[shortland VIII-interlude-02] ■間奏曲第二■「午後の訪問」■  1月16日。  この日の午後は、それぞれ思う相手を訪問することに費やされた。  ヴァイオラは単身バーナードたちの部屋を訪れた。先ほどレスタトが聞いてきた情報は、うわべだけで何の役にも立たなかった。それで自分で情報を集めなければだめだと思ったのだ。  彼らの部屋に行くとジャロスが「やれやれ、今日は客人の多い日だ」と言いながら扉を開けた。相手がヴァイオラであると気づいて、驚き喜び、 「デートのお誘いかな。ラッキーなことに今日はオフだから、どこへでもお付き合いするぜ」 と、話しかけてきたが、目的が自分でないと知って、がっかりしてみせた。 「なーんだ、違うのか。まっ、デートはそのうちな。しばらくここに滞在するみたいだからな」  そして、 「で、どっちがお好みだい?」 と、聞いてきた。ヴァイオラは、「私は欲張りなのでお二人とも」と、ジャロスに流し目気味な笑いを向けたあと、スコルとレイに向き直った。 「呪文の使い手として経験豊富なお二方にお尋ねしたいことがあるのですけれど。少し、よろしいでしょうか?」  いい天気であるし散歩でもしながらという彼女の申し出に、だれも異存はないようだった。  ジャロスは後ろから「デート、楽しんで行っておいで」と手を振った。  3人は散策に出かけた。川べりでは、いつものようにリールが水遊びをしていた。今日は石を積み重ねて遊んでいるようだ。そのちょっと離れたところで、セリフィアが楽しそうに素振りしているのが見えた。  ヴァイオラは、なるべく、経験の浅い呪文使いが夕べの魔力増幅現象に驚いて、先輩冒険者にいろいろ関連する事象を聞いているふうを見せるようにして、二人に質問し始めた。  まずは、記憶を鍵とした封印、または何らかの魔力を抑えるためかけられた封印による記憶の欠損について、知っているかどうか尋ねた。 「事例が多くありすぎて答に困るなぁ。少なくともラストンでは、悲しいことに日常的に行われていたことだから。もっとも非合法だけれども。ガラナークはどう?」 と、レイが話を振ると、スコルは、 「残念ながら、貴方の満足いく返答は持ち合わせていない。ガラナーク神殿で秘密裏に行われているという噂もあるが、どこにでもある噂の類だと思っている」 と、答えてきた。  次に、彼女がギアスおよびカースについてレイに尋ねると、レイは、 「ともに使い方の難しい呪文だよね。質問の趣旨がよく見えないけど、もし身近にかかっている人がいるのなら、ディテクトマジックで有無は見分けられるよ。解くのは難しいかな、特にギアスは」  ヴァイオラはスコルにも、これらの特殊な事例を知っているかどうかを尋ねた。 「カースについてガラナークでは多くの事例がある。カースというより『願い』といった類のものであるが。なので事例を限定しないと答えようがない」  ヴァイオラはまた、獣人族が魔力にあてられた場合について、何か知っていたら教えてほしいと頼んだ。 「より不幸なことが起こる場合が多いよね」 と、レイは言った。 「大昔の獣人との戦争では、多くの獣人がその犠牲になったんだ。皆、無敵の強さを手に入れることができたけれど、代わりに心をなくしてしまった。つまり正常ではいられなくなったんだ。それに耐えられない者は死んでいったし、生き残った者も廃人と化した。そのことを反省して、月は満ち欠けするようになったんだ」  レイがちらりとスコルを見ると、スコルは頷いて、「神学の中で書かれていることはおおむね事実だ」とだけ言った。  ヴァイオラは最後に、魔力を引き出す研究をラストンでしていたという噂について、レイに尋ねてみた。レイは首をひねりながらも、答えてくれた。 「その力を人の手で作り出そうとした魔術師がいたという噂は聞いたことがあったけれど、失敗したのか、その後の話は聞かないなぁ。これは20年以上も前の話で、僕自身、又聞きだけれども」  レイは、だれに対してもそうなのか、何についても詳しく丁寧に、優しくかみ砕いて教えようとしてくれた。嫌味なところはなかった。一方のスコルは、突き放しているわけではないのだが、全体に冷たい感じがした。  