[shortland VIII-00] ■SL8・第0話■  ショートランド暦459年。  ショートランドは未曾有の危機に曝されていた。「ハイブ」というかたちを取って降臨したその危機は、未だ解決の兆しも見えず、人々を苦しめていた。1年前の4月1日、すなわち「破滅の日」に召喚されて以来、ハイブの領土は拡がるばかりだった。  「ハイブ」とはある種の生物である。巨大な昆虫のような姿をした彼らは、人間を餌としている。食べるだけならまだしも、捕獲した人間に寄生し増殖するという厄介至極な習性を持っており、人間にとって恐るべき外敵、忌むべきモンスターと言ってよい。いったいだれが何の目的でこのようなモンスターを召喚したのか。すでに犯人として、ガラナーク国前国王の姉であるシルヴァ=ノースブラドが処刑されたが、それも真実かどうか定かではなかった。  ハイブの被害は、もちろん「餌」となり「寄生」されてしまうという直接的なものであったが、現在では間接的な被害も抜き差しならぬ状況にまで陥っていた。すなわち、第一にラストン、リーティキレス等の大穀倉地帯が壊滅し、食糧危機が日増しに悪化していること、第二にラストン経由の陸路が全く機能しなくなり、流通ならびに商業の力が麻痺してしまった、この2点である。  食料その他の価格の高騰、失業、治安の悪化、それらによる人心の荒廃、王国の威信の失墜、そして邪教の台頭‥‥さまざまな弊害が呼び起こされ、まるで嵐のように吹き荒れた。  これから語られる物語は、そんな時代にあった冒険譚の一つである。  11月のある日、ガラナークの大神殿において一人のうら若い神官が神殿長に拝謁していた。レスタトというまだ15歳になったばかりのその神官は、彼が受けた神託に従ってフィルシムへ出発するよう命を受け、支度金を手渡された。すぐに出発の手はずを整え、実家の台所で食糧を漁っていた幼なじみ---もとい腐れ縁の魔法使いゴードンを引きずって出発した。二人は隊商に潜り込み、11月末にはサーランドへ無事に到着した。  この隊商には、セリフィアという若い戦士がいた。彼はある目的を持って師匠の元を離れ、フィルシムへ向かうところだった。  同じ頃、フィルシムの北、クダヒでは、ある女性神官が修道院院長に呼ばれ、ガラナーク大神殿神殿長であるフィッツ=G=トゥルシーズからの親書を見せられていた。それは、ある御神託に従ってフィルシム王国内セロ村を調査するから、それにあたって協力者を募るという内容だった。ヴァイオラという名の美貌の神官は、「厄介払いだな」と感じつつもその命を受けざるを得なかった。手際よく隊商へ潜り込み、フィルシムへ向かった。なお、クダヒを発つ前に心安んじている友人を訪ね、情報を得つつ、フィルシムのさる人物への紹介状をもらうのを忘れなかった。  同様に11月末、フィルシムのパシエンス修道院では若い女性神官が院長に呼ばれた。クダヒでヴァイオラが見せられたと同じ親書を手渡され、同様にセロ村へ行くように頼まれた。サラという先輩の神官が身重の今、彼女以外にこの役目をおおせつけられる人間がいなかった。その彼女---ラクリマは不安がりながらも、院長をこれ以上困らせてはならないと、その命を受けた。  ラクリマは、院長から使者が『青龍亭』に現れるだろうことを告げられ、12月5日ごろから毎日『青龍亭』に通った。  6日めの無駄足を踏むかと思えた12月10日、件の『青龍亭』に若い戦士セリフィアが現れた。その後、少ししてレスタトとゴードンのコンビが、さらにそのすぐあとに女性神官ヴァイオラが、『青龍亭』の暖簾をくぐった。レスタトはセリフィアの顔を覚えていたので話しかけ、彼がセロ村へ行きたがっていることを知った。渡りに船とばかり、同道を頼み込んで承諾してもらった。  一方、ヴァイオラは服装でラクリマを同業者と判別して話しかけ、彼女が自分と同じ「協力者」であることを知った。直後に二人はレスタトが「親書」にあったガラナークからの神官だと知る。レスタトは「近づきに」と言って、全員で夕食を取る手配をした。  