=ハに噛みつくように言った。「今回は見逃してさしあげよう。だが次は‥‥。」真面目なガラナーク神官である彼には、ピエールやシア=ハのような邪教徒が赦せないのだ。ラクリマは仰天して叫んだ。 「どっ、どうしてそんな失礼なことを言うんですか、レスターさん!! 私たち、命を助けてもらったんですよ!?」  レスターはぷいと横を向いて答えなかった。  シア=ハは目を細めてレスターに応えた。 「‥よかろう。私も次に君と会ったときは、きちんと敵として闘うことにするよ」 「あ〜、あの〜、悪いねぇ、いや〜、彼はコドモだから、言ってること、あんまり気にしないでくれるかな?」  ヴァイオラが割って入った。  Gは「どうしてガラナークの人って、そうなんだろう」とぶつぶつ文句を言い、セリフィアは「ハイブを倒せればそれでいいじゃないか」と呟いた。 「どうしてそんな恩知らずなことが言えるんですか!」と泣きながらレスターをなじるラクリマを「まあまあ」とヴァイオラがなだめて、一応その場は収まったようだった。  シア=ハは去った。  レスターとセリフィアはディライト兄弟の荷を検めた。彼らのバックパックには都合255GPと、食糧が全部で20日分入っていた。他に、シルバーダガーなどの装備品も回収した。  その間、Gはさきほどの爆発音を気にして、クリフトが逃げ去った方向へ様子を見に行った。Gを心配してラクリマもあとからついていった。  そう離れていないところで、クリフトの死体が見つかった。爆死、それも腹の内側から爆発を起こして死んだようだった。 「どうしてこんな‥‥」 と、ラクリマが泣いていると、今までどこにいたのか、ゴードンが現れて「これはブラスティング・ボタンだよ」と教えてくれた。形状は小さなクリーム色の骨のボタンで、中距離の投擲も可能、所有者によりコマンドワードが発せられるとファイアボールのように爆発するという、いやらしい代物らしかった。与えるダメージはファイアボールに較べれば高くなく、通常は240フィート以内でコマンドワードが発せられたときのみ爆発するのだ、と、ゴードンは言った。  Gはエイデンの死体のところへ戻り、突然、彼の腹を割きだした。他の者が驚いている中で、腹の中を素手で探り、「‥ない。ないなぁ」と手を死体から抜いた。なりふり構わず解剖したので、血まみれになっていた。 「何してるんですかっ!!」  あとから追いついて戻ってきたラクリマが悲鳴を上げた。Gは涼しい顔で、 「エイデンにもさっきのボタンがないかと思って」 「ボタン? ボタンって何だ?」  ここでゴードンがまた説明した。  いったい誰がクリフトにそんなものをつけたのか‥まさかエイデン‥‥あるいはもっとユートピア教でも上層部の者が?  もはや口を利かぬ死体を前に、答のでないまま、一同は夜を過ごした。 5■セロ村村長  12月26日。再び虎の背に乗って、ヘルモークとともにセロ村を目指して出発した。途中でロビィの隊商と再会し、ヴァイオラとGは先の戦闘で壊れた武器を預け、フィルシムで修理するか新品を調達してほしいと、ツェーレンに依頼した。ヴァイオラはまた、クダヒの友人宛の手紙を託していた。  12月27日の夕刻、セロ村に無事に帰着した。  村の入り口でヘルモークと別れたあと、『森の女神』亭に早速戻り、ブルードリングの体液やら狂信者の血液やら不浄なものを洗い落とすために、お風呂に入ることにした。一人1GPと高めだが、風呂でも入らないとやりきれない気分だった。女性陣が先発で代わる代わる風呂に入っている間、レスターとセリフィアはディライト兄弟や5人組の装備品をトムの店に売りに行ったりした。そんなこんなで全員が出払っているところへ、ヘルモークがやってきた。 「お風呂に入ってる‥‥? ‥‥‥そりゃ、『待ってろ』とは言わなかったから‥‥‥仕方ないか。」  