話が終わったと見たのだろう、スコルはリールのほうへ歩み寄った。彼女は歌を歌っていた。透き通った美しい歌声だ。    私は夜の世界の住人 月の元でしか生きられない    月は全てを映し出す 本当の心、真の姿を    貴方は私を愛しているの? 本当の私を愛しているの?    貴方の心はどこにあるの? 私の心はここにあるのに    貴方は私を見付けられない 貴方は昼の世界の住人だから    私の心は貴方に届かない 私は夜の世界の住人だから    月は全てを映し出す 月は全てを照らし出す  歌い終わって、リールはにこにこしていた。  スコルは、何を思ったかリールの作った石の塔に花を添えると、 「ご冥福をお祈りいたします」 と、祈りを捧げた。小さな、白い花だった。可憐という言葉がぴったり当てはまるような。リールは、あどけない幼女の笑顔で「ありがと」と舌足らずな返事をした。とても嬉しそうだった。  ヴァイオラは呆気にとられて呟いた。 「その花、どこから出したんです……」 「この花ですか? そこで買いました。カーレンやブリジッタが喜ぶので」 と、スコルはトムの店のほうを指して言った。 (いや、そういうことじゃなくて、どこに隠し持ってたのよ。だいたい冬の散歩にわざわざ花を持ち歩く男がどこにいるの?)  そこでレイが合いの手を入れてきた。 「雪中花の一種ですね。この種は冬の寒い日によく花をつけるんですよ。ここのところ寒い日が続きましたから。綺麗に咲いていますね。ちなみに花言葉は、悲哀、そして行き違いの恋です」 (何も疑問に思わないあなたも変……)  ヴァイオラはたいそう奇妙な顔で二人を見た。何か言いかけて止め、おもむろに髪からリボンを引き抜くと、この前のように「花」を作った。それを、 「じゃあ、これは私から」 と言って、同じように塚の前に置いた。リールは、再び屈託のない笑顔で応えた。 「ありがと」  それからまた一人で遊び出した。  ヴァイオラはリールと石塚に軽く頭を下げたあとで、ふと思いついたようにレイに尋ねた。 「レイさんはラストンの方ですよね……」  彼女は、向こうでとてもとても楽しそうに素振りしていたセリフィアを手招きして、 「ご存じかもしれませんが、お引き合わせします」  ヴァイオラは双方を紹介した上で、セリフィアに父親のことを聞いてみたらと目配せした。  セリフィアは二人を前に、改めて爽やかに挨拶した。 「ご出身がラストンと伺いましたので、もしご存知でしたらお教えいただきたいのです。私は、父と兄を探しています。父はルギア=ドレイクと申します。かつてはラストンの役人をしていましたが数年前から家を離れ、今では消息が知れません。また、兄アーベル=ドレイクも父を探しに行ったまま、帰ってきませんでした。もちろん二人ともマジックユーザーです。もし少しでもご存知なら、何でもいいので教えてはいただけないでしょうか」  息もつかせず言いきった。表情も口調もとても真剣だった。  レイは、少し気の毒そうな顔をして、こちらも真面目に答えた。 「残念ながらお聞きした名前に心当たりはありませんね。あの時期にラストンを離れていたのであればご無事である可能性は高いのですが」 「そうですか……ありがとうございました。もし、今後、何かわかったらお知らせいただけないでしょうか。私はしばらくここを拠点として活動していると思いますので」  セリフィアはそう言って、二人に頭を下げて宿のほうへ去っていった。素振りもひとまず止めたらしい。  セイ君も引き上げたことだし、と、ヴァイオラも二人に礼を言ってその場を離れようとした。去り際に思い出したように、 「そういえば、昨日の晩は皆さん宿にお泊まりでしたか?」 「ええ、多分。ウィーリー以外が起きれば、気がつきますから。彼にしても、ここでは夜中に抜け出す必要性もないと思うので、多分、全員宿屋にいたと思いますよ」  レイから人のいい回答を得て、ヴァイオラも引き上げた。午後は、トムの店で買い物をし、離れの改装を手がけることにした。  ラクリマは、古代の歴史で昨夜のような折りに「獣人たちが変になった」と書かれていたことを思い出したため、ヘルモークの無事が気になって確かめに行くことにした。