レスタト---レスターは言った。「神の啓示を受け、セロ村へ行かなければならない。ぜひ協力してほしい。」啓示の内容を尋ねると、「ショートランドを救う手だてがセロ村にある」とだけ答えた。  ヴァイオラはこの説明に不服だったが、とりあえず「その道の人間から情報を得るのには先立つものが必要だ」と説き、レスターから100Gを譲り受けてその場を中座した。彼女は先にもらった紹介状をたずさえ、この街のストリート・キッズの元締めであるロッツに会いに行った。  他のメンバーはセロ村までどうするかを検討し、セリフィアのつてを頼って隊商に潜り込ませて欲しいと頼み込みに行った。報酬こそ全く得られないが、ロビィ=カスタノフという商人の隊商に同行できることになった。  一行は再び『青龍亭』に戻ってヴァイオラが帰ってくるのを待ち、その後ラクリマの案内でパシエンス修道院に宿を取った。  12月12日、隊商はセロ村へ向けて出発した。隊商には荷馬車2台と、ロビィも含めて8名の人間がいた。護衛のリーダーはツェーレン=バートンといい、30歳くらいの女好きの男。それにレスターら5名が加わり、総勢13名は粛々と街道を進んだ。  護衛の中にはクダヒの神殿から派遣されているスチュアー=アーロンドという神官がいた。まったくもってやる気なし、ただひたすら任期の明けるのをじっと待っているタイプの人間で、他の護衛ともレスターたちともまるでなれ合おうとしなかった。  初日の夜営ではヴァイオラがツェーレンと一緒になり、酒を酌み交わした。女好きのツェーレンはヴァイオラを口説くが、あっさりかわされてしまった。翌日の夜は時間帯をわざわざ変えて、ラクリマを口説く。が、ラクリマは彼の意図するところがわからず、会話は平行線。「お前さん、もう少し世慣れた方がいいよ」とツェーレンも匙を投げた。  途中、ワンダリング・モンスターに出会うこともなく日々は経過した(冬眠中の巨大ガエルはいたがゴードン以外気づきもせず)。  9日目の早朝、雪が降り出した。  まだ昼にならないころ、前方に雪を被った人間大の何かがあるのを見つけ、レスターとラクリマは確かめに走った。実際、それは人間で、怪我をした若い戦士風の女性だった。僧侶呪文で怪我を治すと正気付き、「ハイブは!?」と不思議そうに周りを見回した。Gと名乗った彼女は、ガラナークの神殿の、プラチナ・ホーリーシンボルを首に提げていた。  一行は隊にGを加え、「ここじゃないかもしれないが、さっきまで私のそばにはハイブがいた」という彼女の不穏当な発言に触発されて、セロ村へ急いだ。夕刻、無事に村に到着し、ハイブが現れていないかどうか尋ねたが、ハイブのハの字もないという返事を得て一様に安心した。代わりに、Gの証言がなんであったのか、狐につままれたような感覚を味わわなければならなかったが。  セロ村で『森の女神』亭に宿を取った。ラクリマは、サラから殺人の話を聞いていたので(『夢見石』参照)この宿をいやがったが、なぜかセリフィアがここを希望したため、そのまま2階の6人部屋へ泊まることになった。ラクリマは宿に入るなり何か感じたが、他の雑踏に紛れてうっかり忘れてしまった。  夕食のとき、冒険者風の二人組が向こうのテーブルにいた。どうやら兄弟らしく、兄が神官、弟が戦士のようだった。「仲間はどこへ行ったんだ? カートがなくなってしまった」といった話を小耳に挟んだ一行は、セロ村へ入る少し前にあった妙なことを思い出した。セロ村から出てきた轍の跡が、森の方向へ曲がって入っていっていたのだ。ちょうど荷馬車のような跡だった。また、その荷馬車について、雑貨屋のトム親父からはこんな話を聞いていた。つまり、昨日の朝、5人組のパーティがカートを引いて出ていったというのだ。  そんなことを考えている最中、上から黒ローブの男が降りてきた。カウンターで二口三口、上等な食事を口にしただけでとりつくしまもなく上に上がっていってしまった。宿屋のウェイトレスの一人、マルガリータはこの客について「長逗留しているお客さんだけど、暗くて気味が悪いわ」と評した。  