彼は一階の食堂の椅子につくねんと座り、一人でみんなを待った。2時間ほどして、全員お風呂に入り終え、夕食を取りにきたところでやっと出会った。 「ヘルモークさん? 何してるんですか?」 「お前さんたちを呼びにきたんだよ。でもまぁ、風呂に入ってるっていうから、明日にしてもらったよ」 「あした?」 「村長が君たちを呼んでいるんだ。明日の朝、迎えに来るから」  それだけ言って、ヘルモークは帰っていった。  一同は、村長の話がなんであるか気にしつつも、あたたかい夕食をとり、あたたかく柔らかい布団でぐっすり眠った。寝る前に、Gがコンティニュアル・ライトのかかったコインを見せてくれた。3枚あって、「だれか持ちませんか?」と言ってくれたので、ラクリマとセリフィアが1枚ずつ手にした。  12月28日の朝、朝食を終えて早々に、ヘルモークの案内でセロ村村長宅に伺った。村長はアズベクト=ローンウェルといい、60代くらいの老人だ。見た目どおり、かなりのお歳らしく、なぜ後進に道を譲らないのかが不思議なくらいだった。同室には息子のベルモートと、護衛である20代後半の美人の女戦士が列席していた。セロ村には3人の戦士が常駐しているが、自警団リーダーのグリニード、同じく自警団のスマック、それに続く3人目が彼女であることは、あとから知った。  村長の話はこういうことだった。 「セロ村のそばにハイブのコアができたらしいという話は聞いた。そこでそのハイブ退治を君たちに依頼したい。報酬は、一人あたり月10GPと、宿での食事と宿泊代だ。もちろん、ハイブを倒したらその分の報奨金も支払う。ただし証拠をきちんと見せてくれ。契約の更新は毎月見直す。君たちの働きがよければ更改するが、役に立たないようならお払い箱だ。必要経費は随時申請してくれ。コアの破壊をもって依頼完了とし、終了時にはボーナスを支給する。詳しくは契約書を見てくれ。」  村長はよほど冒険者が嫌いなのか、ずっと苦虫をかみつぶしたような顔で、「ごくつぶしどもが」という程度の軽い悪意をもって話した。 「ハイブについての今回の情報料はどうなるんです?」と、ヴァイオラが尋ねた。「情報をもたらした代価については、支払っていただいてませんが。」  村長は、厭そうな顔をしながら応えた。 「情報か。それもあって君たちと優先契約を結びたいのだ。だが、厭ならかまわん。この申し出は強制ではないからな」  ラクリマがおずおずと口を開いた。 「‥‥私‥修道院の許可がないと、ここで契約していいかどうか‥‥」 「だから強制ではないと申しておる。やりたくなければ断ればいいだろう」  村長はますます不機嫌な声を出した。 「すみませんが、一晩、考えさせてくれます?」  ヴァイオラがその場をとりなすように言った。 「‥面倒な奴らだな。ヘルモークに言われなければこんな面倒なことはせんものを‥‥いいだろう。明日までに返事をするがいい。だが、わしは多忙でな、返事はここにいる息子のベルモートに伝えてくれ」  村長は最後まで苦虫をかみつぶしたような顔で言った。会見はうち切られた。  息子のベルモートは20才代で、親に似ず、押しの弱そうな、人の好さそうな男だった。「明日、お返事をお待ちしています。」一同はベルモートに見送られて村長の家を出た。 6■宴会にて 「生きて帰れたお祝いに、宴会しましょうよ」  Gのいきなりの提案で、本当にいきなり宴会をすることになった。 「私、村の人も呼んできますねっ!」  レスターが出費を気にして青ざめるのも気にとめず、Gは村人を誘いに表へ出ていった。だが、まだ昼間だったので、村人たちはみな仕事に出払っていた。話ができたのは、警備についている自警団隊長くらいだった。 「これから宴会するんですけど、お暇だったらいらっしゃいませんかぁ?」  Gが隊長を誘うと、四角四面な隊長は丁寧に断りを述べた。 