ただ、一人で行くのは怖かったので、『一緒にきてくれないかな…』といった思いを視線に込めて、Gのほうをちらっと見た。 「どこか出かけるんですか?」  視線に気づいて、Gが問いかけてきた。ラクリマがヘルモークの家と、時間が余れば薬草のことを教わりにキャスリーンお婆さんの家へ行きたいのだと言うと、喜んでついていくと申し出た。 (ラクリマさん、あの話のときはちゃんと寝てたはず……)  ちょっと心配だったが、ラクリマの様子に変わったところが見られなかったので、Gは何も言わずにおいた。  ヘルモークの家は、昼間だというのに閉ざされていた。ドアも窓も固く閉じている。ドアをノックしてみたが、開く気配はなかった。 「お留守みたいですね……」  ラクリマはそう言ってGを見返った、そのとき、Gの頬に涙のあとがあるのに気づいた。彼女は顔を覗きこんで尋ねた。 「何か悲しいことがあったんですか?」  Gはニコッと笑って答えた。 「…とっても、嬉しいコトがあったんです」  それから、 「ヘルモークさん、いないですね……じゃあ、キャスリーンさんのお家に行きましょうか?」 「そうですね、行きましょう」  二人は念のため、家の周りをぐるっとひと回りしてから、キャスリーン婆さんの家へ向かった。先だってヘルモークと一緒に訪れたときと同じ扉を、ラクリマはトントンと叩いた。 「ごめんくださーい」 「一体なんだね。そんなに大声出さないでも聞こえるよ」  しわがれた声をさせながら、老婆がドアを開けた。訪ねてきたのがよそ者だとわかった途端、表情をこわばらせて、 「よそ者に売るもんなんかないよ、お帰り」 と、邪険にドアを閉めようとした。Gはそのドアに頭を突っ込んで、 「売りたくないならいいですけど、だったら葉っぱのこと教えてくださいぃ!」 と、叫んだ。 「あと、ヘルモークさんどこに行ったか知りませんかっ?」  このまま閉められてはたまらんと、自分の言いたいことだけまず言った。  ラクリマはそのGの後ろから覗きこみ、 「あの、この間はありがとうございました。おかげで病人も元気になりました」  丁寧に熱病の薬草の礼を述べた。キャスリーンは手をゆるめ、 「ふん、最近の若者にしては礼儀をわきまえているようだね」 と、扉を閉めるのを止めた。 「ヘルモークのことに首を突っ込むのなら、それ相応の覚悟が必要じゃよ。それでも、というのなら教えてやってもいいんじゃが」 「覚悟はあります」  ラクリマはそう答えてから、この機を逃したらもう二度とチャンスはないとでもいうように、慌てて喋りだした。 「あ、あと、その、ええと、この辺に生えている薬草を、今度、教えていただきたいんですけど。私、薬草園に生えてた草しか知らなくて……あの、草のあるところを荒らさないようにしますから!」 「……ふん、いつまでもつかね。まあよい、お上がり」  キャスリーンはラクリマを手招きした。そして、Gの方を向いて、 「ところでお前さんは、どうするかね」 「?」  Gはすでにラクリマの後について入りかけていた。キャスリーン婆さんを振り向いて、 「どうかしました?」  キャスリーンはやれやれというように顔をしかめた。家の中はいろいろな薬草の臭いで充満していた。二人とも家にあげてやったあとで、老婆はラクリマだけ薬棚の前へと手招きした。 「では、薬草について教えようかね。この辺でよく見かけるのは……」  キャスリーンは薬草のことを語り出した。最初に扉を閉めようとしたときとはうってかわった様子で、懇切丁寧にラクリマの実力をはかりつつ教えてくれた。  Gのことは眼中にないようで、ほっぽらかされていた。それはそれで構わなかった。Gはその辺に腰掛けて、おとなしく講義が終わるのを待ちながら、いろいろなことを考えて過ごした。変に気遣われるより、こうして無視してくれるほうが好きなように過ごせてありがたかった。  講義は夕方までかかった。 「このへんまでにしておこうかね」 「どうもありがとうございました」  二人のやりとりを聞いて、Gはもう自分が話しかけてもよさそうだと判断し、「ヘルモークさんのこと、聞かせてください」と切り出した。 