黒ローブの男が残したご飯を食べ漁るゴードンを除いて、彼は何者なんだろうと考えている一行のところに、冒険者兄弟がやってきた。カートを探してほしいというのだ。どうやら彼らは5人の冒険者たちを雇い、7人で行動していたが、結局のところカートをその5人に盗まれたらしかった。カートの中身は布教のための用品で、これがないと布教活動ができないという。  レスターは少し悩んだが、どのみちセロ村全体をこれから調査せねばならず、カート探しのついでに周囲を調査しておくのは得策かも知れないと、カートの捜索を引き受けた。パーティ全体で120GPの前金を得た。兄弟2人組に、一緒に来て案内してほしいと頼んだが、それは断られ、宿の主人ガギーソンに「獣人のヘルモークさんが案内役をやっていますよ」と教えられた。  レスターは途中で拾ったGのことをずっとネームレベルの戦士だと思っていた。というのも、彼女がガラナーク神殿発行のプラチナ・ホーリーシンボルを首に提げていたからで、そのような貴重なアイテムを手にできると言うことは、名のある戦士に違いないと思いこんだのだった。しかし、食事も終わるころ、カート探索の話の最中に、彼女がまだ実戦の経験もない、自分たちと同じくらいのレベルの人間だとわかり、彼の頭は真っ白に。吹けば灰になって飛んでいきそうなくらいショックを受け、しばらくは再起不能だった。  その後、二手に分かれて情報収集などを行った。  まず、セリフィアは再起動中のレスターとともに宿屋に残り、宿の主人ガギーソンに5人組の情報を訊いた。ガギーソンによれば彼らは、「駆け出しの冒険者です。戦士2人、うち1人は女性で、あとは女魔法使い1人、僧侶1人、盗賊が1人でした。10代後半から20代くらいでしょうか。ごく普通の冒険者だったと思いますけど」ということだった。彼らは一昨日の昼過ぎに来て、昨日の朝早くに出ていったらしかった。5人組の依頼主である兄弟2人は、一昨日から神殿に行っており、さきほどやっと帰ってきたとのことだった。  ヴァイオラとラクリマ、G、それからゴードンの4人は、宿屋の外を回った。まず教会へ行き、ここの責任者である神官スピットに会った。ラクリマは先輩神官サラからの紹介状を渡し、スピットの知己を得た。それから兄弟2人組の話を少し訊いてみたところ、兄のエイデン=ディライトは一昨日の夕方に神殿に訪れた。「今朝、村の中で歩いているのを見ましたが、それ以外は目にしていません。」また、村で変わったことはないかと尋ねると、1年前に獣人たちが仲違いをして出ていってしまった以外、事件らしい事件はないとのことだった。  4人は次に獣人ヘルモークの家を訪れた。彼らがノックすると扉がひとりでに開いた(ラクリマがめざとく細い糸の張られているのを見つけてその謎は解けた)。家の中には恰幅のいい30〜40代の男が座っていた。  ヘルモークはウェアタイガーの一族だった。ゴードンは、Gが「白い虎に助けられた」と先ほど言っていたのを思い出し、ヘルモークに「この人を助けたことはあるか?」と尋ねるも「さあな」とのつれない返事をされた。続けて「ハイブを食べたことがある?」と尋ねるが、「食べたいとは思わない」と返された。こちらの質問もG絡みで、Gが「その虎がどうもハイブを食べていたような気がする‥」と言っていたのを踏まえてだった。  G関係の話はこれ以上進展なしと見て、ヴァイオラはヘルモークにカート探索のガイドを依頼した。ヘルモークは「見せるものを見せてくれればいい」と答える。「君たちを見せてくれればいい。俺は道案内はしてやるが、道案内以外の助力を求められたら、その時点で去るからな」という条件で、ガイドを引き受けてもらった。  ヴァイオラはその後、3人と分かれて盗賊ギルドへ行くが、さすがに真夜中で、ノックをしても誰も出てこなかったため、諦めて宿へ帰った。宿の食堂で再集合した一行は、それぞれ得てきた情報を交換しあった。そして明日に備えて寝ることにしたが、そのまま心安らかに眠りにつけたのは、ヴァイオラとゴードンだけだった。