「いや。立場上、そういうお誘いはお断りしている。冒険者の方々と親密になると、何かあったときに手心を加えそうになるからな」 「そんなこと言わずに、飲みましょうよ〜」 「私は行けないが、スマックには言っておこう」  隊長は真面目に伝言したらしく、宿にスマックがふいと現れた。 「宴会だっていうから来たぜ。今日は夜勤で、6時までしかいられないけどな」 「来ていただいて嬉しいです〜」 「何でも飲んでいいのか? じゃあ、あのワイン」  スマックが指定したのはちょっと高めの瓶だった。レスターは自棄になって「いいですよ、飲んでください。僕にもあっちのワインを」と、6GPの宴会代に加えて5GPのワイン代の出費を決めた。  飲んでいるうちに、レスターはラクリマがときどき自分の方をうかがっているのに気づいたが、あえて気づかない振りをしていた。そのとき、 「で、どうする、兄ちゃん?」  ゴードンが話しかけてきた。 「どうするって、何がだ」 「やだなぁ、村長の依頼のことに決まってるじゃん」  レスターはちょっと黙った。 「契約するつもりなんだろ、兄ちゃん? そしたらさぁ、早いところ、他の人にも頼んでおいた方がいいと思うなぁ」  ゴードンに促され、レスターはまずセリフィアに話をすることにした。 「村長の話だけど‥君はどうするんだ?」 「俺はハイブを倒せればなんでもいい」 「つまり‥依頼を受けるんだな?」  セリフィアは黙ってうなずいた。 「Gはどうするんだろう‥‥」  レスターが悩んでいると、セリフィアは通りがかったGに声をかけた。 「G、君はこのあとどうするんだ。予定はあるのか?」 「いいえ! 私、行くところありませんから!」  Gは何故かやたらと元気に応えた。レスターがぼやぼやしているうちにセリフィアは言った。 「君も一緒にやらないか?」 「何をですかぁ?」 「ハイブ退治さ」 「はいっ!」  Gは嬉しそうに応えた。行き場のない、帰る家のない彼女にとって、セリフィアの申し出はありがたかった。 「これでGも一緒だ」  戦力に若干自信がついたレスターは、ヴァイオラとラクリマのところへ行った。ちょうど「4体死体がなくなっているはず」とスピットに報告して教会から帰ってきたヴァイオラに、ラクリマが「勝手に契約したら、院長様に迷惑がかからないでしょうか‥」と自信なさげに相談しているところだった。 「なんだ、坊や、どうするか決めたのかい」  ヴァイオラの語り口にムッとしながら、レスターは胸を張って言った。 「僕とゴードンと、セリフィアとGは依頼を受けることにしました。戦士が二人参加してくれたので、ちょっとは余裕ができると思います。お二人にもできれば一緒に契約してほしいですが、無理にとは言いませんから‥‥」 (ホントにコドモの中のコドモだねぇ、この坊ちゃんは‥‥)  ヴァイオラは呆れ返った。ラクリマもそうだが、彼女たちは「レスターに協力するように」とそれぞれの神殿から命を受けてここにいるのだ。それも「セロ村の調査のために」と言われてきている。それが「ハイブ退治」にすり替わるのはそもそも妙な話である。だがそんなことより何より、自分にしろラクリマにしろ、レスターから「必要ですから協力してください」と言われなければ、用がないことになろう。ラクリマは「院長に迷惑がかからないか」などと的はずれなことを言っているが、おそらく彼女もレスターから「お願いします」と言ってもらえるのを待っているのだ。しかしこの坊ちゃんは素直に「お願いします」とは言いそうにない。  この考えをめぐらしたのはほんの数瞬のことだったが、そのすぐあとにラクリマの台詞が聞こえた。半分、涙声だった。 「レスターさん、お困りなんでしょう? どうして『協力しろ』って言ってくださらないんですかっ‥‥」  この娘もお子さまのくせに時々ミョーなところで聡いなぁ、と、思いつつ、ヴァイオラは成り行きを見守ろうとした。