「ヤツのところへはもう行ってみたのかい?」  二人がすでに一度行っていると返答すると、キャスリーンは頷きながら言った。 「そうかい。それで出てこなかったということは、逢いたくないということだよ。それを無理に逢おうとするのは、失礼じゃないかね。明日か、明後日には逢えるじゃろうて」 「そうですか……それならいいんですけど。具合が悪くて出てこられないんじゃないんですよね……? 昨日は月が変だったから、私たち、心配で……」  ラクリマがそう言うのに、キャスリーン婆さんは、 「今日一日でわかったつもりになるのは早計だよ。本気で勉強する気があるのなら、また来なさい」 と、ヘルモークのくだりにはあえて触れずに、二人を追い返しにかかった。  ラクリマは「ありがとうございました」と礼をいい、去る前に「お婆さん、もし腰とか痛いところがあったら、今度、言ってくださいね。私、力はあんまりないけど、肩とか腰とか揉むのはうまいんですよ」と言い置いた。 「そんなに年寄りじゃないよ」  キャスリーン婆さんはラクリマの言葉に迷惑そうな顔をして、しかしやや嬉しそうに笑顔で応えてくれた。  一方、川原をあとにしたセリフィアは、宿に帰る途中で思いついた。 (そういえば……この剣についていろいろ聞いてきた人がいたなぁ。詳しいのかな? ちょっと話しに行ってみよう)  宿に入って、ガギーソンやヘレン、マルガリータなどにバーナードがまだ宿にいるかどうか尋ね、部屋にいるとわかったので2階の彼の部屋を訪ねた。 「少しお話を伺いたいのですがお時間をいただけないでしょうか」  セリフィアは、10フィートソードについて、よかったら知っていることを教えてほしいとバーナードに頼んだ。 「構わんが、ここで良いかな?」  バーナードはそう言って、セリフィアを自分たちの部屋に招き入れた。彼の空気を察して、ブリジッタはカーレンを連れて別室に下がった。この部屋には他にジャロスがいるのみとなった。 「その剣のどんなことを知りたいのか」  セリフィアはバーナードの向かいに座ると、話し始めた。 「私はラストンの出身です。ご存知のようにあそこは現在、ハイブによる襲撃を受けていると聞いています。ラストンには母と弟が残っていました。今どうなっているのか、私には想像すらつきません。私はラストンに母と弟を探しに行きたい。ですがまだ、私にはそれを行うだけの力がない」  セリフィアは息を継いだ。それから再び口を開いた。 「私は強くなりたい。そのためにこの剣を扱う技能を身につけました。しかし、完全に操りきっているとは決していえません。技能を磨くためにも近々修行に行きたいと考えています。ですがこの剣はその特殊性と入手の困難さから使い手がごく限られています。そして、私にはこの地でやらなくてはいけないことがあります。ショーテスの我が師のもとに戻る時間は、残念ながらありません。もし他の使い手をご存知ならお教えいただきたいのです」  ちょっとした沈黙の後でバーナードは、 「スカルシ村に、二人ほど手だれた使い手がいる。が、果たして教えを請うたところで素直に手ほどきをしてくれるかどうかはわからない。いや、むしろ襲われて、剣を奪われるかもしれない」 と、沈痛な面持ちで答えた。理由はわからないが、見るからに肩を落としたような感じだった。 「そうですか…。もしよろしければその二人がどんな人なのか詳しく教えていただけませんか…」 「一人は騎士。もう一人はスカルシ村出身の傭兵だ。傭兵のほうに、訓練権は無い。問題は騎士のほうだが、偏屈なところがある。イビルであるし。……そういうことだ」 「そうですか……残念ですが諦めたほうがよさそうですね。貴重なお時間とお話、ありがとうございました。それでは失礼いたします。また何か伺いにくるかもしれませんがそのときはよろしくお願いします」  セリフィアは丁寧にお辞儀をして、部屋を出た。自分たちの部屋へ帰り、敷布の上に寝転がった。彼はやる気のない声で、ぼんやり呟いてみた。 「一旦ショーテスに帰ろうかなぁ……」  部屋の改装を手伝うべくヴァイオラに起こされるまで、彼はふて寝を決め込んだのだった。