レスターは明らかに動揺したようだった。もごもごと口ごもりながら、 「いや、ですから、そんな善意で協力してくださっている方を、僕のせいでこれ以上引き留めるわけには‥‥」 「‥‥あんた、何様のつもりだよ?」  とうとうヴァイオラも切れた。 「あんたが何をどう言おうが、最後に契約するかしないか決めるのはこっちだ。選択権は私らにあるんだよ。別に『レスターのせい』で契約するわけじゃない。そんなふうに勝手に背負い込むのはやめるんだね。背負われるこっちが迷惑だ。私たちは私たちの判断で今後どうするか決めるんだから」  ヴァイオラに畳みかけられ、レスターはキョトンとした。彼女が何を言いたいのか、あまりよくわかっていなかった。 「でも、あなたがたは善意で僕に協力してくださっていたんでしょう? そんな善意の方に‥」 「違います。院長様に言われたからです」  半泣きのラクリマがレスターを遮った。レスターはますますキョトンとした。善意じゃないだって? 「でもそれじゃ‥その‥」 「どうして『困ってるから協力して』って言ってくださらないんですか。『お願いします』って一言言ってくだされば、一緒に協力するのに‥!!」  そう、泣き泣き語るラクリマにつられるように、レスターは言った。 「じゃ、じゃあ、お願いします」 「わかりました」ラクリマは泣きやもうとしながら言った。「それが御神託を実現することにもなるんですよね。それなら喜んで協力します」 「御神託‥‥ええ、そうだと思います」 「とにかくだね」ヴァイオラはうんざりしながら説教した。「全部自分で背負うのはやめな。他の人間は他の人間で、自分でちゃんと考えて行動してるんだ。何かあったときに何でも『僕のせい』なんて傲慢に思いこむんじゃないよ。わかったかい?」 「はあ‥‥わかりました‥‥」 (全然わかってねーな‥‥)  そう思ったヴァイオラの腕を、ラクリマがはっしと掴んだ。 「ヴァイオラさん〜」 「なんだなんだ」 「お願いです〜。一緒に契約してください〜」 「契約するよ」  ヴァイオラはあっさり応じた。 「本当ですか〜!? ああ、ありがとうございます〜!」  ラクリマはぽろぽろ泣きながら礼を言った。ヴァイオラは心の中で叫んだ。 (だってね、あんたら心配で放り出せないんだよ!! 誰かがついてなきゃすぐにおっ死ぬだろーが!!)  明けて12月29日、一同は朝早くに村長宅を再訪し、ベルモートに契約をする旨を伝えた。 「ああ、契約してくださいますか」  本当に実の親子かと疑いたくなるほどの低姿勢で、ベルモートはニコニコ答えた。契約書を出してきて、「それではこちらにご署名をお願いします。」  それぞれ署名を済ませたが、セリフィアの強制労働があるので、全員でこなしても3日はかかってしまうことを相談すると、「では契約は1月2日からですね」ということで決着がついた。  一同はその足で強制労働へと向かった。セリフィア一人だと2週間かかってしまうが、人数を増やせば頭割りで日数を減らしてもらえるそうなので、全員でやっつけてしまおうと昨晩決めたのだ。  係官に「全員でやるから日数を減らしてください」と頼むと、係官は「それじゃ、あんたたちは今日明日、そこの男二人は1月1日まででいいな」と言った。  ヴァイオラ、ラクリマ、ゴードンは洗濯と掃除を、Gとセリフィア、レスターは柵の修理を、今日と明日の二日間やることになった。セリフィアとレスターはさらに明日の夜中から明後日の朝まで、つまり12月30日の夜から新年1月1日の日の出まで、夜勤を担当することになった。朝日と共に解放してもらえるとのことだった。一同はそれぞれ担当作業に自分なりに精を出し、強制労働を勤め上げた。もうすぐ新年が明けようとしている。来るべき試練の年が‥‥。